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本編
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目の前に、お揃いで買ったはずのペアリングが置かれている。
「別れて欲しい」
「……は?」
目の前の席に腰掛けている美形なαは、十八歳のときから七年付き合っていた恋人の秀次(しゅうじ)。
俺はβだから、秀次とは番になることは出来ない。それでも、男同士で結婚できるご時世だ。そろそろプロポーズされるかも、なんて淡い期待をしていた。
なのに、なんだこれ?こんな、ベタな展開って本当にあるのか?
思考が追いつかない。
「理由は!?」
「運命の番に出会った」
「……まじか」
空いた口が塞がらない。本当にベタな展開だ。これは夢かなにかか?ドッキリなのか?
……いや、違うってわかってる。
目の前に置かれた、傷だらけの指輪が俺たちの関係の終わりを物語っているから。
高三のとき付き合い始めて、なけなしの小遣いを出し合って二人で買った指輪だ。
ついている傷の数だけ、俺たちの思い出は増えていったし、ずっとこいつと一緒にいるものだと思っていたのに……。
「……わかった」
なのに、俺は別れたくないなんて言うことすら出来ない。元々、βの俺がαと付き合うこと自体、無理があったんだ。αはΩと番になるか、α同士で幸せになるのが定石だって相場は決まっている。
秀次と七年もの長い間一緒に居られただけで、βの俺にとっては幸せなことだったんだよな。
そう言い聞かせる他に、心を平常に保つ方法が思い浮かばない。
よく一緒に利用していた思い出深いカフェで、まさか別れ話を切り出されるなんて思ってもいなかった。二度とここには来られないかもしれない。
来たらきっと泣いてしまうから。
家に帰ってからも、あいつからの別れようって言葉が頭の中をループしていた。風呂から上がって、ソファーに腰掛けた瞬間、めちゃくちゃ涙が出てきた。
番になれたのなら結末は違ったのか?
運命の番って、長年連れ添った恋人よりも大事なものなのかよ?
今更になって言いたかった言葉が溢れてくる。
ソファーから起き上がり、乱雑に涙を拭って、あいつの連絡先を消した。
指輪もゴミ袋に詰めて、見ないふりをする。
一ヶ月くらい引きずっていたけれど、案外俺はメンタルが強かったらしい。独り身の生活も悪くはないと思い始めてきた。
でも、一点だけ問題がある。
七年の間、秀次に抱かれ続けて、開発され尽くした俺の体は疼いて仕方ないのだ。
「……男専用のデリとか頼るしかねーのかな」
こんな、可も不可もないような平凡なβでも相手にしてくれるのなんて、そういうところしか思い浮かばない。今更になって、秀次はよく俺と七年も恋人やってたよなって思った。
適当なサイトを検索しながら、なんとなく目に止まった人の写真をタップする。
紹介欄には二十四歳αと書かれてあった。どことなく目元や雰囲気が秀次に似ていると思って、気がつくと、指が勝手に電話番号をタッチしていた。
あとは簡単。すぐに電話は繋がって、あっさり予約が取れてしまった。人気No.1で、なかなか予約は取れないけど、その日はたまたま空いていたらしい。
電話を切ると、突端現実に引き戻される。
「……なにやってんだろ」
秀次に似たαを選ぶなんて、未練がましくて自分のことが嫌になる。
平気だと思い込んでいるだけで実際は心に余裕なんてない。
悲しみを洗い流すみたいに風呂に入って、中も綺麗にして、デリの人が来るのを待つ。
三十分くらいして、チャイムが鳴り、玄関を開けたら、写真で見た彼が立っていた。
「こんにちは。伊豆川 幸也様でしょうか。ご予約頂いた海斗です」
「あ、はい……。あの、中どうぞ」
おずおずと部屋の中へと招き入れる。
写真で見るよりも何倍も美形だ。秀次よりもかっこいいかも。でもやっぱり、少しタレ目ガチの瞳がそっくりだと思う。
緊張でガチガチのままベッドへと腰掛ける。海斗も隣に座り、更に緊張で鼓動が早くなった。
(やっぱりやめておけばよかっただろうか……)
ふと、不安感が胸を覆ったとき、そっと手を握られて緊張を解すみたいにマッサージをされた。
優しく手のひらを指の腹で揉まれて、心地良さに目を細める。
