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崩壊 -8-
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消え入るような声。
「出来ることはなんでもします、だから、あいつらが守られるように……お願いします……」
さも卑しげに足に頬をすり寄せる櫻井。
それを見下ろす黒宮は、その表情に何の色も表そうとしなかった。
「じゃあ俺の要求を言おうか」
足が床に着く。櫻井はそれを追おうとはせず、呆然と下を向くまま。
「お前の仕事への情熱と行動力は評価してる」
黒宮はしゃがみこみ、櫻井の顎を持ち上げて、自分と目が合うよう再び上を向かせた。
赤く縁取られた目玉、その中央にある瞳は既にくたびれたようだった。その目を見ながら、次の言葉を発するまでに、黒宮は一呼吸の間を必要とした。
「それを俺のために使え」
黒宮が要求を述べても、櫻井はなおも動かない。1つの返事さえもよこさない。
「……イヤか?」
予期していた展開のために、黒宮は言葉を用意していた。
しかしそれが、喉元に詰まって出てこない。
pink motor poolのためなら、櫻井はどんなことでもできるはず。
ダメ押しに言ってしまえばいいはずなのに。
「ふっ……くくっ……」
黒宮がどうにか口を開こうとする前に、櫻井の方が動いた。
目線を下に落とし、肩を震わせながら、櫻井は笑った。
「クッ……ははは……ふふ、っ、はは……」
しゃくりあげながら笑い声をあげ、涙をポロポロ零しながら、唇は引きのばして。
「いいよ、なんだってしてやる……」
櫻井は顔を上げた。
涙と鼻水で顔に張り付いた髪の隙間から黒宮を睨み、声も口元も震えながらも、笑顔だけは保たせていた。
「それで、あいつらが、守られる……ならっ……」
その笑顔は間もなくひしゃげられ、最後の音はほとんど言葉にならなかった。
「ああぁ……!うぅ……ううぅぅッ……!!」
完全にタガが外れた。
グシャグシャに歪んだ顔、呼吸もままならないほどの嗚咽。
話の流れそのものは、黒宮の予期した通りに動いてくれた。櫻井永徳を確固たるものにしていた支柱、pmpと櫻井の絆を奪い、彼の心を崩すこと。
その中で計算違いがあるとすれば、その崩壊の程度が予想以上に大きかったことだ。
「ごめんな……ごめんなぁ……」
力ない拳が、もう何滴も滴の垂れたタイルを打った。
濡れた音と息遣い。
なんとなく聞こえていたその音が、急に耳触りになった。
黒宮はその音を流すテレビ画面の方には目を向けず、武上を一瞥した。それだけで、武上は既に手に持っていたリモコンのボタンを押した。
ブツッ、という音と共に、息が詰まるほどの静けさが部屋を支配した。
音らしい音は、櫻井の出す泣き声だけ。
「……そうと決まれば、明日から仕事の引き継ぎだ」
黒宮はそう口に出しながら、心中はノイズにざわついていた。
櫻井が心の支えを失った所に、新しく支柱を誂える。自らを拠り所とさせ、心からの忠誠を誓わせる。
それは出来る限り早い方がいい、まして彼は既にボロボロだ。あまりフラついた時間が長いと使い物にならなくなる。
明日なんて、何を悠長なことを言っている。
「今日は休んで落ち着くといいよ、車は武上に運転させよう」
その言葉と共に、崩れ落ちた櫻井の身体に、武上が肩を入れて立ち上がらせた。武上からハンカチを差し出されると、櫻井はそれをスンナリと受け取って顔を拭っていた。
支えられながらフラフラと、覚束ない足取りで部屋を後にしようとした時、櫻井はドアを通る直前で足を止めた。
「1つだけ、お許しをください」
まだ声に震えを残しながらも、落ち着きの戻った調子で、櫻井は語りかけた。
「なに」
「俺の方でも、仕事の引き継ぎが必要です。pmpのマネージャーは、早急に探します。それまでは、どうか待っていただけないでしょうか」
「……別にいいけど、明日はちゃんと、仕事の後ここに来いよ」
「ありがとうございます……」
櫻井が一度、黒宮の方を振り向いた。
力無く、それでも彼は微笑んだ。
まただ。どうして今日はこうも、言葉が出てこないのだろうか。
黒宮が何か言う前に、櫻井は扉の向こうに消え、黒宮の視界から外れた。
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