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1.さよなら稜
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稜《りょう》は先にベッドから這い出て、服を着てさっさと出掛ける支度をしている。そんな稜をぼんやりと眺めていた。
「じゃ、また今夜連絡する」
支度を終えた稜は、この部屋を出る最後に健人《けんと》のもとに近寄って来て、未だベッドの中の健人の額に挨拶代わりのキスをした。
「うん」
これがきっと稜との最後のキスになるのだろう。そう思うと急に胸が痛くなって、つい言葉をかけたくなってしまう。
「稜」
「なに?」
「……なんでもない」
「……変なやつ。お前、昨日から可笑しいぞ」
「別に普通」
健人だって自分自身がおかしいことに気づいている。でも稜との別れが辛くて堪らない。だから昨日の夜は稜に驚かれるくらいに積極的になってしまった。二人で過ごす夜もこれで最後だと思ったから。
「なんかあるなら話聞くから、遠慮なく話せよ」
話せるもんか。他の誰にも決して話せない。稜には特に。
健人がろくに返事もせずに黙っていると、「俺、時間だから」と言って稜は玄関で靴を履きはじめた。
「じゃあまたな」
何も知らない稜は笑顔で出て行った。
稜の気配が完全にいなくなり、ここから健人は頑張らなければならない。
——俺は辛くてもうあいつのそばにはいられない。
健人は決めていた。
稜のもとから去ることを。
今日13時にこの部屋に引っ越し業者が来ることは稜は知らない。
健人は手早く身支度をして、引っ越しの準備にかかる。
男の一人暮らし。物は少ない。
片付けながら、稜が置いていった私物だけ別に分けておく。稜の服。稜の歯ブラシ。稜専用の物たちをいつか本人に返せる日は来るだろうか。
ピンポーン。
延々と片付けていると、手筈通りに引っ越し業者が来た。
——さよなら、稜。
健人の心はもう限界だった。
稜を好きになればなるほど、一緒にはいられなくなっていた。
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