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目覚め (克己side)
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嫌な……果てしなく嫌な夢を見た。
広い寮の個室は、その日の気分次第で解放的にも寒々しくも映る。
今日は明らかに後者だった。
「さいあく……」
ふんわりと軽いシルク地の羽根布団で顔を覆いながら、克己は再びキツく目を閉じた。
まるで世界から、一人だけ取り残されてしまった気がした。
世界がグルグルと回りながら、急速に狭まり、自分に向かって落ちてくるかのような、果てしないほどの恐怖感。
今日は授業もサボって、この嵐が過ぎ去るのを待とうと決めた時、
「克己、起きたのか?」
年代物の重厚な木の扉がしなり、続き部屋の隣室から一人の青年が現れた。
スッキリと短く整えられた、艶やかな黒髪。表情を読ませない、やや冷たい印象の切れ長の目元。
派手ではないが、けしてその他大勢に埋没することはない、硬質な輝きを放つ容姿に、密かに熱を上げるファンも多い。
けれど、士郎は姫、もとい克己のものだと、誰もが想いを告げる前からあきらめていた。
それくらい、天使のように愛らしい容姿の克己と、影のように克己につき従い、ナイトのように守る士郎が、お似合いだったからだ。
「シロちゃん……」
ゆるゆると目を開ければ、180cmをゆうに越す長身に、鍛えて綺麗に筋肉の乗った精悍な身体のラインが見て取れた。
いつもなら、ベタベタ触って士郎の熱を煽り、冷静な幼馴染の無表情を崩して遊ぶところだが、今はとてもそんな気分ではなく、
「ごめん、今はその顔見るの、つらいから……」
士郎が克己と共にいる理由も、あの人の弟だという事実も、今の弱った心には痛すぎて。
傷は塞がったのではなく、単に見えないよう、薄布で覆い隠したに過ぎない。
風が吹けばいつだって、揺らめいた布の隙間から、叫び出しそうな胸の痛みと、フラッシュバックする過去の傷が襲いかかってくる。
「……お願い、独りにして……」
すっかり温度を失い、震えるか細い声に、士郎が深く、ため息をついた。
「また、傷だらけのおまえを介抱しろと?」
「……僕の身体なんだ、好きにさせてよ……っ」
どうにもならない絶望を己の身体にぶつけて、何が悪い、と克己は思う。
切り裂く瞬間にだけ、許せる気がするのだ。
自分がここにあることを。
間違ったやり方でも、ほんの一瞬の救いが欲しかった。
心の奥底で、暗い炎が揺らめいた。
「シロちゃんには、わからないよ……」
止めるなら、崩れてゆく心の均衡を保つすべを教えてほしかった。
「邪魔したら、許さないから」
義務感も恋心も、今は何の役にも立たないのだから。
「……それとも、泣き叫ぶくらいヒドくし、抱いてくれる?」
無言の答えに、克己はあきらめたように低く笑った。
「……できっこないよね。シロちゃんは、やさしすぎるよ。そういうの、時々ホント、ウザいけど」
「克己……」
髪に触れようとした士郎の指先を、波立つ感情のまま、乱暴に振り払った。
「ヤだったら……っ」
こんな時、大切な幼馴染が見せる思いやりや気遣いは、よりいっそう克己のプライドををズタズタにした。
「肌を傷つけるくらい、なにさ。それとも、死にたい、って……言わせたいの?」
「……っ」
苦いものを飲み込んだような顔で、士郎が降り払われた指先を握り込む。
克己は勢いのまま、ベッドのマットレスの下から、隠していたバタフライナイフを引き抜いた。
刃を立て、朝日を反射する光に魅入られたように目を細めると、慣れた仕草でためらいもなく腕にすべらせる。
二度三度と、魅入られたように繰り返す克己に、ついに我慢できなくなったのか、士郎が勢いよく背を向けた。
「部屋を出る時は、連絡しろ。くれぐれも一人にはなるなよ」
襲われたくないならな、との、士郎の言外の忠告に、克己は低く笑った。
人里離れた全寮制の男子校。克己のような少女めいた容姿の生徒は、暴走する若い性の格好の餌食になる。
実際、士郎がいなければ、克己の学園生活はとっくに破綻していたはずだ。
それさえ、今はどうでもいい気がしたけれど、反抗するのも面倒で、黙っていた。
ドアに向かう士郎の後ろ姿を見送りながら、克己はベッドサイドの大きな鏡に反射して映る己の姿を気だるげに見つめていた。
色素の薄い、やわらかな茶の髪は、陶器のようになめらかな頬を、やや長めにふわりと縁取っている。
まつ毛は目元に影を作るほどに長く、伏せると途端に、憂いのある儚げな表情を作った。
いつもは誇れる自慢の容姿も、こんな気分の時には逆効果で、いっそ、思い切り痛めつけられて、すべてを忘れてしまいたくなる。
新しい傷で昔の傷を塗り替えることだけが、克己に許された唯一の抵抗だった。
自分から突き放したはずなのに、独りにされるのは耐え難くて、士郎がドアのノブに手をかけた瞬間に、その足元にナイフを投げつけた。
「どこ行くんだよ……!? あの人から僕を守れって、言われてるんでしょ?」
夢の中で泣いていたせいか、いつもより一層潤んだ瞳で、挑むように士郎を見つめた。
寝乱れて、はだけたパジャマの胸元を見せつけるように、ややアゴを引いて、誘うようにゆっくりとボタンを外してゆく。
2人の間に、束の間、言葉にはならない会話が交わされた。
やがて、士郎が深いため息をついて、白旗を掲げた。
「それで、どうしてほしいんだ?」
克己は暗く微笑んで、言った。
「思い切りひどくされたい。気を失うくらい激しく、僕を犯して」
忘れてしまいたい。今この瞬間だけでいいから、何もかも。
士郎はため息の中、着ていたシャツを乱暴に脱ぎ捨てると、再びベッドに近づいてきた。
機敏な士郎にしては、ゆっくりすぎる歩調。
拒む心と、抑えようもなく熱く波立つ身体のコントラストが、鮮やかで眩しかった。
視線を外さないのは、せめてもの抵抗だろうか。
やがて克己の細いうなじに手をかけると、士郎は乱暴に引き寄せながら、低く命じた。
「……咥えろ。喉を突き破るくらい、深く」
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