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絶頂
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長机が2つ置かれた小会議室。
その中で各々に行き詰まっているのが、櫻井、木田、前島、そして社長の4名だ。
「まぁ彼と相性が良かった分、残念って気持ちは分かるけどね」
息苦しい沈黙を破ったのは社長だ。
「元々レコーディングだけの契約だったし、阪口くんも仕事の多い人だからしょうがないよ」
pmp一行は各々のタイミングで頷いた。
アルバムレコーディングでドラマーとしてサポートに入った阪口という男は、ツアーのサポートの申し出を断った。大手レコード会社で売り出している歌姫のバックバンドに就くらしい。
木田と前島が気持ちよく音楽をやれる相手かどうか。
櫻井はサポートミュージシャンについてその基準でしか評価していない、そして阪口はその点では良い線をいっていた。それだけにここで断られたのは、なかなか手痛いところだ。
「俺の方からもプレイヤー事務所と話は進めてるけど……」
社長がここで櫻井の方を一瞥した。pmpの2人の視線も感じ、櫻井はほんの少し肩を小さくした。
3人が事務所に登録されて以来、サポートメンバーの決定で社長の手を煩わせたことはない。
櫻井が独自にミュージシャンを拾いだし、単独で(主に酒の席で)交渉し、呼びこむという手法でほとんど全員選んできたのだ。
社長もメンバーも、櫻井の人選と手腕には信頼を置いていた。
しかし今回ばかりはその視線がチクチクと痛い。何せ現在メインで交渉している相手は、順調どころかしばらく顔を合わせてすらいないのだから。
相手のマネージャーと週に数回顔を合わせても一方的なペッティングに終始し、仕事の話をする流れになることは一切ない。
更にはそれに時間を取られて、こうした非常事態のために他のミュージシャンに目星を付けることを怠っていたのだ。
この状況、はっきり言って事務所に入って以来最大のピンチだ。
「そういえば前に言ってたのってどうなったの?」
「んっ?」
前島の急な振りに、櫻井は一瞬彼が何を示して言ってるの分からなかった。そして、前島の意図を理解し「やめろ」と声を上げる前に、彼の言葉は続いてしまった。
「黒宮さんがどうとか言ってたじゃん」
……あぁ、もう社長の顔は直視できない。
櫻井はまず、前島がとんでもない失言をしたことを、彼自身に悟らせない手だてを考えることにした。
「あれは話の流れで出た冗談みたいなもんだろ……第一、本気にしたって現実的じゃねえよ、あの人はほとんどシタタリ専属みたいなもんだ」
「実際にね」
社長がボソッと合の手を入れたが、櫻井はそれでも社長の方へ眼を向けるのを断固拒否した。
「一応、黒宮にも俺の方から聞いておこうか」
「えっ!?」
櫻井の決意は虚しくも一瞬で崩れ、首を振ると同時に社長と目が合ってしまった。
木田と前島がいる手前、社長もあからさまには雰囲気に出していないが、瞳の奥の方で暗く櫻井を睨んでいるのが伝わった。
「ま、君がそんな話をしていたって程度のことをね?」
「いっ……いや、どうでしょう」
「ん?」
社長が静かながらも威圧感を放ち、櫻井の身体も一層強張る。
しかし、飲まれてはいけないとすぐに自らを奮い立たせた。今は社長と二人きりで会話をしているわけではないんだ。
「だってねぇ、黒宮さんとこいつらを組ませて、また前みたいな粗相があったらどうしますか?今度こそ干されちまいますよ」
「俺は関係ねーだろ!」
冗談めいた口調で話せば、前島がタイミング良くツッコミを入れてくれた。櫻井の狙い通り、社長は諦めたようにため息を1つ吐いた。
「ま、確かにそうでもなったら、今度は俺も庇いきれないかもねぇ」
「マジですか!?」
「ふふふ、マジマジ」
「笑いながら言うことじゃ無いです!」
社長の発言が誰にあてた言葉なのかも、彼の目が笑っていないのにも気づいている櫻井は笑えない。
「しょうがない、俺の方からもある程度推薦は考えてまた話すから、君たちの方もちょっと話し合っておいて。今日はそれだけ」
社長から会議終了の合図が出て木田と前島はすぐに息をついた。態度にこそ出さなかったが、櫻井は自分が今この場で、一番安心している自信があった。
「あ、ちょっと櫻井だけ取材の打ち合わせのこと話したいから残って、2人は帰っても聞いててもいいけど」
……それも束の間、さすがに社長がこれで終わらせることは無かった。
「……了解です、じゃあお前らは、おつかれ」
残っててもいいと言われて残ってる奴らではない。早々に立ち上がり伸びをして木田と前島は出ていく、と思っていた。
「お疲れ」
「ん……?おぉ」
木田が扉から出ていく手前、ほとんど壁で見切れながら一声かけて出て行った。会議中に碌に声もあげなかったこいつが、何を急に労ってくれたのだろうか。
* * *
小会議室の扉を閉めた後も、木田は後ろ髪を引かれたようにその部屋の前に固まっていた。
「何やってんの、お前」
「いや……」
前島に声をかけられて木田はやっと歩き出す。
「櫻井さんが疲れて見えてよ」
歩きながら、前を進む相方に語るように、独り言のように、木田は呟いた。
「そうか?」
「実際疲れてるかは分かんねぇけど、最近は忙しそうだったから」
「あーそれはあるかもな、飲むって言えば大体来るのに、最近あんま来ねぇし」
木田はもう一度扉を振り返った。
「あいつに任せすぎかな、俺ら」
木田の言葉に前島も立ち止まり、振り返って腕を組んだ。
「そこ難しいとこなんだよな。確かに面倒な話は全部放り投げてるとこもあるけど、あいつが自分から走り回ってるとこだってあるぜ、実際」
「うん……根詰めてなきゃいいよ、あいつに任せた方がいいこともあるし。……それが、倒れたらさ」
「それは心配しすぎだろ」
前島がそう切り上げてまた前を歩いてしまったので、木田も腹の中の重いものを言葉に変えることを諦め、後についた。
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