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田舎の高校で進路を聞かれた時は、漁師の祖父に弟子入りすると大嘘を吐いて凌いだ。
卒業した翌月にはコツコツ貯めたバイト代で都会に1Kを借り、既に数年が経過している。
就職の機会を逃し、コンビニの夜勤に専属で入る事で何とか食い繋いでいた。
4月生まれの光流が23になった日、何人かの同級生から社交辞令丸出しのメッセージが届いた。プロフィールを公開していたのがまずかった。相当悔やんだ。
同じ学生服を着ていた彼らはスーツがばちっと似合う大人になっている。それなのに自分と言ったら油のシミが飛んだ制服で勘定もまともにできない酔っ払いに小銭を投げつけられる日々。とても返信する気は起きない。
光流がひとりアカウントを消したところで、悲しむ人間はおろか気づく人間すら居ないであろう。迷いなく過去の人間関係を一掃して23から作り直したアカウントは、シフトを送り合うグループに招待されたくらいで友だちの欄など悲惨だった。
中学校で適当な気持ちで吹奏楽部に入部した光流は楽器未経験者で、唯一体験入部で音を出せた打楽器パートに振り分けられた。
楽譜が読めないからティンパニも鉄琴もマリンバもダメ、夏の大会で女子の集団に紛れ込んだ男子が必死にトライアングルとタンバリンを持ち替えている様を他校の生徒はどんな顔して見ていただろう。
しかし、小編成ゆえにチャンスはすぐに訪れた。3年生が消えればその分良い楽器が回ってくる。小物楽器のプロと部員達に揶揄されてきた光流はある日突然ドラムセットの扱い方を叩き込まれた。まともにスティックすら握らせてもらえなかったのに、ドレミも覚わらないままドラムの音符の読み方だけを教わった。これが始まりだ。
空き時間を見つけては音楽室の鍵を借り、家では家族が読み終えた新聞と自分の教科書を何箇所かに積み上げて四六時中スティックを振り回していた。初めて夢中になれたのがそれだった。
高校は軽音部がある私立に推薦で入り、何度か地域のイベントでライブを披露した。
それとは別に同い年の部員で集まって一度だけ出演した対バンは忘れられない思い出だ。自分より年上のロン毛のオジサンやライダースに厚化粧のオネエサンがこぞって光流を褒めちぎる。今思えば高校生バンドという物珍しさや若々しさを面白がっただけだというのに、当時の光流は本気で自分に才能があるのだと舞い上がった。
だから実家を出た。いつかの誕生日プレゼントに母が買ってくれた電子ドラムを持って。
しかし1人で都会に出てきて1年、2年と過ごすうちに嫌でも気付くことがある。
──自分は与える側の人間ではない。
バンドメンバーの募集をかけた事も、逆に自ら応募した事もある。話が弾んで2回くらいは結成に至った。
だが自然消滅したり、女関係のいざこざで分裂したりとうまく行く事はなかった。
同年代のドラマーは、ライブを重ねるごとにスキルアップしてファンをつけた。小さい箱くらいならワンマンで埋められる彼らの背中は徐々に見えなくなっていく。これを単に運が無かったで片せるほど光流は楽観的ではない。ドラムスキルもリーダーシップも金も目標も何もかも、自分には足りていないという事は薄々勘付いていた。
それでも布団とテーブルを隅に追いやってまで部屋のど真ん中に構えた電子ドラムを捨てられずにいる。さっさと見切りをつければよかったものを、ゾンビみたいにいつまでも音楽に縋り付いて彷徨っているから、まさにこの今もダメな大人としての完成度ばかりが上がっていくのだ。
バンド用アカウントを日に何度開いたって、サポート依頼のDMなんか無名で人脈もない下手くそドラマーに来るはずが無いのに。
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