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遅い朝ご飯
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「うわ」
センチネル系能力者専用のメニューは味が薄い。
センチネルと、味覚特化のパーシャルはそれでないと素材や作り手の感情まで感じてつらいのだという。
そして華城は体の大きさ通り、とてもよく食べる。
六人がけのテーブルに所狭しと料理が並び、バクバクと食べていく姿はいっそ清々しい。
「あれ、夜凪さん、朝食足りませんでした?」
「烏丸さん……いえ、そういうわけではないんですが……。華城さんにまだお礼をまともに言ってなかったと思って……」
「真面目〜。あいつそんなの気にしないと思いますけど……」
「烏丸さんは――」
「俺はこれ飲んだら部屋帰って寝ます」
と、ココアを見せてくれる。
夜の見回りをして報告も終わり、これからまた夜に向けて眠るのだそうだ。
妖や怪物の類は夜行性。
夜に紛れて人間を食う。
だから世界的に、夜間労働を禁止しているのだ。
討伐実働部隊はどうやっても夜に職務が集中する。
実際、冬兎も深夜まで働いていて襲われたのだから。
「華城〜、夜凪さんが話したいって」
「?」
「あ、あの……あの、助けてくださり、ありがとうございます」
「仕事なので」
と、一言言ってまたもぐもぐ食べ始める。
華城は普通に肉も食べるらしい。
あまりの食べっぷりに、気持ちよくなるほど。
「……まだなにか?」
「えっと……えっと……」
昨日のこと以外にも、七年前にも助けてもらったこともお礼を、と思ったが一生懸命食べている姿がなんだかだんだん可愛く見えてきた。
やはりまだ、現実味がない。
昨日まで死ぬ思いで山積みの仕事に囲まれていたのに、とても穏やかな時間が過ぎている。
「あ、あの、なにかお礼をさせてほしいんですけど」
「……え……」
「い、命を助けていただいたので! なんでも……なにか!」
「…………」
困惑。
食事をする手が止まり、えー……という表情。
それからもぐ、とまたステーキを一口食べて考え込む。
「じゃあ……サンドイッチ……」
「サンドイッチ?」
「明日。朝ご飯。食べたい」
「わかりました!」
部屋にはキッチンがあったし、サンドイッチは手軽だ。
そのくらいなら冬兎にも作れる。
「早速食材買ってきます!」
「え!? 一人で!?」
「え? は、はい?」
「あーえーーーと……まだ本部に知り合い少ないだろう? レイタントってレアだし、一人で歩き回らない方がいいっていうか……」
「え……で、でも……」
ココアを片手に烏丸が困り果てて近づいてきた。
レイタントはレアな存在。
脅威の芽。
怪物たちの脅威であり、人類には希望。
もちろんセンチネル系能力者とガイドもそうだけれど。
「ボクが付き添いましょうか?」
「衣緒」
「えっと……?」
白衣の青年が現れる。
分厚いファイルを肩に担いだ、爽やかな茶髪茶目の青年は、人懐こい笑顔で「ボク、猪俣衣緒《いのまたいお》!」と自己紹介してきた。
衣緒と名乗った青年は、手を差し出してくる。
「あ、え、あ、よ、夜凪と申します」
「知ってる知ってる! 華之寺せんせーからカルテが回ってきているよ〜。あ、ボクは父と鑑定・鑑識・分析チームにいるんだ」
「は、はあ」
まるでアイドルのような爽やかさ。
背後にキラキラとした後光が見える。
眩しい。
陽の者だ、これは。
「ふーん……?」
「え? え? あ、あの?」
「衣緒! 勝手に記憶を覗くんじゃない!」
「えー、やだなー、そんなことしてないよぉー」
流れのまま握手してしまったけれど、その手を烏丸が叩き落とす。
パァン、という派手な音に食堂が静まり返る。
「え……あえ? き、記憶……?」
確かになにか、舐め回すような視線を感じたけれど、記憶を覗くとは?
