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掃除屋はかく語る。
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「そういえば、生まれてはじめて告白というものをされた」
何気なくかけられた言葉に、床を消毒していた俺は耳を疑った。
「え、“混沌”、今なんて?」
「告白だ」
薄暗い部屋のすみで爪を磨いていた男……。
コードネーム:0744、通称“這い寄る混沌”が無機質に返答した。
「ちょっと、意味が……」
「貴様の清掃は部屋だけではなく頭まで白くするのか? 愛の告白と言うものに決まっているだろう」
俺は清掃していた手を止める。
「意味がわからないのもそうなんですが、このタイミングで……そう言うこと言う? って困惑の方が強いです」
すでに動かなくなった“何か”の痕跡を消すために部屋を消毒していた俺は、あまりにもこの状況に似つかわしくない言葉を聞き、困惑していた。
「飽きた。5秒で片付けろ」
「“デヴァウア”の処理よりは遥かに楽なんですけど、恋話する状況じゃないでしょう……」
“混沌”の役目は、動いていたものを動かなくするまで。その後の処理は金で組織に雇われている掃除屋の俺の仕事だ。
……最初は罪悪感と吐き気でグロッキーになっていたが、もう慣れた。
とかくこの世は金がいる。
売れない陶芸家が生きていくには金が必要で、土を焼かない方の釜に黒い袋を入れて焼けば金になる。
この仕事も何年も続けているが、“混沌”とこんな『世間話』をしたのは初めてだ。
コードネーム:0744……“這い寄る混沌”は組織の中でも恐怖と共に語られる男だ。
人形と見間違えるほどの美貌。
長い黒髪を三つ編みして肩から胸にかけて流しているが、その髪を揺らしているところは一度も見たことがない。
曰く、標的が最後に感じるのは、指紋の消された細い指が喉に絡み付く感触なのだと言う。
闇から這い寄り、気づいた時には命を消されている。
最期に見るのはまるで三日月のように弧を描く笑みだとかなんだとか。
……この無表情で無機質な男が表情を変えたところを見たことがないので噂が本当かどうかは知らない。
知らないが、とにかく存在を感じただけで狂うと言われる空想上の神の名前が付けられている彼が、「告白」だの人の世界の話題を発したので驚いていたのだ。
まだ『うっかり通りすがりに殺してしまって』と言われた方が何百倍も想像できる。
どう返したら良いかわからないので清掃を再開する。
「告白に『はい』と答えたのだが」
「告白受けたんですか!?」
「ああ、殺し屋の契約書を一言一句思い出したが、禁止事項に『喫茶店で告白されたものを断らなくてはならない』とは書かれていなかったからな」
「いや副業の禁止が書かれていないから、みたいなノリですけど、え、相手は表の人何ですか?」
「あぁ、喜びすぎて泣き崩れていたな」
喜びすぎて泣き崩れる……どんな状況だよ。
部屋を暗くしてブラックライトを当てながら痕跡が残っていないかを丁寧に探る。
「ここの家主を見張るために1ヶ月通っていた喫茶店だったが、まさが最終日にこんなことが起きるなんてな」
「ほんと、すごいっすね」
「結婚を前提にお付き合いすることになったのだが、それは具体的に何をするんだ?」
「……具体的に何をするのかわからないのに告白を受けたんですか?」
「うん」
「なんで」
「規定に禁止されていないから」
え、何をどう生きてきたらこんな考えになるんだ。異形かよ。
男が削った爪の欠片も残さずに片付けて、清掃を終える。
無機質な人形のような男が、得体の知れない眼差しでこちらを見つめる。
答える義理はない。答えたとして正解かもわからない。
「と、とりあえずデートとかっすかね」
なんて言葉で濁してみた。
◇ ◇ ◇
一週間後。
路地裏に呼び出されて冷たくなったものを黒い袋に入れていると、“混沌”はぽつりと呟いた。
「はじめてのデートではテーマパークは避けた方がよいと情報端末では出たのだが」
思わず袋ごと地面に落としそうになってしまった。
「……え、このタイミングでそんな話します?」
“混沌”はこてんと首をかしげる。
「デートをすればよいと言ったのは貴様だろう?」
「そう……ですけど!!」
まさかあの話に続きがあるとは思わないだろう。
「デートでは映画館と水族館、どちらがよいだろうか」
「すごい、あの“混沌”が人語を話している……じゃなくて、えーと、興味がある所に行けばいいんじゃないですかね」
「寄生虫博物館か」
「はじめてのデートでそこはやめときましょう!!」
最初から好き同士で行くならともかく、相手にトラウマを植えつける気か!
「ふむ」
「だいたい、こーゆーデート、ってのは相手の女の子の行きたいところに行くのがセオリーってもんです。“混沌”は黙っていれば超絶美形なんですから、金を出して、5分ごとに君は可愛い。とか言っていればいいんですって」
「相手は男だが」
「あっそうなの!? そうだったの!!?」
結婚を前提にお付き合いしてくれって猛烈にアピールしてくれる女性かと思ったら! 男性だった!!
