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引越しとお弁当
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「おはようございます! 今日はよろしくお願いします!」
「はよ」
「おはよう」
「はよー」
翌日、地下駐車場。
動きやすい格好で、頭二つ飛び抜ける華城を目印に集まっている集団のところへと駆け寄る。
華城の他に烏丸、槙、辰巳、そして右側に編み込みのあるガタイがよく槙よりも背が高い男がいた。
「えっと、夜凪と申します」
「うっす。おれは犬飼っす」
「犬飼くん、こう見えて結構天然なんだよ」
「そ、そんなことねえっ」
「まーまー。じゃあ、住所教えてくれるー?」
「あ、は、はい」
槙にいじられる犬飼。
それを遮って辰巳がスマートフォンを取り出した。
現住所を伝えると、辰巳がバンの方に向かう。
「華城は後ろな」
「ん」
「一応、助手席でナビ頼むね」
「はい」
バンを運転するのは辰巳。
一緒に乗るのは冬兎と烏丸と槙と華城。
トラックは犬飼が乗って、バンについてくるらしい。
アパートへの道をナビに入力しつつ、いよいよ発車。
二台の車で、アパートへと向かう。
「せっま」
「…………」
辰巳の第一声に縮こまる。
二階建てのボロアパートの二階、階段から二番目の部屋が冬兎の現住所の部屋。
いるものといらないものを選別し、不用品はゴミ袋に入れて持ち出すものは段ボールに入れていく。
詰めた段ボールは華城がトラックに運び込む。
ものの四時間程度で、部屋にものがなくなる。
次は掃除だ。
冬兎と槙が丁寧に隅々まで綺麗に仕上げて、その間に犬飼と華城と辰巳が白虎ビルに冬兎の荷物を搬入する。
「ふー、思ったより早く終わったなー」
「ありがとうございます〜」
「あとは電気と水道、郵便局と大家さんに連絡だな。それは夜凪さんに頼むしかないけど……」
「はい。今やっておきます」
電話で各所に連絡して、電気と水道を止めてもらう。
大家さんに今月いっぱいで部屋を出ること、更新はしないことを伝える。
郵便物も新しい住所に転送してもらえるように連絡してから、電話を切った。
「そういえば留守中の郵便物はチェックした?」
「わ、忘れてました」
「じゃあ見に行こう。そろそろ辰巳が迎えに来てくれると思うし」
「はい」
部屋を出て、鍵をかける。
郵便受けを見ると、大きな封筒が入っていた。
中身は解雇予告通知と解雇理由証明書。
「多喜が圧かけたんだな」
「あは……」
「まあ、これがあれば休職届も出せるし、よかったんじゃないかな」
「は、はい」
華之寺にもしばらく休むようにと言われているし、休職届を出して本社ビルの五階にあるジムと温泉に通ってみようかな。
そんなふうに思っていた時スマートフォンが鳴る。
表示された名前にヒュ、と空気が喉を通った。
「……っ……」
「夜凪くん? どうかし――お母さん?」
「す……すみません、ちょっと……」
「あ、ああ」
槙から離れて電話に出る。
遅い、と冷淡な声。
「すみません……」
『誕生日のことだけど、連絡がないからこっちで適当な店を予約したわ。日時と場所はメールしておくから、ちゃんとした格好で来なさい』
「わ、わかりました」
言うだけ言うと、電話が切れる。
深い溜息。
頭が痛む。
「大丈夫かい? 顔色が真っ青だよ?」
「は、はい……だ、大丈夫です」
槙のところへ戻ると、心配そうに覗き込まれた。
間もなく辰巳のバンがアパートの前に乗りつける。
「荷物搬入完了したよ。本部帰ろ」
「は、はい」
「あれ? なんか顔色クソ悪いけどどしたん? 冷えた?」
「い、いえ。大丈夫です」
「槙さ〜ん、烏丸以外にも気ぃ使ったりなよー。ガイドだけじゃなくミュートも寒さには弱いんだからさぁ」
「そ、そうか! すまん!」
「だ、大丈夫ですよ!?」
助手席のドアを開いて「はよ」と入るのを促す辰巳に、突然遮るように華城が車から降りてきた。
