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敗北 -9-
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駅を出てすぐの牛丼屋で、3人は券売機のところに並んでいた。
「……俺らも、金ねぇからよ」
櫻井は敢えて何も言わないでおいたが、木田の方が言い訳のように呟いた。
「別に自分で食べる分くらい、自分で買うよ……」
「いーんだよ、奢られとけよ、こういうのくらい。アンタ、何食うの」
「……じゃあ、普通ので」
「普通の?大盛り食っとけよ、ゲッソリしてんじゃん」
「じゃあ俺チーズ乗っけるわ」
「テメーじゃねーよ」
2人がまたヤイヤイ言いだしたのを見ながら、櫻井はその若さを少しだけ羨んだ。
櫻井がカウンターの端に座って、木田が隣に並ぶ。
木田の名前は分かったが、木田がツレのことをテメーとしか呼ばないから、木田を挟んだ向こうにいるもう1人の名前は未だに分かっていなかった。
「……何やってんだろうな、俺」
櫻井は特に意図を込めたわけでなく、そう呟いた。
「バカなこと、してたな」
「それ……木田さん?は、なんで気付いたんですか」
「あ?……んー」
木田が悩んでる間に、牛丼が運ばれてきた。
「なんか、後ろで見てて、アンタが電車見てて……嫌な予感がした」
「……なんだよそれ」
櫻井は箸を割りながら、湯気を昇らせる牛丼をボンヤリ見つめていた。
自分が電車を見る姿を見ていた?それで嫌な予感がした?
このご時世で、他人のことをそんな風に見て気づける人間なんてものが、たまたま今日、自分の側にいたというのか。
「そんなもんだろ。まぁ、食えよ」
「……いただきます」
櫻井はかしこまって、一杯500円もしないそのどんぶりに手を合わせた。
肉と米とタレだけの、どこでも食べられるような、値段並みの味。櫻井は少しだけその味を感じたが、その後すぐに味が分からなくなった。
喉の奥が妙に塩っぽくなって、なんだか鼻が詰まってきた。胸で膨らんだ空気はのどにまでつかえて、口にあるものを飲み下せない。
「っ…………」
最初の一滴がポツッとどんぶりの中に落ちる。
「うっ……ふ、うぅっ……ああぁ…………」
今日会ったばかりの若者に奢られた安い一杯に、櫻井はポタポタと雫を落とした。
木田の隣でツレの男が「……大丈夫か?」と櫻井に問う声が聞こえた。櫻井はそれに頷きながらも、目を手で覆って、止まらない涙をその中に溜めた。
急に込み上げてきたそれは、先程急に降って沸いた暗い衝動と、種類としては同じものであると思う。
唐突な生の放棄が、反動で急速に生の渇望へと、変わっていった。
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