烏丸と衣緒を交互に見ていると、衣緒の後ろからくたびれた白衣のおっさんが「衣緒」と咎めるような声をかけてきた。
「またやったんか、お前」
「新人さんには最低限の処置だと思いまーす」
「まあ、人間に擬態した妖や怪物が本部に入り込もうとしてくることもあるからなぁ。でも、そうじゃあなかったんだろ? 国民番号も間違いないしなぁ」
「でーも記憶を覗いてみないと確信が持てないじゃない? ま、悪く思わないでよ! アハハ!」
「本当性格が最悪……。ごめんな、夜凪さん。こいつ本部きっての腹黒なんですよ」
「は、はあ……」
まあ、罵られた当人は笑っておられる。
その後ろのおっさんも、仕方なさそうな眼差しを衣緒にむけていた。
「あ、その後ろのおっさんは衣緒の親父で鑑識チームのリーダー、猪俣衣玖《いのまたいく》さん。こっちはたぬき親父」
「おぉい、もっと他に紹介の仕方あるだろう?」
「相手の許可も取らずに勝手に記憶盗み見るヤツを他にどう紹介しろと?」
「もー、槙くんとのセックスの記憶覗いたのまだ根に持ってるの〜? いいじゃん初めての時くらい」
「いいわけあるかぁ!」
それは嫌われても仕方ないやつ。
「衣緒、記憶の盗み見はよくない。医療チームのガイドも嫌がってた」
「えー、ガイドだって共感能力で他人の記憶盗み見るのなんて日常茶飯事でやってることなのに、なんでセンチネルのボクらがやるとそんなふうに言われなきゃいけないの? 理不尽〜」
「騙し討ちだから」
「どストレートど正論かましてくるよね、華城先輩。それに、記憶見た方がカウンセリングの役に立つよ?」
「だとしても人前でやることじゃない」
「どストレートど正論〜! ごめんなさーい」
キャピ、と両手でグーを作って顔に寄せる。
まさかのポーズだがアイドル顔のせいなのか違和感がないのが怖い。
チラリと華城を見るとラーメンを……もう、飲んでいる。
食欲が本当にすごい。
あれだけあった料理がもうほとんどなくなっている。
「で、買い物に行くんでしょう? 華城先輩と烏丸さんは夜勤明けでこれから寝るんですよね? 夜凪さんにはボクがつき添いますよ?」
「いやー、お前は無理だろ。っていうか、ナイだろ」
「そーだな、お前はねーな」
「おや? 新人さんですか?」
「「「あ」」」
「!?」
ぬぅ、と巨大なカツ丼を持った金髪碧眼の大男が猪俣親子の後ろから現れる。
華城よりも大きいのではないだろうか。
ラグビーで鍛えていそうな外人さんだ。
あまりの大きさに口が開いたまま閉まらない。
「ジョエル、おはよ」
「おはようございます、ハルトラ。私もご同伴に預かっても?」
「アー……俺もう行くし。夜凪さん」
「はい!」
「ジョエル・サーナイン。実働部隊の人。俺と同じ、|精神具現化能力者《エンボディメント》」
「え……あ! は、初めまして……! 夜凪冬兎と申します!」
「これはなんと愛らしいレディなのでしょうか。丁寧にありがとうございます! 私はジョエル・サーナイン。アキヒト様よりナイトの称号を与えられております、怪物討伐専門株式会社[花ノ宮]事務所討伐実働部隊第一部隊の部隊長です。以後お見知り置きを」
と、手を持ち上げられ、跪かれて手の甲にキスをされた。
「!?」
「ジョエル、イギリスとイタリアのハーフ。実家マジで貴族」
「ほ、ほぁ……!?」
「ジョエル、夜凪さん、男」
「ほあ!?」
双方が綺麗に驚いたところで、女性に間違えてしまったことをジョエルが平謝り。
確かに女性に間違われたのは生まれて初めてだ。
背は低い方だが、骨格は間違いなく男なのだが。
「申し訳ありません。私はよく間違ってしまって」
「ジョエルから見ると日本人はみんな子どもに見えるんだっけ?」
「はい。ハルトラやアキトやイクさんなど以外は皆さんとても愛らしいです。もちろん、アキヒト様は別格といいますか……あの方は愛らしいというよりも美しかったですが」
「明人と比べる癖、出てる」
「あああ、申し訳ありません! 失礼なことを……!」
華城の対面に座り、次々運ばれてくる料理をもぐもぐ綺麗にだが、豪快に食べ始めるジョエル。
彼がこの会社の守護双璧の片割れ。
華城とともに最強の一角と呼ばれる、|精神具現化能力者《エンボディメント》。
スピリットアニマルはのっしのっしと現れる、大きな闘牛。
