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敗北 -13-
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小汚くて汗臭い、落書きだらけの空間。その隅に3人は腰を落ち着けた。
櫻井が自分のことを改めて紹介すると、2人もそれに自己紹介で返す。櫻井はやっとここで前島の名前を覚えた。
「俺に給料なんてなくてもいい、ただ俺はお前らの手伝いをしたい!」
櫻井がそう声を上げたとき、まだ出演前でピリピリとしていた他のバンドの殺気が自分たちに向かったのを、櫻井だけが気づいていなかった。
「あー、うん、まぁね……」
真っすぐに輝く瞳を向ける櫻井に対し、前島が落ち着けと促すように両手を前に出した。
「櫻井さん……確認するけどさ、あんた本当に変なとこの芸能プロの人とかじゃないんだよね?」
「今は証券会社で働いてる、だけど明日辞表出してくる」
「へぇ、いいじゃん」
「テメーは適当に返事するな!大体手伝いったって、何を手伝ってもらうんだよ」
「俺は今日、あんたらに救われたんだ」
櫻井の一言で、2人は表情を硬くして黙った。
「音楽のこと、本当に何も分かってないけど、でも……すごい、本当にすごいって思ったから。俺みたいな奴に、またあんたらの音楽が伝わったら……伝えたい、俺は伝えたいよ」
pmpが2人で顔を見合わせる。木田は前島に顎で促し、前島はポリポリと頭を掻きながら、「あー……」と声をあげた。
「マジで俺ら、給料とか出せないからな」
「……ありがとう!」
それから次の日に辞表を出したあとは、がむしゃらだった。
貯金を崩しながら生活をして、マーケティングやらグッズのデザイン作成のノウハウを学んだり、各方面への連絡の窓口を櫻井がこなすようになった。
とにかく忙しなかったが、彼らのマネージャー業を始めた頃は、喜びに溢れていたことしか思い出せない。
ただ、彼らのエネルギーをそばで感じるのが嬉しかった……今と同じだ。
…………そうだ、自分がどうなろうと、彼らの輝きだけは、絶対に消させない。
「木田」
車の中で目を腫らしていた櫻井は、浸っていた回想から抜け出して、顔を上げた。
「俺はいつでもお前らに救われっぱなしだよ」
「うん……それでいいじゃん」
小さく呟いた木田が、間を置いて続ける。
「それが俺らの仕事だろ」
その言葉で櫻井の瞳は再び潤む。
手の甲でそれを拭いながら、後部座席へと首を向けた。
「……そうだな、そのとおりだ」
櫻井の笑顔に、木田は眉をしかめながらもニッと返した。
ギアを入れて、車は再び走り出す。
彼らが、思い煩うことなく音楽が出来るように。
自分は自分の、すべきことをするだけだ。
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