え……。まてよ。
「“混沌”は、男性でも良いんですか?」
「規定に禁止されていないから」
「……もしかして……相手は、“混沌”の事どう言っています?」
「天より舞い降りた天使のように美しくて儚くて可憐な君、と言っていた」
「思った以上に相手の方が頭沸いてた!! じゃなくて、もしかして、見た目だけなら美人なあなたの事、“女性”と勘違いしているのでは!?」
こてんと首をかしげる“混沌”
「付き合うには性別が必要なのか?」
「概念的に言いにくい事を……結婚を前提にってことなら、聞いてみたらどうですか……」
◇ ◇ ◇
「心配だ」
床の汚れをモップで擦りながら、現実逃避に他ごとを考える。
「あん?」
組織一後始末をしたくないランキングぶっちぎり一位のコードネーム:1825、通称“デヴァウア”が汚れた顔を服で拭っていた。
「何でもないっす。それよりも食い散らかすの、勘弁してくれないっすかね」
「それはできねー相談だな」
今日は、お近づきになりたくない殺し屋ランキングでは“混沌”とトップを競いあっている“デヴァウア”の後始末だ。性欲と食欲と殺戮本能が混ざりあっているというヤバい怪物だ。
鍛え上げられてしなやかな身体は女性や男性に大層モテる。
モテるが、ワンナイトラブの後は必ず清掃が必要になる。
つまり、標的以外の処理にも頻繁に呼ばれる。何てこったい。金払いだけは良いのが不幸中の幸いか。
「はー、喰い足りねぇ」
「お食事兼ナンパは他でどうぞ」
「てめぇみたいな平凡喰う気がしねーよ」
「平凡であることに感謝。えーと、本気で発狂しそうになるんで、首に手を回すのやめてもらえませんか」
「あー?」
「ひっ匂い嗅がないでくれませんか!?」
「あー」
なんだこれは、発狂度チェックか!?
「なんでも喰えるのに、お前だけは喰いたい気分にはなんねーのはなんでだろうなぁ」
「知りませんよ」
「それよりも、なぁおい。“混沌”の噂話聞いたか」
「え、知らないんですけど、どうかしたんですか?」
「あいつよ、死体の腸なんざー腰からぶら下げてよ。やべえぜ。前からヤバいやつだと思ってたが、一般人の擬態すらしなくなるなんて、さすが組織一の殺し屋よ」
「……」
「掃除屋、この俺ですらあいつの相手は勘弁だ。喰う喰われるじゃねぇ。気づいたら死んでる。そんなヤバさがあいつにはある」
……あんたも大概だが。という言葉を飲み込んで、俺は床に専用の液体洗剤を撒いた。
◇ ◇ ◇
久しぶりに会った“混沌”は確かに白く長細い物を腰からぶら下げていた。
「え、デート、寄生虫博物館に行ったんですか?」
「うん。これ、ロングストラップのサナダくん。お土産いる?」
「いりませんよ!!」
秒で断った。どことなく無表情が残念そうな表情を……したような気がした。
「え、よく初デートそこ行けましたね」
「行きたい場所は任せると言われたから。目隠ししながら手を引いて連れていった」
「惨劇の予感!? そ、それで彼は」
「驚いてた」
「でしょうね!? あっその、性別の事とか……」
「上着を脱いで見せた」
「大胆だ……」
「顔を真っ赤にしながら胸は小さくても大好物ですと」
「おお、微妙に伝わっていない感」
「下に手を入れさせたら」
「すごい攻めますね!?」
「男の娘も大好物ですと」
「……」
「改めて、結婚を前提にお付き合いしてくださいと告白されたんだ」
こちらが聞いていて真っ赤になる。
わお、すごい。愛は性別を越えた。
「それでとりあえず博物館のトイレから出てから考えましょうと」
「……その感動的なやり取り、寄生虫博物館の中でやったんすか」
◇ ◇ ◇
「はじめまして! 彼の友達を紹介していただけるなんて、光栄です!」
ちょっと誰か教えてほしい。
なんで仕事の呼び出しかと思ってホイホイ付いていったらお洒落なカフェに連行されるんだ。
この、純朴そうな男が……絶望的に人を見る目が無いちっパイ男の娘好き初デートに寄生虫博物館に連行された喫茶店の店主! 所持してる情報量が多い!
いや、特殊性癖ばかり聞いているけど人が良さそうな素朴な青年だ。
(ちょ、ちょっと、あの俺どんな風にすればいいんですか!)
(さりげなく褒めて。余計なことを言ったら消すから)
(ひっ)
「ところで、彼とは付き合いが長いんですか?」
「えっとぉ、その、長いような……短いような……」
「……」
ぎぇっ“混沌”、薄手の手袋を嵌めた手で頸動脈をなぞらないで!!