「はー、要するにオッサンは愛らしい範囲外ね」
「もしかして槙さんもギリ愛らしい枠? 烏丸さんヤバくない? 槙さん盗られちゃうかもよ?」
「盗られねーよ!」
その横では食券を買う猪俣親子に絡まれる烏丸。
なんともアットホームな職場である。
「ジョエル、日本にいるの珍しい」
「定期訓練と、日本に新しく保護されたガイドとのマッチングのためですね。あなたは新しい方とのマッチングは終わったのですか?」
「終わった。いなかった」
「では私もあまり期待できなさそうですね。やはりあの方の代わりとなるようなガイドは、存在し得ないのでしょう。それはそれで困りましたね。あなたは海外のガイドとのマッチングは――」
「外人とは合わない」
「お互い難儀な体質に生まれてしまいましたね」
|精神具現化能力者《エンボディメント》は、センチネルの中でも特殊だ。
スピリットアニマルを具現化し、纏う。
それはマッチング数値100%のガイド得たセンチネル――ボンド契約を交わした者だけが起こす奇跡だと言われていた。
それを、ボンドもなく単身で行える。
それもまた、人類が生き延びるために進化した姿と言われていた。
立ち上がった華城が、スッと冬兎の隣に来る。
「買い物、つきあう」
「ええ!? で、でも、お礼なので……」
「大丈夫。離れたところにいる」
「え?」
「目立つし」
俺、とフードを被って距離を取りつつ、先に歩いて行ってしまった。
その様子にポカンとなってしまう。
「彼、目立つの嫌いなんだよ。あの体躯で。可愛いところあるよね」
「え? あ……」
こそ、と耳打ちしてくる衣緒に、三歩ほど距離を取ってしまう。
記憶を覗かれた、というのが本当なら――
(ちょっと、こわい……)
身を縮こめてしまうと、隣に熱を感じる。
見上げると、華城が案じるような眼差しで見下ろしていた。
冬兎よりも三十センチ以上の高い身長。
威圧を感じるわけでもなく、その心配そうな眼差しに安堵すらする。
「華城がつき合ってくれるのなら、俺は部屋戻らせてもらうわ。二人は同じ白虎ビルだしな?」
「あ、は、はい。あの、烏丸さんも、ありがとうございました」
「ああ、またそのうち!」
手を振って食堂で烏丸とは別れる。
けれど、猪俣衣緒のにんまりとした笑顔が不気味だった。
「猪俣さんって、本当に記憶が覗けるんですか……?」
「うん。カウンセリングの時に必要なこともあるから。でも、了承なしにも覗くから、それは悪いと思う」
了承もなしに、覗く。
人のプライベートを。
烏丸への侮辱するような言葉を思い出すと、それは本当にひどいな、と思う。
あまり気にした様子はなかったけれど、好きな人との初めてを他人に共有するのは――
「嫌だっただろうな……」
「ン?」
「烏丸さん」
「ああ、うん。……あとで槙さんにチクろう」
烏丸の恋人。
受付で出会った人だ。
怖い人なんですか、と見上げると、目を逸らされる。
「烏丸関係は……」
「そ、そうなんですね」
「それ以外はいい人」
「烏丸さんの恋人ですものね」
烏丸が選んだ人なのだから、きっととても優しくていい人なのだろう。
だってたった一晩で烏丸がお世話好きの実直な人柄は、冬兎にも伝わった。
冬兎の表情からそれを悟ったのか、華城の眼差しがふわ、と緩む。
(あ……綺麗……)
そう。綺麗。
整った顔を長い前髪で隠している理由は、きっと本当に“目立ちたくないから”なのだろうけれど――
「あの、実は……もう一つお礼を言いたいことがあるんです。僕、十八歳の夏にも……妖怪に襲われたことがあって……その時に、花ノ宮さんと、あなたに助けてもらったことがあるんです」
そう言って、会社から持ち出してきた荷物に入っていた手帳を取り出す。
そこにずっと大切にしまっていた一枚の名刺を取り出した。
「……明人の名刺」
「はい。花ノ宮さんにも、お会いできたらちゃんとお礼をしたかったんですが……」
「ウン……」
名刺を見下ろして、わかりやすく眉を寄せて悲しげな目線を落としていた。
悲しみを呑み込む音が聞こえた気がした。
「そう……」
「あの時は、助けていただき――ありがとうございました」
「……いいえ。ご無事で、よかったです」
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