アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
消えない記憶を
-
溺れる ――。
吸い込んでいるはずの空気は、一向に肺へとは届かず、当たり前だが脳にも回らない。
酸素の足りない頭は、思考をぼやけさせ、ただ本能のままに欲求を紡がせる。
「もっと………」
「もっと…、なに?」
楽しそうな、少し意地の悪い声が降ってくる。
壱兎(かずと)の大きな手が、汗で張りつく俺の前髪を柔らかく端へと寄せた。
熱に浮かされ開ききらない瞳で、俺に覆い被さり、緩く腰を振るう壱兎を見詰める。
「……感じ、させろ」
お前を。匂いを、感触を、熱を。
すべてを俺に刻め。
ふふっと小さく笑った壱兎は、蕩けるような笑みを浮かべ、恭しい声を落とす。
「仰せのままに」
大事そうに俺の頬に触れた壱兎は、喰らうように唇を重ね、舌を絡ませながら、自身を奥の奥へと捩じ込んだ。
最奥で弾けた壱兎の欲望は、腹の底を熱く焦がす。
引き摺られるように、俺の身体がぶるりと震えた。
はっ……と、熱の籠る吐息を溢した壱兎は、満足げな深い笑みを浮かべる。
雄の色香に塗れた壱兎の笑みが、俺の胸の奥を熱く爛れさせる。
壱兎の色気に惑わされ、仕事を放棄しそうな理性を手繰り寄せる。
底のない沼に嵌まるのが嫌で、身体を捩り、逃げを打つ。
指を絡め握られた両手が、シーツに貼り付けられた。
「まだ。逃がすつもりは、ないよ」
ぐるるっと獲物を前に舌舐(したなめず)る狼がそこに居た。
俺の目の前にいるのは、兎の皮を被った狼だ。
だらだらと涎を滴らせながら、真っ赤に充血した舌で俺の喉許を舐め上げる。
「思い出して、恥ずかしくなるくらい俺を乱れさせてみろって。……煽ったのは、楓(かえで)さんだからね」
自分は悪くないと、責任の所在をしっかりと俺に認識させた壱兎は、息の根を止めるかのように、首筋に犬歯を突き立てた。
「まだ、足んねぇよ」
首に噛みついてきた壱兎の後頭部の髪を鷲掴んだ。
「こんなもんじゃ、足りねぇ。噛み痕のひとつでも、残してみろよ」
見て思い出し、恥ずかしくなるくらいの…悦に浸れるほどの、所有の証のひとつぐらい、刻んでみろ ――。
だが。自分の物だと主張するようなそんなものを、壱兎は俺に刻めない。
俺の手に押さえつけられ、離れられなくなった壱兎は、じりじりと口許に力を加えた。
ぞわりとした堪らない興奮が、腰を、背を、俺の根幹を震え上がらせた。
一気に掻っ切る潔さとは無縁の、じわりじわりと命を削られていくような痛みは、まるで毒にでも侵されていくかのようだった。
甘い甘い毒。それは、あずかり知らぬところで、俺を浸蝕していった。
何時間もの間、溺れていた。
指先ひとつですら動かすのが億劫になるほどに、体力も気力も奪われた。
「あー、ごめんなさい。……残るかも」
自分でつけた噛み痕に指先を滑らせた壱兎は、酷く申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。
「残んねぇよ、こんなの。直ぐ消える」
まだ熱が残る首筋を掌で擦り、壱兎を押し退け、気怠い身体を引き起こした。
掌の中に隠れてしまった痕へと視線を据えたまま、壱兎は言葉を足す。
「見たら、思い出すでしょ。それが消えても、感触は覚えてる……記憶(キズ)は、消えない」
自分のこめかみをとんとんっと指先で叩く壱兎は、回想して、恥ずかしくなれば良いとでも思っているか、さも楽しげに笑った。
消えない記憶 ――。
俺は、この記憶を消すつもりなど、微塵もない。
苛立たれようと、懇願されようと、なにをされようと。
俺の記憶は、俺だけのものだから。
どんな風に保存されていようと、壱兎が見るコトは叶わないし、改竄することだって叶わない。
この記憶があれば、俺は、なんだって乗り越えられる。
躓き、頽(すぐお)れるコトなどない。
俺は、独りで生きていける……。
……準備は、整った。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
1 / 8