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頼りないセンセイと素直じゃない僕
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ついてない。
ホントついてない。
入学早々、俺こと刈谷悠一は機嫌が悪かった。
担任が新米教師なんてやだ。今まで新米の担任が受け持ったクラスはロクなクラスにならなかった。
運が悪い。
他のクラスは皆ベテラン、定年間際、中堅と揃っているのに。
だいたい新入生に新米の担任なんておかしくないか?
ぶつぶつぶつぶつ……
「こら、そこの新入生。早く自分の教室に入りなさい」
言われて俺は思わず相手を確かめる前に睨み上げた。
もともとから目つきは鋭い方なので、凄みがある。
「君、もしかして迷ったのか? 何組?」
俺がくれてやったガンなど気にせず、子供に言うように優しく声をかけるそいつに、俺はどうしようもなく腹が立った。
「バッカじゃねぇの」
捨て台詞だけ残して、さっさと教室に入ってやった。
「皆さん、入学おめでとう。僕がこれから1年間みんなの担任を務める、柏貴之です」
バカと吐き捨てた相手は、なんと自分の担任だった。そう、俺の不機嫌の根源。
しかし、思っていたほど軟弱な新米ではなかった。
ひょろっとして気が弱そうではあるが、物腰が穏やかで大人びている。
決して大きすぎるわけではないがよく透る声、誰にも嫌悪を抱かせない流暢な話し方、いつの時も絶やさぬ笑顔。
彼の周りだけいつも日が差しているような、そんな印象。
そんな柏なので、1週間も経たぬうちに女子生徒たちが騒ぎ始めた。
俺はそんな連中を軽蔑している。
馬鹿馬鹿しい、相手は先生だ。おとなしく勉強を教えてもらってさえいればいいものを。
またまた皮肉な事に、担任でもあるそいつは俺の唯一の苦手科目・現代文の先生だったのだ。
よりによって担任が現代文の先生とは、とことんついてない。
現代文なんてできる奴の気が知れない。
答えがあってないような、曖昧さの極地。
あんなフィーリングで解くような問題は問題ではないと俺は主張する。
したがって、現代文を選考する人間など関わり合いにもなりたくないぐらい嫌いである。
それがばれてしまったのは、入学後すぐの実力考査の答案が返却される頃。
「はい、岡田。次……刈谷? お前これ、真面目にやったか?」
出席番号順に答案を返す柏の表情が曇った。
「勿論です」
ぶっきらぼうに答える俺を見て、悲しそうなカオをしやがった。
「俺のこと、そんなに嫌いなのか……」
何を言ってるんだこの男は。そういう問題じゃないだろう。
「俺は現代文が嫌いなだけです。担任の好き嫌いと成績は関係ありませんよ」
……ヘンなヤツ。
五月に入るとまたまた面倒な事が待っていた。
遠足――さすがに高校生ともなると『校外学習』とかもっともらしい名前で呼ぶらしいが。
俺はこの手の行事が大嫌いだ。
遠足、文化祭、体育祭、修学旅行――。
学校なんて勉強だけ教えてくれればいいのに。
数人でグループを作り、グループごとに何やら探して歩くらしい。
俺はごめんだ。当日休んでやろう、なんて考えていた。
ところが。
「悠一、担任の先生がお見えよ? あんたなんかしたの?」
当日の朝、母親のそんな声に起こされた俺は、わけもわからず玄関に急いだ。
「おはよう、刈谷。さ、行こうか」
にっこり笑うヤツ。
「行こうかって……?」
心配そうにおろおろしている母親が後ろから問う。
「あ、今日は1年全員で遠足なんですよ」
「え……あんた、今日は学校休みだって言ったじゃない?」
余計なことを……。
憮然たる表情のまま、母親に背中を押され、柏に手を引かれ、俺は柏の車に乗せられた。
「やっぱり来ない気だったんだな」
何もかもお見通しという風にクスッと笑う柏にまた腹が立ったが、そこは何も言わず窓の外を眺めていた。
オリエンテーリングとかいう面倒事が終わり、昼食の時間になった。
そう言えば、あんな風に出てきたから俺は何も食べる物を持っていなかった。
どうしよう……。
さんざ歩かされたから、腹は異常に減っている。
「刈谷、刈谷!」
嬉しそうに笑いながら、柏が遠くから手招きする。
知らん顔していたら、向こうからやってきた。
「刈谷、弁当ないだろ? 俺、ちゃんと持って来てるぞ、お前の分」
はぁ? 一介の教師が、一生徒にここまでやるか?
……でも、腹は減った。
プライドも、空腹の前には勝てなかった。
広い草っぱらの中でも、あまり人気のないところで二人は昼食を摂ることになった。
嬉しそうに弁当の包みを開く柏を見ていて、なんだか妙な気分になってきた。
この人、なんかかわいい。
年上なんだけど、かわいい……。
子供っぽいかわいさもあるし、女の子の顔がかわいい、という時に使う「かわいい」でもあるような気もする。
そんなことを思いながらじーっと柏を見ていると、弁当を広げ終えた柏が俺の視線に気づいたようで「ん?」と顔を上げた。
「お待たせ。さぁ食べてくださいね~」
上機嫌で弁当を勧める柏。誰が作ったのかは知らないが、丁寧な手作り弁当。
「……いただきます……」
やっぱりなんか悔しいな、と思いつつ、俺は箸をつけた。
定番の卵焼き、ウィンナー、おむすび。美味い。
「彼女が作ったんですか? これ」
素朴な疑問を投げかけてみた。
すると何故か異様に慌てて柏は否定した。
「ちっ違うよ! 母親が作ってくれたんだ。第一俺、彼女なんかいないしさぁ……」
困ったように頭を掻いてる。
別にあんたに彼女がいようといまいとどうだっていいよ。
「じゃあ生徒の中で誰か探しなよ。先生のこと気にしてるヤツ、いっぱいいるよ」
適当にそんな事を言ってやったら、なんだか向こうがムキになってきた。
「そんな……あのね、俺は確かに彼女はいませんよ。でも、好きな人はいるんです」
ちょっとむっとしたようにきっぱりと言い放った。
なんで怒られてるんだろう?