「これすると、大抵のお客さんはリラックスしてくれるんですよ」
確かに彼はマッサージが上手い。めちゃくちゃ気持ちがいいし、緊張も多少薄れた気がする。
それに、隣からシトラス系のスッキリとした香水の匂いが漂ってきて、すごく癒されるんだ。
俺の身体から力が抜けたのに気がついた海斗が、また優しく肩に触れてきた。そのままベッドに寝かされて、キスをされる。
秀次の激しいキスとは違う。ゆっくり、俺のペースに合わせるようなキス。
身体の至る所を撫でられて、本番はなしだから、満足するまで沢山イカしてもらって、あっという間に時間が来てしまった。
抱きしめられて、温かな体温に触れていると、現実と夢の狭間がわからなくなる。もっと触れていたい。
人肌が恋しかったのかな俺……。
秀次が居なくなってから、誰かに甘えるなんてしたことがなかった。だから、彼の手が俺の肌を滑り、宝物のように頭を撫でて、甘い言葉を囁いてくれることに酷く心が満たされてしまう。
「また、呼んでくださいね」
帰るとき、彼に言われた一言に自然と頷いていた。出ていったあとの、扉の閉まる音がやけに大きく耳に残って、物悲しい。
結論、俺は彼にどハマりしてしまっていた。
あれから、金の余裕がある日はすぐに予約の電話をして海斗を指名する。もちろん彼は人気で、指名できない日もあったけど、そういうときは、彼の手や声を思い出して一人でしたりもした。
行為の度に、気持ちよすぎて、泣きまくる俺の髪を撫でながら
「可愛い。もっと気持ちよくなっていいからね」
と甘く囁いてくれる海斗。その声を耳に入れる度に、奥がうずき、最高に興奮して、好きだな……って思う。
気がつくと、海斗のことを本気で好きになっていた。
俺は馬鹿なんだと思う。
αなんて好きになってもいいことなんてなにもない。特に俺と彼は、客とスタッフという間柄。彼が俺に甘い言葉をくれるのは、仕事だからだって分かってる。
でも、行為のときだけは、海斗が俺のことを好きなんだって錯覚してしまうんだ。
あの甘い言葉を信じたいと思ってしまうんだよ。
ただ一つだけ、元彼に似ているあの瞳に見つめられるのは少しだけ苦手だった。現実を突きつけられているような気にさせられるから。
秀次はもう俺の傍にはいない。
そして、海斗は俺の恋人ではない……と。
ピピッといつもみたいにアラーム音が鳴る。
この音が嫌いだ。夢から現実に引き戻される瞬間だから。
「時間ですね」
海斗が、柔らかな短い茶色の猫っ毛を揺らしながら身体を起こした。
黒目がちの瞳がじっと俺を見つめている。
見つめられることが怖くて目をそらすと、俺の頭にキスが降ってきた。
「また呼んでくれます?」
「……たぶん」
お決まりの台詞だ。
そんなこと聞かないで欲しい、とつい心の中で悪態をつく。その言葉を聞くと期待してしまうから嫌なんだ。自分の心がおかしくなってしまいそう。
視線を床へ向ければ、散らばった服が視界の端に入って、妙に生々しく感じた。
いつの間にか、秀次のことは頭から抜けていることが多くなって、そのスペースに彼が入り込んでいる。
追い出そうとしても、どうやっても抜けてくれなくて、困るんだ。
もっと一緒にいたいと思ってしまう。でも、延長したいなんて言えない。
やっぱり俺はどこまで行ってもβなんだ。
もっと積極的になればいい。彼だって延長して貰えればそれだけお金も入るし、WinWinなはずだ。
それでも、どこか遠慮してしまうのは、境界を超えた先に行くのが怖いから。
服を着始めた後ろ姿を見つめながら、次はいつ会えるんだろうなんて思う。
「……歳、いくつ?」
気がついたら、声をかけていた。客からプライベートな質問をされることほど嫌なことってないだろうな。
慌てて訂正しようとしたら、彼が俺の方に身体ごと顔を向けて、微かに微笑んでくれた。
「二十四です」
「……そっ、か……」
そうだった……プロフィール欄にも書いてあったじゃないか。
恥ずかしさと、答えて貰えた嬉しさで顔が熱くなる。
こんなことくらいで一喜一憂して馬鹿みたいだよ本当に。
「それじゃあ、また」
真っ赤な顔をしているはずの俺の頬に、海斗が唇を寄せて、それから玄関を出ていった。
思わず固まったまま、締まり切った玄関扉を見つめてしまう。
あれって、サービスかなにかなのか?
