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「近衛様はあの服も良う似合うてたよな」
動きを止めた那由多の視線の先を追えば燕尾服の男。佐之助は那由多の背を軽く擦りながらそう言うと遠い昔を思い出していた。
あの服を着たまま見世にいらした近衛様を今でも鮮明に思い出せる。
俺に逢いに来たばかりに疎い那由多は燦然楼の側で暴漢に襲われた。那由多に恋情を抱き、それを隠してきた俺は、那由多を守る為、自分の気持ちに見切りを付ける為と意を固め、思うてもいない事を言うて傷付け、もう会いに来るなと那由多を突き放した。
その夜、そんな俺に近衛様は会いに参られた。着ていた燕尾服は泥が跳ねて酷い有り様で、なれどそんな事は少しも気になさって居られず、それくらい那由多の為に必至になって居られるのだなと分かった。
【もし、私に遠慮して那由多に逢わぬ事を決めたのならば止めて欲しい。其方の気持ちを知っていながら那由多の側に居て欲しいなど、勝手な事を言うていると分かっていて頼む、那由多の側に居てやって欲しい!息が継げぬ程に泣いているんだっ、あの様な顔をさせたくない!頼む!!】
俺の気持ちに気付いていながら、那由多の為にそう言うて頭を下げる近衛様に噛み付きはしたものの、頭の中では分かっていた。近衛様の側なら那由多は幸せでいられる、笑うていられると。
それさえ叶うのならば側に居られなくても構わないと、結果、俺は離れる事を選んだ。
それでも離れた十年間、俺は那由多への想いを持ち続け、側に居たい、同じ気持ちを重ねたいという俺の長きに渡る願いは、近衛様の死をもって叶えられた。
近衛様の事を忘れて欲しいわけじゃない。ただ、思い出しても痛まないで欲しい、悲しみに飲まれないで欲しい。俺と同じ様に近衛様も、那由多が笑うている事を望まれたから。
そんな気持ちで見つめたが、三回忌を終えたばかりだ。今は難しい事かと案じていると、那由多がぽつりと言葉を返した。
「...ええ。良うお似合いでしたが、初めの頃は、あの服が嫌いでした。」
燕尾服に知らぬ香りをつけて帰って来る近衛に不安を覚えたものだ。御父上様と密約を交わしているとはいえ、また縁談の話しでも舞い込んできたらと。
佐之助と別離した翌年、痛む心が万が一にも近衛まで失う様な事にでもなったらと不安に苛まれ、鹿鳴館で行われる舞踏会に向かわれる為に燕尾服を着られた近衛を見て、私は無理をして笑んでいたなと、那由多は遠い昔に思いを馳せた。
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