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旭に言われて、改めて自分の今の格好を見る。店の真ん中でシャツとボクサーパンツ、膝にはキャラクター物の絆創膏に黒い靴下なんていう間抜けな格好で立っていた。
「知らない人間、家にあげるとか不用心じゃないですか」
「うちに盗るもんとかねーよ。あ、あと、スーツの上着は、そこ掛けといてな」
既に手元の作業に集中しているのか、旭は静樹の方には振り返らなかった。ズボンの穴ぼこを直すのに、どれくらいの時間がかかるのか静樹には検討もつかない。迷ったが、結局言われた通りスーツの上着を店の壁のハンガーに掛け、居間に上がらせてもらった。
カーテンを開けて、まず最初に、目の前のキラキラした一角に目を奪われた。
旭は家に何も盗るものがないと言ったけれど、部屋には二体のトルソーがあり、高級そうな白いマーメードラインのウエディングドレスとスタンダードな型のタキシードが掛けて置いてあった。和室に洋服というアンバランスさ、その上、足元のちゃぶ台の上には、さっき聞いた通り洗濯物が畳んで置いてある。
庶民の生活の中に職人の美しい仕事が同居していた。
「……俺も、こういうの着るのか」
その場にふさわしい服を着れば、なりたい自分になれる。それは静樹の持論で、ずっと、そうやって自分を励まして仮面を被ってきた。いつだって分不相応な服をお守りみたいに思っている。
周りを、自分を騙して生きるのと、本当の自分を見せて、こんな人だったのかとがっかりされるのと、どちらがマシか考えた時、静樹は前者を選んだ。
それでも、流石に今回の「結婚」は、難易度が高すぎる。嘘を演じるにしても、結婚式の衣装を着ることには、ひどい罪悪感があった。目の前にある真っ白な神々しいタキシードから目をそらし、足元にある洗濯物からジャージの下を拝借して店に戻った。
旭の邪魔をしないように、作業台のそばにあった木の丸椅子に座って、離れたところから手元を覗くと、同じ色の、灰色と黒の糸が交互に布からぴょこぴょこと生えていた。
(なんで、破れたのに、糸が増えてるんだろ?)
旭は魔法だと言ったが、もちろん、そんなはずはない。目の前の棚に並んでいる大量の糸のなかに、奇跡的に同じ素材で、同じ色の糸があったという可能性もあるが、色だけでなく、素材も同じに見えたのでそれは考えにくかった。
「すごい……」
「な、すげぇだろー? 婆ちゃんから受け継いだ秘伝の魔法なんだよねぇ」
世界観がぶれぶれだ。受け継ぐのが秘伝なら、普通、必殺技とか奥義だ。魔法はどうした。
「糸が伸びた……」
「え、まじ? もしかして、静樹くん魔法って冗談真に受けてる? 俺が騙した悪い人みてぇじゃん」
ずっと眉を寄せて真剣に手元に集中していた旭は、難しい工程が終わったのか、顔を上げ、静樹の方を見る。
「さすがに魔法とは思ってないけど」
「そりゃよかった。種明かしするとな、見えないところから、糸を持ってきてるの。裾とか、上着の裏とか」
作業台の上に置いてるスーツの上着は裏返されて、裾の一部の糸が解かれていた。
「で、あとは、綺麗に織り込む」
黒い色と灰色の糸を、無造作に糸で縫っているように見えるが、どんどん模様が浮き上がってくる。
旭は、なんでもないことのように言うが、その技術は、一朝一夕で身につくものじゃないと思った。旭が手を動かす度にどんどん穴が塞がっていき、最後には穴ぼこが消え綺麗に元通りになった。
「あの、こんな綺麗に直してもらえるとか思ってなくて、お金今日手持ちないし、明日ちゃんと持ってきます」
「いいって、いつもやってることだから。それに、これ大事に着てるんだろ? 結構前の夏物のスーツなのに、まだ綺麗だし……服大事にする奴って、俺は好きだよ」
ただの見栄のために着ているスーツをそんなふうに良いように言われて、居た堪れなかった。その言葉だけで、旭は、本当に服が好きな人なんだと分かった。
「でも、さすがにタダは」
「そ? じゃ、よし決めた。お礼は、今から一緒に酒盛りってことで」
「え、そんな悪いですよ」
「いいのいいの、俺が静樹くんと飲みたいんだって、な?」
いいだろ? と押し切られて断り切れず頷いてしまったが、服を直してもらった上に、タダ酒までもらう理由なんて普通にない。
「嬉しいなぁ。久しぶりに、誰かと飲みたかったんだよねー。あと、いま俺ここに一人で住んでるから、ご近所さんにたくさん酒もらっても飲みきれなくて、だから静樹くん頑張って飲んでよ?」
「は、はぁ」
実家に帰るだけで、他に断る予定も理由もなく、結局旭に流されるまま、居間でウエディングドレスとタキシードに見守られて突然酒盛りをすることになった。
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