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僕と黒峰さまについて
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相田 澪(あいだ みお)、15歳。
僕は人生初のパシリ生活を送っていた。
「昼ごはん買って屋上集合ね?」
「は、はいぃただいま!」
黒峰先輩の鋭い眼光から逃れるようにして、僕は食堂へと走る。
だけど今考えてみれば、このときのほうがまだマシだったのかもしれない。
「ほら、早く口開けて?」
「んっ……あぅ、」
「澪、」
キスの合間、名前を呼ばれるたびに震えてしまう身体を持て余すくらいなら。
*
入学式の帰り道、近道を通らなければよかったなとか、
見た目の派手なグループを視界に入れた瞬間ダッシュで逃げればよかったなとか、
「きみ、名前は?」に対して名乗らなければよかったなとか。
分岐点はたくさんあったのに、全部間違えた。
まさかあの近道が黒峰さまの出没地だなんてつゆしらず……。
入学初日から目をつけられてしまったらしい僕は今日もパシりに勤しんでいます。
「くくくく黒峰さま!戻りました!そしてごめんなさい!食堂のお弁当、売り切れで……」
「へえ?」
「ももも申し訳ございませんんんんん」
屋上のフェンスにもたれるように座る黒峰さまは襟足をいじりながら、「どーすんの?」と僕を見上げるようにして睨みつけている。
「うっわ、黒峰こわ~い」なんて周りの冷やかしに「うるさいよ」と笑う黒峰さまはやわらかい雰囲気なのに、僕の方に視線を戻すと途端に眉間に皺が寄り始める。
校内で、いやこの地域の高校で、黒峰さまのことを知らない人はいない。今月入学したばかりの僕らだって、「3年の黒峰樹(くろみねいつき)先輩」のことを全員が知っている。
黒髪のウルフカットの裾をブルーに染め、耳にはたくさんのピアス。噂によると読モをやっているらしいその美貌。オーラがすごくて、「目を奪われる」というのはこういうことをいうんだろうなと思う。
だから僕が噂の黒峰さまと初めて出会ったとき、思わず凝視してしまったのも固まってしまったのも仕方のないことだと思う。
だって人間、綺麗なものに惹かれるのは仕方のないことだろ!
僕は黒峰さまと違って良いとも悪いとも言えない普通の容姿だし、どうしたってキラキラしている人間に対して憧れみたいな感情を持ってしまう。
ただ、こんなに睨まれたり冷たくされたりすれば、憧れよりも恐怖のほうが勝ってしまうけれど。
「あの、かわりといったらなんですが……僕のお弁当を差し上げますので……」
「はぁ?弁当あんの」
「はい。ただ自分で作ってるので味の保証は……」
「自分で?早く言いなよ」
差し出したお弁当をひったくられるようにして奪われ、このあとの授業でお腹がぐうぐう鳴る自分を想像して溜息をつく。
「君はこれね」
「あ、ありがとうございます?」
黒峰さまから焼きそばパンとメロンパンを渡され、お昼持ってるんじゃん!って思ったけど、もちろん言い返すことはできない。
離れたところに座ろうとしたらまた睨まれたので、仕方なく黒峰先輩の隣まで行きパンを貪った。味はしませんでした。
*
予冷が鳴り、他の先輩たちが教室に戻って行っても、黒峰先輩は動かない。
「教室行かないんですか?」と聞こうにも、黒峰先輩の眼力が強すぎて何も言えそうにない。
「……あのさあ」
「はははははい!」
「そんなに怯えないでよ。取って食おうってわけじゃないんだからさ」
「ご、ごめんなさい……」
「黒峰さまとかいう呼び方もどうにかならないわけ?」
「……」
「まあいいや、今日一緒に帰るからね」
「えっ」
「嫌なわけ?」
「めめめめっそうもございません!」
「ほら、教室行くよ」
黒峰さまに促され、屋上の扉を開けた。
噂で聞いていた黒峰さまは、容姿がずば抜けてよくて、家はお金持ちで、他校の女子からもめちゃくちゃモテて。見た目は派手だけど素行が悪いわけではなく、ただただ目立つ人、というのが僕のイメージ。
だからこうやって、パシりみたいなことをさせられるのはちょっと意外だよなとは思っている。
「ねえ」
「はいぃっ」
慌てて振り返ると、「危ないから前見て」って怒られた。理不尽だ。
「うわっ、」
足がもつれてバランスを崩した。
「あぶない!」
腕をぐんっと引っ張られる。
黒峰さまの香水がふわりと香り、すぐ近くに感じた。
ぎゅっと腕をまわされる。その胸板が思った以上にしっかりしていて、戸惑っている間にそのまま二人で傾いていくのをスローモーションみたいな速度で感じて。
頭を大きな手でガードされながら、階段をごろごろと転がり落ちて、ガツン、と鈍い音が響いたあとに、黒峰さまのうめき声。
「いってえ……」
あ、僕死んだな。
黒峰さまを巻き込んで怪我させたなんて、黒峰さまは絶対に許さないだろうし、その取り巻きの先輩たちも、というかファン一同が絶対黙っていない。
僕の高校生活、終了の鐘が鳴っているのがわかる。
「だから言ったでしょ、ばか」
黒峰さまが起き上がって、痛めた肩を抑えながら見下ろしているのがわかる。こわくてその顔を見ることができない。ゆっくりと僕も起き上がった。
「あの、えっと………」
声が掠れた。
「どなた、ですか」
「は?」
黒峰さまの怪訝な声が頭の上から降ってくる。
「いたたたたた、なんか僕、頭、打ったみたいで……あれ?入学式は?あれれ?」
拝啓、お父様お母様。
僕は保身のために嘘つきになりました。
黒峰さまも、頭を打って記憶喪失になっている人間のことを怒ったり殴ったりはしないだろう。そんな浅はかな考えで演技を続ける。
「あれ?あれれ?」
「俺のことも覚えてない?」
「はい、えっと、」
「……」
黒峰さまは考える素振りを見せる。
そしておずおずと、普段の黒峰さまからは想像のつかないような緊張を孕んだ声で言った。
「み、澪、頭打ったのかも。保健室行こっか」
「へっ…!?」
みみみみみおって言った?俺の名前覚えてたの?いつも「ねえ」とか「君」とかしか言わないのに?
いつもギラリとした目で睨んでくるその瞳はうるうると輝き、俺だけを映している。
「いや、だいじょぶです、あなたこそ病院とか……」
「俺は大丈夫。それよりさ、いつもみたいに名前で呼んでよ、」
「へ?」
「ん?あ、覚えてないんだったね。いつもはその、……"いっくん"って呼んでくれてたよ」
「はい?????????????」
いっくん?????黒峰さまの下の名前はたしか樹。だからいっくん?????いや呼んでないが??????
「み、澪はまだ呼ぶの恥ずかしがってたけどね。まだ付き合って2週間だし」
「へぁ???????」
耳を赤くして目を伏せながら、黒峰さまは衝撃発言を繰り出し続けてくる。
あの、黒峰さまこそ頭打ちましたか???
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