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あの日から近衛は、舞踏会が開かれなかった年でも、毎年必ず私とワルツを踊って下さった。
那由多と踊る為に舞踏会でダンスの練習をしてきたと笑うて居られた顔が懐かしい。
【 さぁ、これからが本番だ、】
頭の中に響いた甘い甘い近衛の声に涙が溢れた。
燕尾服を着た男を乗せた人力車が遠ざかり、スッと自分の手首を見た那由多は目を伏せる。
もう近衛がこの手首に口吸いしてくれる事はない。それどころか共に踊る事はおろか触れる事も叶わなくなった。
なれど一生涯愛し続けると言うたあの日のあの言葉の通り、私は今も近衛を想い続けている。
「喉が渇いたから一度見世に戻るぞ、」
佐之助にそう言われふと笑うて涙を拭った。優しい佐之助らしい気遣いだ。私の涙が引くのを待ってくれるつもりなのだろう。
今もあの頃と変わりなく近衛を想うている。なれどあの頃と違うのは、近衛を想うのと同じ様に佐之助にも恋情を抱き、残りの人生を佐之助に添うていくと決めた事だ。
この心の半分は近衛に、もう半分は佐之助に。
そんな薄情で欲深な私を、私の中の近衛まで含め大切にしてくれる佐之助には甘えてばかりだ。
今とてそう、近衛を想い、痛む私を優しく甘やかしてくれる。
「篤忠様があの服を御召になられた日、佐之助さんに放られましたから、あの服が嫌いでした。それを思い出したら泣けて泣けて...、」
今の涙は近衛を想うての涙であったが、これも嘘ではない。今でこそ佐之助が私を突き放した理由は知る所だが、離れた十年余り、佐之助を恋しく思い何度涙した事か。
「......悪かった、」
苦笑しながらポンッと頭に手を置いた佐之助を見て、詫びるのは私の方だと思うも言葉を飲み込んだ。
「そう思われるなら、もう離れずに側で面倒を見ていて下さいませ、ずっと」
「は、お前はまだ俺にそんな手管を使うのか?見ろ、すっかり惚れ込みこのざまだ」
そんな佐之助をくすくす笑い、あ、と閃き那由多は佐之助に提案した。
「ダンスを一緒に致しましょうか。篤忠様がワルツを教えて下さったのですよ」
「...ワルツ?」
「ええ、西洋の舞の様なものです。一緒に踊りましょう、ね?」
よもや頭の中がちんぷんかんぷんで佐之助は前髪を掻き上げ考えるも、近衛様なら様になるだろうが、自分がそんなものをやろうものならば笑いの種になるだけだとカラカラ笑い「俺は踊らねぇよ」と端から断った。
「...佐之助さんはちっとも私のお願いを聞いて下さいませんよね。ちんどん屋の時も正夫に押し付けて踊って下さいませんでしたし。...篤忠様は共に踊って下さいましたのに」
「お前!?近衛様をちんどん屋と踊らせたのか!?」
「楽しかったと仰って下さいました」
拗ねてそっぽを向くも佐之助は至極呆れた顔をして「...全くお前というやつは」といつもせりふ。言われるであろうなと思うた矢先の事だっただけに、それが可笑しゅうてならなかった。
近衛との記憶を思い出せばまだまだ涙に暮れるが、佐之助がいれば私はまた笑える。
近衛が好きだと言うて下さったこの笑みを、どうか黄泉の国から見ていてほしい。
そしてまた何時の日にか、黄泉の国でワルツを共に。
了
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