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春は出会いの季節
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四月は出会いの季節だ。高校生になった真山祐希は、弾んだ足取りで校門を潜った。
丈の長いブレザー姿が少しでもかっこよく見えるように、背筋を伸ばして歩く。中学からの友達である葉中翔太も同じクラスのようだが、辺りには見当たらない。
そのうち会えるだろうと、人の流れに沿って歩いていく。入学式の会場である体育館に着いても、翔太の姿は見つけられなかった。他に知っている顔はいないのかと周囲を見渡した時、一人の男子生徒が目に入る。
(うわ、めちゃくちゃ美形だ)
レベルの違うイケメンがいた。真っ黒な髪と瞳に引き締められた肌色が、輝いて見える。スッと通った鼻筋や、真一文字に引き結ばれた唇から硬派な印象を抱いた。
あまりにも綺麗で、憧れの存在が画面から出てきたようで目が離せない。熱い視線に気づいたのか、切れ長の瞳が祐希を振り向く。視線が合いそうになり、慌てて下を向いた。
(ひええ……どうしよ、ドキドキがおさまらない)
男にときめくなんて初めてのことだった。でも彼相手ならしょうがないかとも思う。だって素敵すぎて、現実にいることを疑ってしまうくらいカッコいいのだ。平凡を絵に描いたような祐希とは大違いだった。
これがいわゆる、一目惚れというやつなのだろうか。混乱と動揺で顔に熱が昇る。こんなにも急激に人に恋をしたのは初めてのことで、気持ちが追いつかない。
校長先生の話を聞くフリをしながら、意中の彼を盗み見る。横から見ても美しくて、ほうとため息が溢れた。また目が合いそうになり前を向く。
何度かそんなことを繰り返しているうちに、入学式は終わったようだった。この後教室に向かうらしい。彼の背中をぽーっと眺めながら後ろをついていく。
こそこそと真後ろの女子が噂話をしているのが、耳に飛びこんできた。
「彼、カッコよくない?」
「あいつでしょ? 遠海久遠。やめときな、いいのは見た目だけだから」
「そうなの?」
「中学の時、ラインで告ったらブロックされた子がいるらしいよ。その時の対応が冷たすぎたって」
「なにそれ」
祐希も耳を思いきり傾けて会話を聞いていたが、いいところで教室に着いてしまった。親友の翔太が声をかけてくる。小さな体に見合わない大きな声で、手を振りながら笑顔を向けられた。
「よお祐希、同じクラスらしいぜ、よろしくな!」
「ああ、よろしく……」
間の悪いことに、女子達は大きなグループに合流して話をしにいってしまった。あの輪にはさすがに混ざれない。すぐに新任の教師がやってきて、自己紹介の時間になる。
遠海が自己紹介をする番が来た。一言一句聞き漏らさないつもりで熱い視線を送る。彼は低く艶のある声で言った。
「遠海久遠だ」
名前だけ告げると、彼はガタッと椅子を引いて座り、窓の外に視線を飛ばしてしまう。
(え、それだけ?)
次の人の自己紹介に移ってしまった。周りと仲良くする気がなさそうなクールな態度に、ドキドキと心臓が高鳴った。
(かっこいい……)
一匹狼って感じがしてすごくいい。最早何をしてもかっこいいと感じてしまうくらい、彼に夢中になっていた。
祐希が自己紹介をする番が来た。席を立ってハキハキと告げる。
「真山祐希です。桜咲高校は進学校なので、勉強をがんばりたいと思っています。よろしくお願いします」
まばらな拍手が聞こえる中チラリと遠海を確認するが、クラスメイトにカケラも興味が無さそうな様子で、運動場を見下ろしていた。
(何を考えているんだろう……知りたい、彼のことを)
クラスの女子数人が遠海に熱い視線を送る中、祐希も負けじと熱心に彼の背中を見つめる。
あっという間に入学式初日の連絡事項は終了し、席を立つ生徒が多い中、遠海も億劫そうに立ち上がった。
「遠海くぅん」
「あ、待って!」
積極的な女子が声をかけるが、彼は目もくれずにカバンを肩に担いで去ってしまった。一連の様子を見守るだけだった祐希の肩を、翔太がポンと叩く。
「どうしたんだよ、行こうぜ」
「ああ、うん」
翔太と漫画の話で盛り上がりながらも、心はずっとそわそわしていた。一度も笑うことのなかった彼の横顔が脳裏にチラついてしょうがない。
(もっと彼のことが知りたいな)
主人公が壮絶なバトルを繰り広げて石油王になるまでを、延々と語り続ける翔太の声を話半分に聞きながら、同じクラスにいるうちに友達ぐらいにはなれるといいなと願った。
けれどその願いは、贅沢すぎるのかもしれない。日が経つ毎にその思いは大きくなっていった。
なぜかというと、遠海は誰とも関わるつもりがないようで、休み時間は一人で本を読んでいるし、昼休みも放課後もさっさと教室から姿を消してしまうのだ。
極めつけに、話しかけてくる者への態度の冷たさったら、見ていられないほどだった。最初の一週間は積極的な女子が数人、彼に話しかけに行っていたのだが。
「俺に話しかけるな」
何を言われてもピシャリとそう言ってシャットアウトするものだから、女子達は「何あいつ、サイテー」と次第に相手をしなくなった。
孤高の彼は入学から半月経った今日も放課後になると一人で席を立ち、どこかへと消えてしまった。後ろ姿を目で追いかけていると、翔太が声をかけてくる。
「よ。帰ろうぜ……まーた見てんの? そんなにアイツが気になるのか?」
翔太にはとっくに祐希が遠海に興味があることを気づかれていた。恋心を抱いているとまでは打ち明けていないが、並々ならぬ好意を抱いていることはバレバレだろう。
「うん、すごく」
「そんなに気になるなら、直接声かけてみれば? 女子にはキツイ態度とってるから女嫌いなんだなーとは思うけど、男子とは必要最低限は話してたりするじゃん」
確かに、プリントの提出などやむおえず話さなければならない時、遠海は必ず男子の係の人に声をかけている。女嫌いという線はありえるかもしれない。
「この時間はよく図書室にいるらしいって噂で聞いたぜ。会いにいってみれば」
「そうだね、行ってみようかな」
「そうしろよ。最近のお前、石油王無双の話振っても乗ってこねえし、つまんないんだもん。さっさと気になることを片づけてこいって」
背中を押されて、祐希は図書室に出向く勇気を固めた。
図書室に来るのは初めてだ。しんと静まり返った室内には人の気配もほとんどない。緊張しながら足を進めると、窓際で一人本を読む遠海の姿が目に飛びこんできた。
(わあ……綺麗だなあ)
窓越しに柔らかな光が室内に差し込んで、遠海を祝福するかのように照らしている。
俯く彼の長いまつ毛の影が頬にかかる様は、まるで一枚の絵画のように美しい光景だった。突っ立ったまま見惚れていると、彼は無表情で祐希を振り向く。
「お前、最近俺のことをよく見てるヤツだな。何か用か」
「ひあ⁉︎ あ、そのっ、ええっと」
話しかけられた! しかも認知されていた! どうしよう、無視されるものだとすっかり思いこんでいたものだから、とっさに頭が回らない。
(用事、用件、伝えたいこと……)
遠海に伝えたいことなんて、一つしかない。祐希は頭の中に浮かんだ言葉をそのまま彼に言った。
「好きです! 付き合ってください!」
場に沈黙が満ちる。祐希の突然の大声に目を見開いた遠海は、眉間の皺を思いきり深めた。
「断る」
(だよねー! やっちゃったよ! 何をやってるんだ俺は!)
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