がば、とジャンパーを上から被せられて、一瞬自体が飲み込めずに混乱する。
「え、へ?」
そのまま後部座席に戻っていく華城。
膝まで長い、見たこともない大きさのジャンパーは今の今まで華城が着ていたからとてもあたたかい。
それに、自分とは違う匂い。
一気に体が熱くなる。
「あ……ありがとうございます……」
「華城のジャンパーでかいなー。ほら、はよ入って」
「は、はい」
助手席に乗り、シートベルトを着けるとますます香る。
発車すると、もうジャンパーのことばかりが気になって仕方なくなった。
ミラーで後部座席を盗み見ると、なんの興味もなさそうにフードを被って窓の外を見る華城。
(かっこよ……)
彼は冬兎にとってヒーローだ。
十八歳のあの夏の日から、ずっと。
「華城、お前大丈夫か? ケア必要?」
「へーき」
烏丸が後ろで華城の頭を触ろうとしてプイとされている。
辰巳が「ほんじゃこのまま食堂行って焼肉食うか」と言い出して本部の食堂で引越し祝いの焼肉パーティーが開催されることになった。
「ゲフし……」
宴会のようになった焼肉パーティーは深夜近くまで行われ、段ボールの重なった部屋に帰ったのは二十三時半を回った頃。
明日一日は荷解きになるだろう。
「そういえば……母さんからのメール……」
誕生日を祝ってくれると言っていた。
場所と日時を送るから確認しろと命じられていたのに、こんな時間になってしまったのだ。
ベッドに座り、メールを開くと日付は明日の夜六時に玖王区《くおうく》の高級レストラン。
母と父の思い出のレストランだと聞いている。
(あっぶなぁ……今日の六時じゃなくてよかった……)
母ならやる。
実際明日というのも急な話だ。
万が一“今日の夜六時”だったら、すっぽかしていたところだった。
母は父優先なので、たとえ冬兎の誕生日という名目であっても冬兎が来なければ連絡もなく二人で食事して帰宅する。
がっかりしょんぼりするのは父だけだ。
「あ」
シャワーを浴びよう、と思った時、華城のジャンパーを借りたままだったことに気がついた。
車から、まさかの着っぱなし。
ほのかに香る、焼肉の匂い。
ヒューッと喉が鳴る。
やっちまった!
◆◇◆◇◆
「よし! 間に合った!」
朝一番で本部ビル一階にあるクリーニング店に出してきて、夕方に取りに行った華城のジャンパー。
臭いも汚れも取れてすっかり綺麗。
新品同様だ。
さらにセンチネル用のレシピで作ったおにぎりと卵焼き、ソーセージときんぴらごぼう、肉じゃがを詰めたお弁当。
お礼も兼ねて、お弁当を作ったけれど受け取ってもらえるだろうか。
レシピは動画サイトのもの。
作り方は父直伝だから味見した時は味の薄い――素材の味そのもの、という感じだが。
(そろそろ出かけないとまずいな)
また受付に依頼しておこう、とジャンパーとお弁当を紙袋に入れて部屋を出る。
本当は護衛を依頼しなければならないのだろうが、今から会いに行くのは警視庁幹部でセンチネルの母とガイドの父のところだ。
受付に託けていけばいいだろうと、軽く考えてエレベーターホールに向かった。
「え、あ……?」
「あ」
エレベーターホールのベンチに座っていたのは、華城だ。
目が合うと、華城もこちらを見る。
その姿にハッとして、駆け寄った。
「あ、あの、これ! 昨日……貸していただきありがとうございました!」
「アー……うん。……ん?」
紙袋を差し出すと、すんなり受け取ってもらえた。
中身を確認した華城が、ジャンパーの下にあるお弁当箱に気がつく。
「お弁当」
「は、はい。お礼です。もしよろしければ……」
「嬉しい。サンドイッチも美味しかった。お弁当今食べてもいい?」
「え!? は、はい、もちろん……!?」
立ち去ればいいのに、お弁当を取り出してもぐもぐと食べ始めた華城の隣に座ってドキドキと見上げる。
センチネルの食事を作るのは初めてで、ちゃんと美味しく食べてもらえているのか不安だった。
卵焼きを食べた華城、一度箸を置く。
