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一.
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窓の外では雨が止んでいた。
部屋はものすごく湿っぽい空気で、外は雨こそ降っていないものの、空中は霧のような色をしている。早朝、雨上がりだった。
ベッドから上半身を起こした姿勢のまま、すぐ隣にある窓を開ける。風はちらりとも吹いていなかった。それでも、朝の気温で部屋の空気はいくらかマシになったので、大きな伸びをする。雨の日に町中から立ち上る独特な匂いが微かに喉の奥を通って、肺に溜まっていく。
それからゆっくりと息を吐き出したころ、ふと、ベッドの向かいの壁際にあるローテーブルの上のテレビが目に入った。真っ黒になった大きなモニターの横で、おまけのように置かれた小さなテレビがメニュー画面のままで付けっぱなしになっている。そういえば、昨日の夜は映画のDVDを流して、そのままだった。友人の選んだ映画で、たしか恋愛映画だと言っていた。自分じゃ絶対に選ばないようなものだし、けっきょく昨日だってまともに観ないまま、挙句、放置して寝てしまった。
ベッドの上で丸まった掛け布団を乗り越え、床へと降りる。テレビのリモコンを捜し、ローテーブルの下で転がっていたそれを拾い上げてボタンを押す。
画面は朝のニュース番組に切り替わり、ちょうど天気予報のコーナーが始まったところだった。キャスターは東北の北部が梅雨入りしたことを伝えている。この町ではすでに何日か前に梅雨を迎えていた。空はその言葉を待っていたのか、連日の雨予報が三日前から外れない。
大雑把な全国の天気図によると、今日も傘が必要らしい。背後に耳を澄ます。雨の音は聞こえない。
「はっきりとしない空模様が続くでしょう」
赤い電源ボタンを押す。部屋は再び静まり返った。はっきりしない予報だな、と思う。ベッドの淵に背中を凭れ、マットレスに頭を預けて天井をぼんやりと眺めた。
曇り空がはっきりしないものだと、どうして言えるのだろう。
白色があって、黒色があったら、灰色は中途半端なのか。晴天があって、雨天があったら、曇天は中途半端だというのか。
「……」
は、と溜息の半分が声に出た。このところ、些細なことが引っ掛かる瞬間が増えた気がする。
「凪」
くぐもった声でふいに呼ばれ、少し驚いて顔を向けた。
「おはよ」
ベッドの上の掛け布団がもぞもぞと動いて、目の前に卓が顔を出した。
「……起きるの、早くない?」
「卓も起きたら」
「やだ」
「早起きって得すんだよ」
「土曜日って寝るために存在してるんだよ?」
のろのろと眠そうな声が耳元で聞こえる。
「卓が一日中寝ようって決めてるのが土曜ってだけでしょ」
今にも鼻と鼻がぶつかってしまいそうなくらいに近くで、卓が瞼をゆっくりと閉じる。
「……」
まだ眠るつもりなのだろうか。とくに起こす理由もないし、実を言うと、予定のない土曜日に早起きをしたところで何を得するのかということについては思い浮かんでいなかった。
もう一度眠り直しても罰は当たらないだろうという結論にたどり着いたとき、閉じたのと同じ速度で卓の瞼が半分まで開く。
「一緒に寝ようよ」
「わかった」
僕には、恋人がいる。
生真面目で、いつも真剣な目をしていて、他人に優しく、自分に厳しく、芯の通った一途な男だ。
「凪」
「ん?」
腰を上げてベッドに乗ると、卓に腕を掴まれる。へなへなと笑う卓が口を開く前に、その思考は透けて見えた。
「えっちしよ」
頬に何かが当たる。横目で窓の外を見る。町が濡れ始めた匂いが強くなる。また降り出したようだ。息を吐いて窓を閉め、卓に視線をやる。
「……いいよ」
僕と目が合った途端に、卓は微笑む。
彼は、三原卓は、僕のセックスフレンドだ。
卓が「早起き、得になったね」と呟く。得なのかどうかはわからないけれど、罰は当たるかもしれないと思った。
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