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殺し屋はかく語る。
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「この世の中には、寄生虫のように社会のゴミになる人がいっぱいいるんだ。だから君の役割はそんな人間を始末する事だよ」
いつの頃から言われていたのか忘れてしまったけれど、私の役割というのはそういう“モノ”らしい。
仕事は簡単だ。闇の中から這い寄り、そっと命を止めること。
単調な役割は性に合っていたのか、苦労することなく体温を止めることが出来た。
私はどこかから連れ去られたか売られたかしたらしいが、あまり興味はなかった。
用意された部屋の隅に蹲っていると、稀に覆い被さって来るものがいたが、その体温が邪魔で動かなくしていたら、よくわからないが怒られた。
何度か、大人しく身を任せるようにと生き物が入っている部屋に入れられたが、処理していい“モノ”と処理していけない“モノ”の違いがわからなくてすべての体温を消していったら、自然とそういうことはなくなった。
“這い寄る混沌”と誰かが私の事を、言い出したが、それすら興味は欠片もなかった。
ただ闇の中から近寄って、命を止める。
その単調な毎日は私に合っていたのかもしれない。
ある時。
用心深い標的を消すために、とある喫茶店で動向を見張る必要がある依頼を受けた。
泥水と酒の違いもよくわからない為に、珈琲には欠片も興味はなかったが、何もしないで入り浸るのは不振がられると掃除屋の誰かが言っていたような気がするので、本屋で適当に手に取った本を買い、読むフリをしていた。
何かわからないが噛みそうな名前の人間がかく語っている本のようだが、中身はパラパラと捲るだけで読んでいないのでわからない。
一月ほど店のテラスから見張ってきて、やっと標的が店の対面にあるマンションに帰ってきた時だった。
これで仕事が進むと本を閉じると、近くに人の気配がした。
「いつも喫茶店に来てくださっている、あなたに一目惚れしました!! 結婚を前提にお付き合いしてください!」
なんて告白されたのは、生まれてはじめての事だった。
◇ ◇ ◇
「そういえば、生まれてはじめて告白というものをされた」
なんて事を、仕事の帰りに呟いてしまったのは、昼間にあった出来事の余韻が残っていた為だろうか。
組織の末端の存在で、掃除屋と呼ばれる者の中でもよく見かけるような……そんな気がしないでもないような“モノ”に声をかける。
別にさほど汚しはしないのに、何故か私の後始末を行うのは人気がないらしい。何故だろう。こんなに綺麗に消しているのに。
対して反応は期待していなかったが、掃除屋は問いかけに応えた。
どうやら、デートとやらをすれば良いらしい。
後日喫茶店の店主……“たちばな”にデートとやらを聞いてみたら泣き崩れていた。
反応が大きすぎてどうしたら良いかわからない。……わからないが、嫌ではない。
部屋の隅に蹲っていた時に近づいてきた気配とは比べ物にならないほどに煩わしくはない。
周りから気配を消した方が不快ではないはずなのに、“たちばな”に隣でじっと見つめられていても不快ではなかった。
規定に反していないから容認した。
だけなのに、“たちばな”といると規定の事をたまに忘れそうになる。
あの掃除屋に合った時にはぽつりぽつりと会話した。
他の掃除屋には話そうと思えないのだから、不思議なものだ。
髪の色が……少し“たちばな”に似ていたからなのかもしれない。
わからないけれど、なんとなく仕事の後始末はできる限りあの掃除屋を充てるようにと処理報告をしていた。
寄生虫博物館にはじめてのデートをした時には驚いた。
どうやら“たちばな”は私の事を“メス”だと思っていたらしい。
“オス”だと伝えたらそれでも私が良いと言ってくれた。
その博物館に行きたいと望んだのも、寄生虫のような人間を始末すること。が役割の私にとって、寄生虫なのに生が許されている存在が不思議に思えたからだ。
