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崩壊 -4-
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櫻井を足蹴にして、ベッドに押さえつける黒宮。手に持った櫻井の入社当初の履歴書を上から下まで眺めながら、唇に指を当て考える素振りを見せた。
「まず、前の会社を退職した理由は?」
面接官さながらの口調ではあるが、物理的に圧迫しながらの面接なんて聞いたことがない。
「それはあんたのマネージャーにもう話した……事務所に入る前から、俺はあいつらのマネージャーに就くことに決めたんですよ」
「へぇ。それだけ?」
「当たり前だ……」
櫻井は言葉を返しながらも、キョトンと目を丸くさせてこちらを見下ろしてくるその視線に、ひどく胸をざわめかせた。
「櫻井永徳」
武上が唐突に名前を読み上げ、櫻井は単純な驚きで身体を跳ねさせた。
「上橋大学経済学部を卒業後、サンユー証券に入社。新人ながら営業成績を伸ばしていたが、3年目から成績は思うように伸びず、その年に同社を退社する」
全身が頭から足先へと、スッと冷たくなった。櫻井は首だけを起き上がらせて、武上の無表情を穴が空くほど見つめていた。
「3年目の春の人事異動、あなたのグループにいた上司が変わられたと聞いています。連日2人で営業に出向いては、毎日フロア中に響き渡るような声であなたが怒鳴られていたことも」
「なんで……そんなこと、調べた」
「お前のそういう顔を期待して、かな」
櫻井の問いに、武上の代わりに黒宮が答えた。
「知ってることだけど、前の会社で何があったの?」
櫻井は目を伏せた。
「言いたくない……あまり思い出したくない」
「じゃあ、武上に話してもらおうか?」
「……その方がまだマシだ」
「そう」
黒宮の視線が武上へ動くのが、それを見ていない櫻井にも伝わった。
「その上司は部下の手柄をさらうことで悪名高かった。初めはあなたも自身の案件を守ろうとした、しかしそれが上司の癪に障った。彼は露骨に、あなたを潰しにかかった」
「それでお前は潰された」
「……そうだ、あんたらの言うとおりですよ」
櫻井は顔を上げた。
黒宮は先程より背中を正し、より照明に近いところに頭があった。そのせいで顔は逆光に陰り、表情は読み取ることもできないほど、影に塗り潰されていた。
「俺らの言う通り?本当に?」
「…………」
櫻井は何も言わなかった。
これだけで誤魔化せない気はしていたし、今言われたこと以上のことも掴まれている予感はしていた。しかしここで自分から何か言う必要はない。
履歴書を出された時は動揺したし、過去を探られるのも出来れば避けたかった。
だが、まだ許容範囲内だ、ここまでは。
「その上司と当たってからのあなたはミスが多くなった、それを理由にますます上司はあなたを責めるようになった」
武上は何の気持ちもこもらないような目で櫻井を見つめたまま、読み上げるのかのようにつらつらと言葉を続けた。
「しかし、あなたの業務態度が決定的に変わったのは、上司が原因ではありませんね」
嫌な思い出話が再開されるのを聞きながら、櫻井は誰がこいつらに喋ったのかを考えていた。上司本人、同じグループの同僚……会社で知り合った人間の半分以上の顔を忘れてることに、櫻井は今初めて気付いた。
「その年、あなたの顧客が1人自殺した」
「…………」
「あなたの勧めた投資により、資産を失ったことが理由とみられています」
退職の年の話が来た時点で、このことを言われる覚悟は出来ていた。
それでも改めて言葉にされると、臓器がすべて石になったかのように、身体が内側から重くなる。
「訃報を聞いたその日のあなたは終日上の空で、まるで使いものにならなかった。一日上司の怒号が響いても聞く耳を持つ風でも無く、しまいにはその上司が帰宅を命じた」
まるでその日のことを知っているかのような口ぶり。いや、知っているのだろう、おそらくその後のこと、二度と思い出したくなかった日々のことも。
「翌日から、あなたは通常通りに業務を行うようになっていた。しかし誰もがあなたの変化には気づいていた。机の前では表情一つ動かさないようになり、上司に怒鳴られてもただあなたはぼんやりと立つだけで、表情一つ動かさなくなった。誰の励ましも同情もからかいも、同様に受け流した。あなたはすべてにおいて異様なほど無反応になった」
「そりゃあ誰かさんみたいだな」
黒宮の茶化したような言葉。
「……その誰かさんも」
櫻井は声をあげた。黙って聞き流すつもりが、そうはできなかった。
櫻井は武上のことを睨みつけながら静かに、息を絞り出すようにして言葉を続けた。
「あの遠ざかる気分が分かるって言うのかよ」
武上は自分に向けられた視線を正面に受け止めるだけで、何も答えなかった。
「なに言われてもなに見てもなに食っても、自分の所まで届かなくなるあの感じが、あんたにも分かるっていうのか?」
櫻井は自然とシーツを握りしめていた、自分の目尻が濡れているのにも気づいていた。武上は、ただその姿に視線を送るだけであった。
「分からないな、詳しく教えてよそれ、興味ある」
そう言う黒宮の声は、どことなく弾んでいた。櫻井はこめかみが痛くなるほどの怒りを覚えながらも、それを内に押さえて、黒宮の方を向いた。
「足をどけてください」
黒宮は一瞬何も反応しなかったが、ゆっくりと櫻井の胸に置いた足を下ろしたあと、ベッドにピョンと腰掛けた。櫻井も腕を突いて上体だけを起こした。
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