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崩壊
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食パンを生のまま口に詰め込んで、それをコーヒーで胃に流し込む。
朝の出かけ支度はいつもの通りであったが、櫻井の頭は1つの心配事で重くなっていた。
武上が社長をどのように言いくるめたのか、確認するのを忘れてしまったのだ。帰りの車で聞けば良かったものを、怒りですっかり頭から飛んでしまっていた。
そのことに気付いた時点で武上にはメールを送ったが、返信がない。おそらくシカトを決められている。
今日行く先は事務所ではないから、社長に会うこともない。次に会う時に、社長に何を言われるかが怖くてたまらない。
櫻井は憂鬱なまま前島の家へ車を飛ばした。
家の前に着いたところで電話を入れると、前島が出るのがいつもより早かった。
『よぉ、今日は平気なの?』
「あぁ、大丈夫だ。昨日は世話かけたな」
小走り気味で部屋を出てきた前島を乗せて、木田のことも迎えに行く。
木田は、なんと着いたときには既に室井と並んで門前に立っていた。おまけに櫻井の車を見るや否や駆け寄ってくるので、櫻井は急ブレーキを踏みかけた。
「車の前に飛び出すなコラ!」
ウィンドウを下ろして怒鳴りつけると、木田は眉間に皺を寄せた顔をグッと櫻井の前に突きだしてくる。
「……なんだよ」
「本当に今日は大丈夫なのかよ」
「あぁ、この通りだよ。心配掛けさせたな、すまん」
木田はまだ腑に落ちなさそうな顔で頷くと、黙って前島の隣に乗り込んだ。前島がルームミラー越しに櫻井に苦笑を向けて、櫻井も同じ表情で応えた。
ウィンドウを上げかけた時に、ゆっくりと寝間着姿のままの室井が近づいてきた。
「おはよう、櫻井さん」
「おはようございます。……室井さんたちにも、昨日はご迷惑おかけしました」
「そんなことないよ、今日は櫻井さんの元気な姿を見られて良かった」
芝居のような台詞回しだが、それも彼の口から出ると不思議と嘘くささがない。おそらく嘘でも建前でもないからだろう。
「悠はすごく櫻井さんのことを心配してたんだよ、悠にとって櫻井さんが大事な存在ってよく分かった。今後とも、悠をよろしく」
「しんっ……心配は、した……けど!そんな、言い方じゃなくてもよ……」
木田のトーンが徐々に落ちて俯いてしまったところで、じゃあと車を発進させる。サイドミラーに映る室井の姿はすぐに遠くなり、枠から外れて見えなくなった。
いいなぁ。
櫻井は心に生まれたボヤキを認めた。
木田と室井、2人の関係は安定している。それは確かに喜ばしいことだが、今の我が身を思うと羨ましくもある。2人が全うに、恋人としていることが……
「……!!」
「おゎっ!?」
後部座席から揃った叫び声が上がった。原因は櫻井が急ブレーキを踏んだせいだ。
「どうした!?」
木田の切迫した声。
「いや、すまん……信号に早く反応しすぎた」
「早すぎだろ!全然距離あるぞ」
前島は木田よりは落ち着いているようだったが、2人の不穏な視線を背中に感じてこめかみの辺りに嫌な汗をかいた。
2人の交際を知ってから数カ月、考えもしなかったことが今初めて頭をよぎり、反射行動が出てしまった。
情事。恋人として当然に行われているであろうそれを、2人の姿で思い浮かべてしまった。
櫻井は2人の寝床の事情、要は雌雄がどうであるかなど、知る由もない。しかし木田が室井の上にいて、それを足を開き受け入れる室井のことが、自分でも驚くほど自然に想像できた。
この妄想はいけない。これではどこかのマネージャーと同じだし、何より……
「ホントさ……櫻井さん、大丈夫か?」
こんなに神経を遣ってくれる男、本来なら自分の方が神経を遣っていなければいけない男。
「大丈夫だっつの、少しは信頼しろ……」
櫻井はゆっくり車を進めて停止線の前で車を止めた。信号はすぐに青になり、櫻井は自分を落ち着けてアクセルを踏んだ。
あまり妄想を進めては、木田が男を抱いている姿を想っては危険だと、そう警鐘を鳴らすのは、自分の身体であった。
今日の仕事は屋外での写真の撮影。pmpの2人がカメラの前に立っている間に、櫻井は携帯の通知を確認した。
何件かの事務的なメールや広告、メルマガの中に紛れ込む見慣れた名前。
武上征爾。
櫻井の胃がズンと重くなった。
『本日の仕事が終了次第、黒宮の家にお越しください。場所を覚えていない場合は折り返しご連絡をお願いします』
自分が送った質問には答えずにこのメール。櫻井はため息をついて携帯をポケットに収めた。
あの豪邸までの道のりはおおよそ覚えているし、わざわざ返信を返さなくても言われたとおりに向かえば、文句は言われないだろう。
……とにかく今は仕事中だ。この仕事の後に待ちかまえていることなど、考えてはいけない。
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