だとしたら、海斗はどこまでも残酷だと思った。
「……ああ〜、もう……っ」
熱すぎる顔を両の手のひらで隠してベッドへと背中を預ける。足をバタつかせて、悶えながら、今会ったばかりなのに、もう会いたいって思った。
その日から、俺は彼を呼ぶたびに、一つだけ質問をするようになった。
質問に嫌な顔もせずに答えてくれる海斗。
会う度に、沢山甘やかされて、気持ちよくなって、それから、彼のことを一つ知ることが出来る。
その時間がなによりも幸せだ。
「ねえ、質問してもいい?」
「どうぞ」
「好きな食べ物は?」
「コロッケが好き」
些細なことでさえ、聞けることや知れることが嬉しくて、笑みがこぼれるんだ。
海斗が好き。絶対的に揺るぎない恋心が、少しだけ辛いと思う瞬間もある。
でも、それは、仕方の無いことだ。一方的な片思い。デリヘルのスタッフに恋をした俺が悪い。
そんな日々の最中、番号登録していない番号から電話が来た。恐る恐る出てみると、聞き覚えのある声が俺の名前を呼んで、サッと血の気が引く感じがした。
電話は秀次からだった。
「なんのようだよ」
声が震える。なぜか秀次の声も震えている気がした。
「今、恋人とかいるのか?」
「……いないけど」
「俺の家に弟が住んでるんだけど……俺さ、恋人と同棲することになって。弟がいると困るんだよ。だから、お前ん家に数日、泊めてやってくれないか?今そっちに向かわせてるから」
「は??」
いや、わけが分からない。
どうやったら、元恋人に弟を押し付けようっていう発想になるんだよ。
秀次の考えていることが理解できなくて、腹が立ってくる。
「無理だから!」
思わず大声で拒否していた。でも、秀次は全然話を聞いてくれなくて、弟には話を通しているとか、なんとか言って一方的に電話を切られた。
……いや、本当に訳が分からない。
あいつ、おかしいんじゃないのか?
イライラして、近くにあったクッションをぼふぼふ叩く。
それから、数時間後、インターホンが鳴って、俺は大きなため息を吐き出した。
「……はい」
固い声で返事をしながら玄関を開ける。その瞬間、ふわりとシトラスの香りが鼻をついた。背が高いのか、見上げれば、茶色の猫っ毛が風に揺れている。
「……えーと……兄の元彼さん、です……よね?」
玄関の前に立っていたのは海斗だった。
なんで、彼が……ぐるぐると頭の中を疑問が回る。
今日は休みだからって予約が取れなくて、だから、俺は彼を呼んでいない。
ということは、海斗は秀次の弟で……。
「あっ、な、中、どうぞっ」
固まったまま悩んでいると、海斗に困り顔を向けられて慌てて中へと通した。
「……お邪魔します」
とりあえず座椅子に腰掛けてもらい、いつもは出さないお茶を出してあげる。
だって、いつもならこのまま行為が始めるし、こんな風にゆっくりと話なんてしていられない。
でも、今はそんな感じじゃない。
テーブルを挟んで向かい合う。沈黙がやけに痛い。
「兄が本当にすみません」
「いえ……その……」
「あ、もちろんここにお邪魔するつもりはないですから。俺は兄から渡された合鍵を持ってきただけです」
「……合鍵……」
すっかり忘れていた。そういえば、あいつはこの部屋の鍵を持っていたんだ。
「……あいつ、元気ですか?」
思わず尋ねていた。未練なんてないし、俺が好きなのは目の前にいる彼だ。でも、元気なのかくらいは聞いてもいい気がした。
仮にも七年連れそったのだから、心配くらいしてもいいだろう。
「元気ですよ」
「……そう、なんだ」
新しい恋人とも上手くやっていけているのだろう。運命の番だもんな……。