説明文には、“寄生虫と共生関係にある宿主もいる”“地球という大きなビオトープには、寄生虫の存在を含めた生態系となっている”と書かれていた。
なんだかそれが不思議で、とても面白い。
“たちばな”とお揃いで買ったフタゴムシのストラップは、使うのがなんだかもったいなさすぎて、今でも袋に入れたまま鞄に入れてある。
フタゴムシは『一目惚れした相手と触れあうと結合し、一生添い遂げる。別つ事はできない』らしい。
まるで“たちばな”みたいだな、なんて思ったら気づいたら土産屋で手に取っていた。
拷問を受けても口を閉ざせるようにと薬で慣らされた身体は鈍感で、痛覚や感情はあまり持ち合わせていない。
なのに何でだろうか。“たちばな”と会っている時には無性に心のどこかから何かが込み上げてくる。
わからない。理解できない。けれども、それは不快ではない。
喫茶店でいつもの掃除屋を使って探りを入れた時には、どう言ったら良いのかわからないが、何故だか“たちばな”が私の事をどう思っているかを知りたくなった。
知って言葉に詰まる。
彼の中にあったのは、“慈愛”と“献身”だ。
私の中に芽生えなかった感情で、私を好いてくれていた。
私は、これからを生きることができるなら、彼と手を繋ぎあって生きていきたい。
そう思ったら、何が不要かすぐにわかった。
私には一生使い果たせないほどの金はある。
だから、私は組織に連絡を入れたのだ。
◇ ◇ ◇
「0744、時間ぴったりだな」
“たちばな”の身柄を盾に呼び出されたのは使われていない古い倉庫だった。
後ろ手に拘束されて目隠しをされている“たちばな”の身体に目立った傷がなく、それだけでも安堵する。
「何も持っていない。私からは動かない。たちばなを離せ」
「お前を解体したらな」
「やめ、ろ……彼に……彼に手を出すな!!」
彼は、こんな目に合っても、私のような者を庇ってくれる。
「彼は、華奢なんだ、とても繊細で優しくて……頼むから、手を出さないでくれ。店も金も土地の権利書も、僕にあるものだったら何でも渡す。だから、彼には手を出さないでくれ。僕の……僕の大切な人なんだ」
その瞬間、羽化するように心が割れた。
あまりの激情に涙が溢れ出す。
ああ、鈍く閉ざされた心に新しい感情が荒れ狂う。
なんで、橘、君は……君はそんなに私の事を……。
恋という感情か、それとも情というものなのか。わからないけれど。
ふわりと動いたと同時に橘を救いだし、橘を拘束していたモノの命を消す。
息をするよりも容易い。
胸を痛めながら、橘をそっと気絶させる。
「私の“物”を傷つけたな?」
規定では、自分を傷つける者には反撃して良いと書いてあった。
橘は、私の物。私と別つ事ができない存在。それを害すと言うのなら。
全てを闇に沈めてやろうか。
「くそ、殺し屋たち、全員でかかれ!」
「あー、悪ぃ、遅刻したか?」
その時、シャッターを開けて入ってきたのは、確か“食い散らかす”と言う異名を持つ男だった。
「遅いぞデヴァウア! 早く仕事しろ!」
「あーはいはい」
怠そうに歩いた男は、何の予備動作なく近くにいた黒服の頭をバールでカチ割った。
「な、何をするんだ!?」
「あん? だから仕事よ」
男は血まみれになりながら、犬歯を剥き出しにする。
「とある元掃除屋が土下座しながら依頼してきたからな。『俺の山と工房と貯めた金とついでに俺を喰らっても良いから、頼む。小さな恋路を守ってくれ。裏の仕事をやって汚れている俺たちは地獄に落ちてもいい。だけど表を歩いている店主は別だ。真っ当に生きている人間が真っ当でなく殺されるなんて悲劇はあっちゃならない。どうか助けてくれ』ってな」
「へぇ。お前は私の敵じゃないんだ」
「あいつを喰らえるってんだ。興が乗った。けど“混沌”、あんた一人でも組織壊滅できるんじゃねーか?」
「できるけど」
──白い指が闇の中から伸ばされて、そっと命を奪っていく。
──”這い寄る混沌”が、命を消していく度に、悲鳴があがる。
「でも観客はいた方がやりがいはあるかな」
──闇の中、弧を描く白い三日月が浮かんでいた。
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