「ああそうですか。けどそんなん俺には関係ないんでね。どうもごちそうさまでした」
そう言って立ち上がろうとしたら、手を掴まれた。
「何すんですか」
ぎろりと見下ろしたその先の柏の顔は、ドキッとするぐらいきれいで、俺は怖くなって手を振り解いた。
俺を見上げる顔が、あまりにも、あまりにも……。
「刈谷、もうちょっとここにいない?」
「嫌です、みんなのところに戻ります」
「……そう」
肩を落とし、俺を見上げていた目が下を向いた。
繋がれていた手の力が解け、俺は解放された。
けど、みんなのところに戻る気になれなかった。
こんな柏を一人置いて行けない、そんな馬鹿馬鹿しい想いに駈られた。
不思議な人。
大人で、イヤミで、優しくて、よく気がついて、誰からも好かれる、強引で、幼くて、頼もしくて、弱い、儚げな人。
「……ごめんな、ヘンなこと言って。俺も片付けたらすぐ行くから、みんなのところに戻って」
いそいそと弁当箱を片付ける柏を俺は手伝った。
「いいよ、戻って」
「食べたら後片付けするのは当たり前ですから」
「意外といいところあるんだ」
いたずらっぽく笑う柏を無視して、俺は手際良くさっさと片付けを終えた。
「な、なんでいっつもそうなの? お前、ほんとはそんなヤツじゃないだろ?」
そんなこといきなり言われ、はっとして柏の方を見ると、ぞくりとするほど真剣な、全てを見透かしているような目で俺を見ていた。
「ほんとはって……本当の俺、知ってるんですか?」
偉そうに。
ムカついた俺は挑戦的に言い放った。
「知らない」
今度は急にいつもの温和な表情に戻って、しれっと舌を出す。
「だから、これから知りたい。刈谷がどんな子なのか、もっと知りたい」
そうかと思えば、今度は妙に艶っぽい伏し目がちな瞳で、こう言うのだ。
俺はわけがわからなかった。
今自分が誰と、何の話をしているのか?
「つまり、刈谷の全てを知りたいってことだよ」
きょとんとしている俺に、もう一度ご丁寧に解説してくれた。
ふふふといやらしく笑う柏。
馬鹿にされた気分だ。
「いいよ。そんなに知りたいんなら調べれば。お好きにどうぞ」
これ以上付き合っていられない。
それじゃ、と立ち上がろうとする俺はまたも柏に腕を掴まれ、
しかもなんと……
唇を奪われてしまった。
何するんだと拳を作ろうとしたとき、柏がとろけそうな笑顔で言った。
「唇は、薄くて柔らかくて冷たかった。次はどこ調べようかな?」
『全てを知りたい』って……つまりこういうことだったのか?!
俺……お好きにどうぞとか言っちゃったけど。
やばかったかな……。
「あっそろそろ集合時間だ。行かなきゃ」
柏がハッと立ち上がる。
俺は何となくホッとしたような、ちょっと心残りなような、複雑な感じだった。
「先生……なんで俺のこと知りたいなんて思うわけ? なんで俺なの」
素朴な疑問をぶつけると、柏はいやだなぁ、とでも言いたげにふっと笑った。
「何言ってんの。そんなの好きだからに決まってるでしょうが。他の誰でもなく、俺は刈谷悠一を愛してしまったのでした!」
――本気で言ってるのか??
相手わかってんだろうか……。
生徒であって自分の教え子で、しかも自分と同じ男だって、理解した上での発言だろうか。
言い方が変に冗談めかしていたのも気になる。
からかわれているのなら、セクハラで訴えるぞ。
「それにしても嬉しかった。刈谷がこうもすんなり俺の気持ち受け入れてくれるなんてなぁ~」
……え。
「『好きにして』なんて言われたら、もう理性飛んじゃうよ。これからは時と場合を考えて挑発するようにな」
こら!! なんでこいつはこうも事実を歪めて解釈してるんだ?!
「お、俺はそういうつもりで言ったんじゃ……」
「俺のこと、嫌い?」
「嫌いって……」
戸惑った。
確かに第一印象は最悪で、ずっとに憎らしく思っていた。
バカにしていたし、関わり合いになりたくなかった。
――何故か、全て過去形。
「嫌いじゃ……ない」
多分。
俯いてそう言うやいなや、柏は周りに人がいないのを良い事に、がばっと俺を抱きしめた。
「うぁっ、な、やめろ!!」
あまりに強い拒絶に、柏は弾けるように俺から離れた。
「……ごめん」
あんまりしょぼくれるから、なんだか俺が悪者みたいに思えてきた。
「そ、そういうことは、いきなり急にとか、人がいるとことかでは、しないで欲しいな、って……」
なんで俺がこんなに気を使ってるんだ!!!
「わかった。良かった、嫌われたんじゃなくって」
子供のように笑う柏を見て、なんとなく思った。
俺、初めて会った時から、この人の事好きだったのかも。
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