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【...っ、もし、また、誰かと祝言を挙げる事になってもっ、...っ、此のまま此処に、...っ、お側に置いて下さいませっ、あ、篤忠様は、...はぁぁっ、...っ、私を、放らないで下さいませっ、】
去年の舞踏会から戻った時の泣き暮れた那由多を思い出す。佐之助を失い、不安な心持ちが膨らんだのであろう。今日とてきっと私と同じ様にあの日の事を思い出しているに違いない。然すれば今宵も同じ不安を抱えるであろう。
もし私がまた誰かを娶る事になったらと。
仕方ない事とはいえ、やはり今日は側に居てやりたかった。
今宵は内外の貴賓が招かれており、元勲、政府高官、華族及び外国使臣、御雇外国人及びその夫人と令嬢と、近衛は時間の許す限り挨拶に回った。
チラとダンスプログラムを見ると、カドリールから始まり、ワルツ、ポルカ、カレドニアン、ワルツ、休憩、ワルツ、マズルカ、ランシェ、ワルツ、ギャロップと書かれていて溜め息しか出ない。
休憩の隙に抜け出したかったが、カップルダンスで一番難しいマズルカを踊れる者があまり居ない故、マズルカまでは必ずと居ろと言われていた。
そこまでいると抜け出すのは困難。最後までいるより他無いなと諦めた。
帰れるのは早くて10時、遅ければ12時近くになるか。
...那由多は寝られるだろうか、
寝てくれていたら良い。だがきっと、物思いに耽り、心細い気持ちで私の帰りを起きて待っているだろう。
陸軍軍楽隊がマイアベーアの戴冠式行進曲を弾き、次に前奏曲を奏でダンスが始まるも、目の前の淑女に胸に手を当て軽く頭を下げた近衛の頭の中は那由多の事でいっぱいだ。
近衛の目では目の前の女がどんな眼差しで自分を見ているかは映っていない。上背もあり凛々しい顔立ち。そして近衛家の子息。上流階級でもこれ以上の好条件の相手はいない。
手を取りワルツを踊る中、女はチラチラと近衛の顔を窺い、その見目にうっとりと気を取られている。
なれど近衛は握られた自分の手に違和感を覚え苦笑していた。大きさは然程変わらずとも、那由多の手でないからか妙にしっくりこない。
そんな事を思いながら踊っていると、女が近衛の足を踏み体勢を崩したが、近衛は咄嗟に腰に添えた手にぐっと力を入れて支えると何事もなかった様にまた踊りだした。
「申し訳ありませんっ、」
「いえ、お気になさらず。リード出来ずこちらこそ申し訳ない」
慣れぬドレスにヒールの高い洋靴では大変であろうと、近衛が微笑みそう告げれば女は頬を染め少し俯いた。
その後も女は惚けてばかりで、何度も近衛の足を踏み、息も合わぬし西洋かぶれのこのダンスは面白くもなんともないなと近衛は内心思うていたが、隣で踊る高松ご夫妻の楽しそうな声に目を引かれ、踊りながら暫し眺めていた。
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