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その傷が治るまで【アンソロ掲載】
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帰り際、ゴミを捨てに行くというゲイバーの店長、友人でもある百花と裏口から表へと出た。
百花の店では、8と2のつく日にバニー・デイなるイベントをやっていた。
チューブトップに尻尾のついたホットパンツ姿でエロく可愛いバニーボーイに扮したキャストが接客してくれる。
愛だの恋だのがなくても、人肌というものは、寂しさを紛らわせてくれる。
そんな空っぽでも温かい人肌を求め、俺は百花の店に通っていた。
百花と別れ、表通りへと足を向けた。
表通りから少し外れた一角で〝拾ってください〞と書かれた段ボールを首から下げ、膝を抱え座っている男が居た。
その頭には、片耳が途中でちぎれているウサミミカチューシャが着けられていた。
「怪我してんの?」
目の前にしゃがんだ俺に、男はきょとんとした瞳を向けてくる。
耳のちぎれた場所を指先で撫でる俺に、男は納得の声を零した。
「そ。怪我してんの。保護してくれる?」
首を傾げる男に、俺は立ち上がり、手を差し伸べた。
家路の途中、男の手を引きながら名を尋ねる。
好きにつけて良いという男に〝ぴょん太〞と呼ぶコトにした。
家に上がったぴょん太は玄関で足を止め、口を開いた。
「いつまで居ていい?」
「別にいいよ、いつまででも。怪我、治るまで居れば?」
背を向け、上着を脱ぎながら会話する俺に、ぴょん太の申し訳なさげな声が届く。
「本当は、怪我なんてしてない」
振り返った俺の目には、頭から外されたカチューシャを見詰めるぴょん太が映る。
しょんぼりと肩を落とすぴょん太に、その心臓辺りを軽く突っついた。
「傷ついてるのは、ここだろ? かさぶた出来るくらいまで、居ていいよ」
ちぎれた耳がなくなった頭を、わしゃりと撫でる俺に、瞬間的にぽかんとしたぴょん太は、ははっと小さく笑った。
「お見通し、か。女が出来たって、元カレに捨てられちゃったんだよね。僕は都合のいいオモチャ…、捌け口だったみたい。居候してたから、家も金もなんもなくて…」
拾ってもらって助かった、とぴょん太は寂しげに嗤う。
でも、と呟いたぴょん太は、言葉を足した。
「初めてあった相手、信頼しすぎじゃない? 僕が泥棒だったらどうするの?」
こてんと首を傾げるぴょん太。
俺は、どうもこうも無いのだがと、言葉を繋ぐ。
「取られるようなものなんもねぇし、別に気にしない。なんなら、金持って消えても、いいよ。なんも考えないで、拾った俺が悪いだけだし」
実際、その日暮らしの俺の家に盗めるものなどなにもない。持ち逃げできる金だって、財布の中の数千円くらいだ。
「消えるつもりは、ないよ。せっかく保護してもらったし、ここに居着いちゃうつもり満々」
にへっと笑ったぴょん太は、俺に抱きつき胸に顔を埋めた。
「保護したからには、最後までちゃんと面倒みてね」
そんな出会いから始まった俺たち。
友人とも、恋人とも呼べない関係だが、一緒に居るコトに、不満も不自由もなかった。
バニー・デイの百花の店。
「ウサギってお盛んらしいよ」
「いいだろ、少しくらい。減るもんじゃねぇし」
下衆な声色に、辟易した瞳を向けた俺の視界に映ったのは、バニーのコスチュームを身に纏い下品な男たちに絡まれている一羽のウサギ、…ぴょん太の姿。
「は?」
思わず、突拍子のない声が漏れた。
バニー・デイが好評で人手が足りず、キャストを手伝うボーイでいいからぴょん太を貸してくれと言われ、俺はそれを許した。
「なんで、ぴょん太が、あれ着てんの?」
じりじりと腹底に燻る気持ちのままに、がさつく声で百花に問うた。
「だって、あの可愛いコは誰だ? 席にはつかないのか?ってうるさいんだもん」
百花は悪びれる素振りもなく言葉を繋ぐ。
「それに、あんたに咎める権利、なくない?」
確かに。そんなものを俺は有してはいない。
ただ、傷ついたウサギを保護して住まわせているだけだ。
でも。保護したからには、ぴょん太はもう、野良のウサギじゃない。俺の家の飼いウサギ、だ。
「……やっぱ、知らない男の手垢つけて帰ってこられるのは、納得いかねぇわ」
スツールから飛び下りた俺は、のっそりと彼らのボックスへ寄り、カウチに座るぴょん太の背後から、その身体に撓垂れかかる。
「ごめんな。このウサギ、うちのコなんだわ」
ぴょん太の腿や腹に触れる下衆な男たちの手を、ぱしんぱしんと払い退けた。
「おいで」
腕を取り、立ち上がらせたぴょん太を自分の方へと呼び寄せる。
カウンター席に戻り、隣にぴょん太を座らせた。
「……出てく? 俺の家にいるの嫌になった?」
一端の嫉妬…。拾っただけの俺が、抱えてはいけない愛を持ってしまった。
本当は、居なくなってほしくなくて。
本当は、同じ気持ちならいいのにって思ってる。
〝行くな〞とか、〝好きだ〞とか、真っ直ぐに伝えられないヘタレな俺は、束縛されるのが嫌なら出ていけば良いと、フラれる衝撃を和らげるための予防線を張る。
回りくどい俺の言葉に、きょとんとした瞳を向けてくるぴょん太に言葉を足した。
「拾ったけど、お前の自由を奪うつもりはない。でも、他の男の手垢がつくの嫌だなって……嫉妬、してんだよ」
ばつの悪い俺は、ぴょん太から視線を逸らせ、ぐしゃぐしゃの心のままに髪を掻き乱す。
「ごめん」
ぴょん太の言葉に、心臓がずきりと痛む。
「僕も働いた方が良いと思ったんだ。少しでも役に立ちたくて…。役に立てれば、捨てられないでしょ? あの家、あんたの傍に居たくて……」
へへっと照れたように笑ったぴょん太は、ぼふんっと俺の胸に飛び込んでくる。
「かさぶたどころか傷跡も残んないくらい元気になったけど、僕はここに居たいよ。最後まで面倒みてって言ったでしょ?」
顔を上げたぴょん太は、真っ赤染まった頬のままに、へらりと笑む。
「お前の〝ごめん〞で傷ついた。治るまでここに居ろ」
にんまりと笑むぴょん太の頭を撫で、その額に唇を落とした。
【 終 】
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