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3室開け放たれた100坪の広間の中、人数は多くともマズルカを踊れる者は少ない。リズミカルなテンポの曲調で軽快なステップを踏むのは、明治のこの時代、日本人には馴染みがなく難しい事であった。
周りに避けて見ているだけの者が多い中、近衛のマズルカは見事であった。多種多様なリズムが用いられているも、見ている者を引き付ける楽しげな笑みに華麗なステップ。
近衛だけではない、そこは近衛家というお家柄、家忠、忠嗣、基家もきちんと踊れている。
四人の息子が踊る中、近衛の父は近衛をずっと目で追っていた。
篤忠は生真面目で不撓不屈。延いては人の頭の中を覗くように先んじて行動する。あれが一番政治家に向いており、必ずや近衛家を今以上に繁栄させられる。なれど如何せん野心がない。今も少しも面白いとは思うてなかろうに、顔だけみれば誰もそんな事は気づかないだろう笑み。実に勿体ない事だ。なれどそんな篤忠をどこかで面白いとも思うていた。まさかこのわしまでやり込められるとは露程思うてなんだ。あれはわしの自由にならん。否、わしだけでなく、従わせられる者などいないのであろう。己で道を決めそれを突き進む。例えそこに道が無くとも。
...談話室に移ったら少し話すか。
久しく会話らしい会話はしていない。なれどそんな事を思うた。篤忠が何を思い、どう生きるのか、少し知りたくなったのやも知れない。
ダンスプログラムを終え、側へ寄ってきた息子達の中に篤忠は居なかった。篤忠はどうしたと聞くと上の二人は周りを窺うて探し始めているが、基家だけは「もうとっくに帰ったのでは?彼奴の事など放っておきましょう」とわしの意図する事に気付かない。
また逃げられたか。
何だかそれも可笑しかった。わしの考えを読んだのか、はたまた顔も合わせたくないという事か。やはりあれはわしの自由にはならん。
ダンスが終わるや否や、人混みに紛れさっと鹿鳴館を出た近衛は直ぐに人力車に乗り込み「済まぬが急いでもらいたい」と車夫に頼み帰路を急いだ。例え数分でも早く帰りたかった。
「お帰りなさいませ、」
屋敷に帰り着き中へ入ると女中のトシやみきに続いて那由多も出迎えてくれたが、近づき見たその目は少し赤い。恐らく泣いたのだろうと思えばつまらぬ舞踏会などの為に置いて行った事を悔いるばかりであった。
おいでと手を引き居間に入ると近衛は那由多の目元を擦る。案じさせてしまったなと那由多は苦笑したが、直ぐにその顔は曇った。
去年もそうだったが、近衛から知らぬ香りがする。舞踏会がどういうものかも分からず、去年トシにダンスとは何かと尋ねたところ、男女で行う舞の様なものだと教えてくれたが、良くは分からなかった。今時分とてそう、考えた所で詮無い事だと那由多は苦笑した。
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