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「別に、もう店閉めたし、田舎の人間はこんな時間に、訪ねてこねーよ。早朝なら時間外でも来るけどな」
「いや、けど直すって、どうやって?」
「うーん、魔法かなぁ?」
「へ、魔法?」
旭は魔法という謎の言葉を残し、奥の濃紺のカーテンをくぐって住居部分へ消えて行った。カーテンの先に一瞬だけ目に入ったのは店舗部分の新しい作りとは違う、よくある田舎の一軒家の畳敷きの居間だった。
静樹は、その場に、ぽつんと一人取り残された。
服を脱げと言われても、脱いで待っているのは、やっぱり変な気がして、旅行用のボストンバッグを床に置き、近くにあったアンティーク調の赤い別珍の椅子に腰掛けた。
(不思議な店だなぁ……)
色とりどりな棚一面の布と糸。そして、ミシンなどの裁縫道具は祖母から受け継いだものなのか年季がはいっている。古くても丁寧に使われているようだった。それら道具が、整然と作業台の上に並べられている。さっきの旭の言葉の通りなら、魔法使いの道具が、針や糸なのかもしれない。
店内に圧倒されて、思考回路がメルヘンになっていた。旭が魔法なんて言ったせいだ。
「静樹くんおまたせー」
しばらくして戻ってきた旭の手には救急箱があった。
「何、まぁだズボン脱いでないの? 脱がして欲しいのかよ。転び方も小さい子みたいだったけど、一人でお洋服も脱げない?」
呆れ声で煽られ、なんだか静樹が一人駄々をこねているようで思わず赤面してしまう。
「っ、脱ぐ! 脱ぎます!」
静樹が、言われるまましぶしぶ脱いだズボンを受け取った旭は、壁のハンガーに掛けると、静樹の前に屈んで座り、静樹の膝の下をタオルで押さえ水をぶっかけた。見た目通りに、やることが豪快だった。
「っ、た……い」
「大げさだなぁ、ちょっと擦りむいただけじゃん。我慢しろよ」
消毒液まで終わると、最後に仕上げとばかりに、ぺたんとキャラクター物の絆創膏を両膝に貼られた。完全に子供扱いだ。
「はい、終わり! よしよし泣かなくて偉かったなぁ」
「て、なっ、なんで、このハムスター!」
「薬局のおまけで貰ったんだけど、俺は使わないしー?」
「俺だって、使いませんよ!」
「まぁまぁ、でだ、さっき見たけど、服の穴ぼこ、そこまで酷くないし綺麗に直せるよ」
旭の言葉に、再び自分で穴を開け大切な服をダメにしたことを思い出し落ち込んでしまう。大事に着ていて、一番のお気に入りだった。値段もそうだが、何より、このスーツは静樹にとって自分の見栄っ張りに付き合って苦楽を共にしてきた戦友だった。
いい服を着て、自分を着飾って仕事をしているだけで、気分だけでもなりたい理想のかっこいい自分になれた。たとえ穴が空いていても捨てずにこの先クローゼットの中に掛けておくだろう。
「直すって、布とか貼るんですか」
「貼るって……もちろん共布使うこともあるんだけど、これくらいなら、糸だけでかけつぎ出来るよ。簡単簡単」
「え、そんなこと……出来るんですか?」
静樹は気の抜けた声をだしていた。
「出来るよー? これ『BBP』のスーツだろ、直さないなんてもったいないし。それに、俺、このデザイナーの服好きなんだよねー。だから特別サービス、無料で直して進ぜよう」
そう言った旭の声は、どこか芝居がかっていて、なんだか、おもちゃを与えられた子供みたいに無邪気だった。
「出来る……なら」
静樹には、穴があいたスーツを「元通りに直す」という思考が端からなかった。
本当に出来るのかという意味で聞いたのに、旭は大喜びで作業台の前に座って、静樹に背を向けた。
「よっしゃ、じゃ終わるまで奥でテレビでも見てな。ズボンないの嫌だったら、ちゃぶ台の上に洗濯した俺の服あるから、適当に着ていいよ」
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