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もう立ち直れないかも知れないな
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特別暑い日でもなかったと思う。
日差しは強いが、風が吹けば、半袖と半ズボンでは少し肌寒く感じていたかも知れない。
英介は公園で泣いていた。
日の暮れかけた公園で、滑り台の影に隠れる様にグスグスと顔を覆って途方にくれていた。
「大丈夫だよ—」
何が大丈夫なのかは言った本人もわからない。
ただ、そう言う事が一番最善な気がしただけだ。
ひたすら頭を撫でている内に、辺りはすっかり暗くなっていた。
涙を拭う時の指先は冷たいが、髪を撫で付ける時は暖かい不思議な温もりに英介の気持ちは次第に落ち着いていった。
まだ涙で濡れる瞳を上げると、柔らかな笑顔が闇に微かに浮かぶ。
ひとけのない夜の公園は、まるで世界に二人しかいないように錯覚するようだった。
ずっと、こうしていられたらいいのに…
本人に自覚はないのかも知れないが逸郎もその時、同じ気持ちであったのだろう。
「そもそも、英介を虐めてたのはお前らだろ?」
初めて触れた時の温度を掌で思い出しながら、逸郎は薄く微笑んだ。
もう酔いが回ったのか、顔を赤らめて健一が笑う。
「は?虐めてたのは達也だろ?」
「いや、悪の親玉はお前だった」
「そうか?」
「そうだろ?どう考えたって…」
もちろんふざけてではあるが、逸郎が上目で睨むと、健一は少しきまりの悪そうな表情を浮かべた。
根っからの楽天主義である健一も、そのことには多少の罪悪感を感じているのだろうか。
小暮健一と小暮達也と言えば近所で有名な悪ガキだった。
この地域は、元々お世辞にもガラがいいとは言えなかった。
それをどうにかしようと思ったのか思わなかったのかは知らないが、新規開発をしベッドタウンとして売り込んだのが20年程前、丁度、健一が生まれた頃だった。
因みに英介の家は新参者である。
特に新しい住人と元からその地域に住む者たちの間に諍いはないものの、隔たりは確かにあった。
それを表立って口にするものはいなかったが、きっと家内ではその話題が出ていたのだろう。
そう言った事は子供に強く影響する。
当時の幼稚園、小学校では、新参、古参の子供で派閥が分断されていた。
古参筆頭として君臨していたのが小暮兄弟だった。
余談ではあるが、健一の上にもう一人兄がいる。
だが悪ガキと言えど、なにも乱暴なだけではなく、情に熱く面倒見がいいのも特徴の一つであった。
今思えば、その二人が新参古参の架け橋になっていたと言っても過言ではなかった。
「で、英介は馴染めてるわけ?」
健一の指摘と、微妙な表情に逸郎は急に英介が心配になって来た。
「うーん…」と唸って、健一はまた困った様な表情を浮かべた。
「馴染めてる…のかな?」
「まだ…いじめられてるとかないよな?」
「あ、いや、そりゃない。達也とも仲良くやってる」
「なら良かった…変わらず甘ったれみたいだから…」
ついため息と共に漏れてしまった逸郎の言葉に健一が「ん?」と眉を顰める。
「ガチャスケには会ったのか?」
逸郎は一度逡巡してから、別に隠す様な事でもないと思い直し「実は…」とことの次第を健一に話した。
もちろん、キスの事や自分の気持ちなどは語らない。
ただ、家庭教師であった事と、英介の母親に話したのと同様の理由でそれを今日辞退した事を告げた。
話を聞き終えた健一は、苦くなった心境を押し流す様に、グラスに残ったビールを煽いでから「そうか…」と頷いた。
「でも、それは酷なのかも知れないぞ?」
やけに神妙な健一の口ぶりに、逸郎の片眉が上がる。
「は?」
「一度ならず、二度までもとなると、ガチャ、もう立ち直れないかも知れないな…」
「どう言うことだ?」
逸郎は眉間に更に深い皺を寄せ、半身を乗り出した。
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