「そうなんですね! 羨ましいなぁ~。僕は一目惚れしてからずっと彼に夢中で……」
「へ、へぇ」
よく見てくれ。この空気感! でれでれしてないでさ!
「あ、連絡が……少し席をはずします」
“混沌”が視線だけで『彼が私の事どう思っているのかを聞き出せ』と伝えてくる。
嘘だろ!? 出会って3分の相手と二人きりで!? 難易度が高すぎる!!
“混沌”がさりげなく去った後に、二人で気まずげにもごもごしている。
「「あの」」
「あっどうぞどうぞ」
「いやいやそちらが先に」
「「……」」
山に帰りたい!!
「あの、そのええと、友人は、貴方から見てどうですかね。あ、あいつ男なんですが」
俺に腹芸は無理だ……シンプルに聞いてしまう。
もごもごとしていた店主の表情が、一瞬にして明るくなる。
「彼はまるで天使のように清らかで儚くて、守ってあげたいと思うほどに素敵な人です。あんな汚れなき澄んだ瞳の方はじめてで、その、最初は一目惚れからだったんですが、だんだんと一緒に過ごしていくうちに彼の人柄にも惚れていって……」
んんんーーっ解釈違いーーー!
誰の事言っているの……? え、本当に君の目は節穴か!?
「男の僕が彼に惚れてしまって、その、ご友人として心配はしていらっしゃると思うんですが、僕、頑張って彼を幸せにしますから!」
「ほぁ……」
あっダメだ。魂抜け過ぎて変な声出た。
「あの、この機会に一つお尋ねしたくて……。彼ってどんな職業なんでしょうか……」
「ほげっ!?」
「前に手袋の下を見たんですが、指に指紋がなくつるりとしていたので……」
はわ、はわわっえっ魂抜けている場合じゃないぞ。
どうする俺、どうする!?
「職業柄、なのかなって……気になって」
「あの! ええと、彼は……そう、水! とか、手が荒れやすい業種で、そうそう専用薬品とかでなんかその、うっかり、消えちゃったらしいです!!」
あああっ頭をフル回転させるが、こんな適当な事しか言葉が出てこない。
「わぁ、やっぱりそうだったんですね! 水回りとかで手が荒れやすい仕事なのかなって。彼に薬用軟膏とかプレゼントしたいって思っていたんですが、仕事に差し障りないですかね?」
「ないと思いますよ!!」
たぶん! ひぃぃ、誤魔化せたか!? というか良い奴だな彼!
「戻りました」
「あ、お帰りなさい!」
その後盗聴していた“混沌”が非常に上機嫌で一緒に珈琲を飲んでいたが、やり過ごしたという安堵感で正直何を話していたか記憶にない。
帰り道、“混沌”が手袋を外し、つるりとした指を撫でる。
「彼からのプレゼント。楽しみだ」
「ほわ……良かったっすね」
「贈り物を受けとることは、規定に禁止されていない」
「そーっすか」
「それに表社会に擬態するための婚姻は推奨されている」
「今なら男性同士ならパートナーシップって奴ですかね」
「だけど、彼と婚姻するなら……私はもう組織はいらない」
「はー、そうっす……は!?」
“混沌”の表情は変わらない。変わらないが……三つ編みにした髪を優しくなぞる。
「規定では、殺し屋を引退してはいけないとは書かれていない」
◇ ◇ ◇
「はー、リア充マジ爆発しろ」
最近組織からの仕事の依頼が少なく、久々に入った連絡は“デヴァウア”からだった。
正直、処理が大変すぎるので行くの止めようかと本気で悩んだが、当初の目標額が達成するなと思ったら、悩んだ末に工房兼処理場にしている山から下りた。
「あー?」
「あとマジで匂い嗅がないでくださいませんかね。発狂しそうになるんで」
「いやなんで喰いたくないのかわからなくてなぁ」
殺し屋に引っ付かれながら、汚れた床を強く擦る。
「そういや、聞きました? “混沌”の話」
「あー聞いた聞いた」
世間話代わりに、彼引退するそうですね、と続けようとしたが、“デヴァウア”の言葉が一呼吸早かった。
「組織から処分されるんだってな」
掃除していた手が止まる。
「あいつ個人は強すぎるが、なんでも飯屋? 喫茶店? かなんかの一般人と懇意にしているだとかで、そいつを囮に消すらしいな」
動悸が止まらない。
何を、言っている?
何が、起こっている?
「“笑う哲学者”も“徘徊する悪意”も、他の殺し屋も総動員だってな。あ、ちょうど俺にも解体命令来たわ。んー、犯して喰うには強すぎるが、一般人バラしている間に隙を見て捩じ伏せるか」
心臓が痛いのに、血の気だけは引いていく。
俺は、それに対して語る言葉を持ち合わせていなかった。
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