なんだか泣きそうだ。
「質問してもいいですか?」
じわりと涙が滲んできて、俯き拳を膝の上で握り込む。そうしていると、突然問いかけられて、驚いた。
「ほら、いつも俺が答える側でしょ。だから、今日は俺が質問してもいい?」
敬語を崩して、少し茶目っ気を含ませながら問いかけられ、顔が熱くなる。
頷けば、「ありがとう」といつも見せてくれる柔らかな笑顔を向けてくれた。
「まだ兄のことが好き?」
秀次のものによく似た瞳が俺のことを射抜くみたいに見つめてくる。
「好きじゃない」
はっきりと答えられる。
俺が好きなのは秀次じゃなくて、海斗だ。
「……もう一つ質問してもいい?」
その言葉に、少しずるいなって思ってしまった。だって、俺はいつも一個しか質問できないから。
「……だめ」
だから、これは意地悪だ。
そっぽを向いた俺に、彼が手を伸ばしてくる。俺たちの間にはテーブルという、明確な距離があるし、関係もデリのスタッフと客の関係じゃない。
なのに、身を乗り出した海斗が、その距離をいとも簡単に縮める。
数センチの距離に、海斗の顔。こんな風に近づくのは初めてじゃないのに、やけに緊張する。
「好きな人いる?」
(だめって言ったのに……)
頭の片隅で悪態付きながら
「……いる」
って小さく言葉を返した。
「ふーん」
不機嫌さを帯びた相槌のあと、一瞬唇が触れて、すぐに離れる。それから、体勢を元に戻した彼が、帰りますって言って荷物を手に取った。
思考はぐちゃぐちゃだ。さっきのキスの意味を教えて欲しい。でも、知りたくないとも思う。
「まって!あのっ……」
考え無しに呼び止めたら、彼はいつもみたいに振り返ってくれた。
やっぱり、どこか不機嫌そうな表情に見えるのは気のせいなのかな。
「行く宛てあるの?」
「今日は近くのホテルか、ネカフェにでも泊まろうかなって」
「その後は?」
鼓動がやけに早い。心臓が爆発しそう。
首を傾げる彼に、大股で近づく。
期待なんてしちゃダメだって分かってる。αなんて好きになっても、辛いだけだ。
でも……でもさ……
「ここに居たらいいじゃん」
今、海斗を帰したら後悔する気がする。好きって気持ちには抗えないんだ。
「……いいの?」
驚きに顔を染めた海斗が、困った様子で聞いてくる。
「う、うん!」
大きく頷いて、彼が持っていた荷物を受け取ると、床に置いてあげた。
顔を上げれば、長い指が頬を撫でてくる。ゆっくりと下へ降りていった手が、器用に俺のシャツのボタンを一つ外した。
「本当にいいの?」
その、いいの?っていう言葉に、どんな意味が含まれているのか想像したら、顔が熱くなる。
「好きな人、いるんでしょ?」
「うん……」
言いながら、顔がまた近づく。
いつもとは違うキス。もっと、濃密で、頭の奥底まで溶けてしまいそうな程の快感を与えられる。
ベッドへと倒れ込んで、沢山鳴かされて、デリのときには、最後まではしないのに、彼が俺の耳元で、「入れたい」って低く艶やかに囁くから、壊れた玩具みたいに何度も頷いて、彼を受けいれながら、また死んじゃいそうなくらい泣いて喘いだ。
好きな人に抱かれるのがこんなに幸せなんて、忘れていた。
やっぱり海斗は秀次とは違って、優しく俺の快感を引き上げるような腰使いをしてくれる。
気持ちよくて、頭がふわふわして、意識がぼんやりしかけると、キスをして、その合間に朧気ながら、何度も好きだと口に出した。
意識が飛ぶ寸前
「俺も好き」
って幻聴が聞こえてきて、それが嬉しくて、泣きながら下手くそに笑う。
そうして、幸せな気持ちのまま意識を飛ばした。