「え、あ、あの、ど、どうで……!?」
どうですか、と聞くよりも、華城の目から涙が溢れて本当に驚いた。
ギョッと目を見開く冬兎に、華城が涙を拭いながら「美味しい」と呟く。
「ま、不味すぎて泣いているとか……じゃ、ないんですか?」
「ううん、美味しすぎて涙出た。懐かしい。明人の料理もこんなふうに、食べる相手のことを考えて楽しく作ってくれていたから。作ってるの楽しいって、気持ちが伝わってくる……」
『グァ』
「あ」
華城のスピリットアニマル、虎が少しだけ体を大きくした。
あくびをして、冬兎の隣に来る。
スピリットアニマルは他人の側には近づかないと聞いたことがある。
でも、隣に来てスンスンと匂いを嗅いできた。
「夜凪さんって不思議」
「そ、そんな……あ、でも、あの、その、華城さんはここで誰か待ってたんですか!?」
左は虎のスピリットアニマル。
右からは華城の顔。
謎に焦って聞いてみると、華城が顔を離して「夜勤まで時間潰してた」と言う。
「えっと、こ、ここで?」
「町の灯り、見てるの、好きだから」
「え……わ……!? ほ、本当だ……!?」
あれ、とガラス張りのエレベーターホールの向こう側――町の灯りを指差す華城。
指さされた先の光景は、美しい。
「夜間就労は一部を除いて禁止されているけど、夜十時までは電気ついているから」
「気づかなかった。こんなに綺麗だったんだね」
「うん。あの灯りの一つ一つに人がいて、生きていると思うと……それを守れているのが嬉しい。明人が慈しんだ場所が残っているのが嬉しい。明人がいない世界に、俺も未練とかないんだけど……明人が守りたかったものを守れるのは嬉しい」
「……花ノ宮さんが……」
その眼差しの先にいる人。
初めて会った時も、花ノ宮明人の隣に華城がいたのを覚えている。
(特別な人だったんだ)
そんなのは当たり前だろう。
冬兎にとっても花ノ宮明人という人は特別だ。
世界を変えてくれた人。
彼が特別じゃない人類の方が珍しい。
「……お弁当マジで美味しい」
「え、あ、よ、よかったです! ……だ、大丈夫ですか?」
「うん……沁みる。ごめん。……こんなに気持ちこもっているご飯、マジで久しぶり……二年ぶりくらい」
「そ――」
二年。
二年前、花ノ宮明人の亡くなった頃。
つまり、華城は彼の手料理以来……。
(……あれ? というか、僕もしかして感情重い……?)
込められるだけ込めたい、と思って作っていたけれど、まさか?
「ねえ」
「ふぁい!?」
「夜凪さんはなんでこんなに俺のこと想ってくれてるの?」
「え!?」
「俺、センチネルだから飯に込められてる気持ち、全部舌で感じる。こんなに気持ちのこもってるご飯、明人以来初めて。……というか、もしかしたら明人より――濃い」
「濃い……!?」
それは、味が……?
おかしい、センチネル用の薄味レシピのはずなのに。
「美味しく食べてほしいとか、ありがとうとか、すごく濃い。こんなに濃いの初めて。でも、ここまで想ってもらうほどのこと、俺した覚えないし」
「そんな! 助けてくれたじゃないですか!」
「別に仕事だし」
「仕事でも――僕は命を救われたんですよ!」
そのことへの感謝。
十八歳のあの日に覆された世界。
「僕にとって……あなたも……花ノ宮さんも……救ってくれた人なんですよ」
「…………」
する、と手からスマートフォンが滑り落ちてしまった。
あ、と声を出して床から拾い上げると時間が表示される。
「やばあ!」
「!?」
「ご、ごめんなさい、僕これから両親と食事に行くので……!」
「え、あ、そ、そうな……え? 護衛は?」
「時間がないので、行ってきます!」
「え」
エレベーターに乗り込み、一階に降りて駅のタクシー乗り場からタクシーを拾って母指定のレストランに急いだ。
母には会いたくない。
けれど――
(父さん、大丈夫かな……)
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