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本音
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いつもの朝、いつものようにスマートフォンから鳴り響くジャパニーズメタル、櫻井からのお迎えの合図だ。
これが鳴った時点で前島の出勤準備は8割程度しか完了していなかったが、それも含めていつもどおりの朝であった。
いつも通りのんびりと電話を取ろうとしたところで、前島は着信画面を見て顔をしかめた。
電話の主は櫻井ではなく木田であった。平和な日常に微かに陰りがさした瞬間だ。
「……もしもし」
『おはよう、前島くんか?玉谷だ』
「…………ん?」
陰りは一層濃くなる。玉谷は室井健嗣のマネージャーであるわけで、平和な朝に木田の携帯から声を聞くことなどまず無いはずである。
「え、なんでタマさんが……」
『今朝方に社長から連絡があったんだが、櫻井くんが体調を崩したらしい』
「え?」
『朝の送迎だけ俺に頼まれた。今玄関の前に来ているから、早めに出てきてくれ』
「あー…っと、うっす」
いくつかの思い、どれも決してポジティブなものではないそれが前島の心に浮かんだ。
まず当然に、櫻井の容態に不安を覚える。ちょっとやそっとのことであのワーカホリックが休むなんて考えられない。
それと同時に、社長にだけ連絡をして自分に連絡をしてこないというのが、妙に疑わしかった。
彼の性格なら、まずpmpの2人に率先して連絡を入れ、それから社長、おそらく今日の主要なスタッフにも連絡をよこすくらいのことはしそうなものなのに。
どうにも納得がいかないまま外に出て、見慣れない車に向かって歩いた。
「おはよう前島くん」
「おはよう、こーちゃん」
玉谷、室井、最後に無言で手を挙げる木田。
「……おはようございます」
前島は振りかかる憂鬱に櫻井のことを一瞬忘れた。空いているのは助手席、つまり玉谷の隣だ。
前島は玉谷のことが苦手だった、というよりは苦手になった。
後部座席に座る2人、木田と室井が交際を初めて以降、そのカップルに対する玉谷の支援は異様に手厚いものである。
同棲している2人のことを機会があれば一緒に送迎しているし、木田が前島と同居していたアパートから引っ越すときの手伝いも精力的だった。
何より、2人を見る玉谷の視線に時折興奮に近いものを感じることがあるのが、この男の怖いところだ。
乗り慣れない車の中で、自分がアウェー寄りであることが重なり、どうにもシートへの納まりが悪い気分だった。
「……前島、櫻井から連絡もらってた?」
車が走り出して少しした頃に、真後ろにいる木田から声をかけられた。
「いや、もらってない。やっぱお前もか」
「俺も社長から詳しくは聞いてないな……」
玉谷も横から口を挟む。
「一応電話してみるか」
前島が率先して携帯を取り出した。今この車内で、櫻井とのコンタクトを取るという手段はなかなかに救われる。
しかし、櫻井は電話を取らなかった。数回かけても繋がらないことで、前島は抱いていた不安を再び思い起こした。
「……出ねぇの?」
木田の言葉づかいは悪いが、緊張した様子がありありと伝わった。
「出ねぇな、寝てっかな」
「本当大丈夫かよあいつ……」
シートの後ろ側がゴソゴソと音を立てはじめた。木田の落ち着きが乱れつつある。
「あいつが仕事に来れないくらいだし、全速力で直そうとしてんじゃねえの?」
「……2,3日くらい休んでりゃいいのによ」
前島は、木田が昨日から櫻井について心配を零していたことを思い出した。昔のこともあって、櫻井に対しては自分より少々過敏な気持ちがあるのだろう。
「あんまり連絡入れないで、夜くらいまでゆっくりさせてやるか」
「……んー」
前島は自分から楽天的な雰囲気を出して、木田の気持ちが和らぐよう図った。さすがに長い付き合いだ、周囲の雰囲気にもろに影響を受ける木田の扱いもある程度心得ている。
「櫻井さんはきっと、明日には元気になっているよ」
「……おぉ」
ずっと黙って話を聞いていた室井が口を開いた。今はどうやら、自分よりも室井からの言葉の方が効果があるようだ。
「…………」
それなら勝手にやってくれ、と前島は事務所に着くまで外の景色を眺めていた。
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