目を開けたら、隣には海斗がいて、夢じゃなかったか……って少しだけ悲しくなった。
いっそ夢なら諦めもつくのに、これは現実だから、俺はまだ無謀な恋をしている。
海斗が家に来て、どのくらい経ったのかは数えていない。海斗は俺の家に住んでいるし、俺達は何度も体を重ねている。
好きだと言ったのは初めて身体を繋げた日の一度きり。それ以降はなにも伝えてはいないし、あの幻聴も聞こえてはこない。
夕飯の買い出しに行くと伝えると、彼も着いてくるというから、一緒に出かけた。
立ち寄ったスーパーで、手頃な野菜を見ていたとき、秀次とその恋人らしき人の姿が視界に入って、身体が固まる。
向こうが俺に気がついて近寄ってきて、なんだか吐きそうだった。
「久しぶりだな」
声をかけられて、思わず持っていた野菜を落としかける。
久しぶりに見た秀次は前となにも変わらない。違うのは、彼の隣には俺ではない他の人が居るということだけだ。
「上手くやってんだな」
秀次が弟である海斗を見て言う。
その言葉に含みがある気がして、どういうことかと尋ねた。
「話してないのか?」
「兄さん黙って」
秀次を睨みつける海斗。二人を見ながら戸惑う俺。
「お前が頼むから、電話したんだぞ?」
「兄さん!」
話が読めない。どういうことなんだ。
「俺はお前に恨まれても仕方ないし、謝りたいと思ってた。でも、弟のことはαだとか、俺の弟だからとかそういうの無しで見てやってくれよ」
秀次にそう言われて、ますます首を傾げる。
「話が読めないんだけど」
「弟に聞いてくれ」
丸投げされた彼は、眉を垂れさせて困った表情を浮かべていた。
秀次たちと分かれて、二人で家に帰ると、先程のことを質問した。
曰く、海斗は俺のことが好きで、たまたま兄の元彼が俺だと知った海斗は、秀次に俺とのことを相談した。恋人と同棲をしたかった秀次は、弟の手助けをする形で、俺に電話をかけてきた、ということらしい。
「ごめん……騙すみたいになってしまって……」
「……ちょっと整理させて」
海斗が俺と同じように思ってくれていたことは嬉しい。
でも、同時に怖いとも思う。両思いの先を知っているからこそ……怖い。
秀次と恋人さんの幸せそうな姿を見たからこそ、ますます恐怖は強くなった。だって俺はβだ。
「……俺……」
今の、ぬるま湯のように心地よくて、曖昧な関係のままで居たいと思うのは、我儘だって分かってる。
「ねえ、質問してもいい?」
彼が問いかけてくる。俺はそれに頷くことしか出来ない。
「……俺のこと、好き?」
ああ……、ずるいよ本当に。
「……好き」
涙が溢れてくる。だって、嘘なんてつけないだろ。好きなものは好きなんだ。
でも、怖い。好きだから怖い。
「俺も好き」
「っ、いつか好きじゃなくなるかもしれない」
「ずっと好き」
「運命の番が現れたら?」
「そんなの関係ないよ」
少しずつ距離が近づいていく。
唇が重なって、嗚咽が漏れた。
「俺、βだよ」
「βでもΩでも、なんでもかまわないよ。俺はあなたが好きなんだから」
角度を変えて何度もキスをする。
今までで一番甘いキス。
「愛してる」
俺もだよ。幸せすぎて、やっぱり怖い。でも、今は彼に身を任せたいと思った。
だって、αだけど、海斗は海斗だから。
それで今はいいんだよなきっと。
自分からも少しだけ境界を超えてみよう。
βだからなんて言い訳は捨てて、ちゃんと海斗と向き合いたい。
「俺も愛してるっ」
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