アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
9
-
静樹が、田舎を出たのは、やりたい仕事があったからというよりも、目の前の面倒ごとから逃げていった結果だった。旭のように、選んでいるじゃなくて、いつだって状況に選ばされている、その場の空気で一番楽になる道を選択しているだけ。
だからこそ、ちゃんとやりたいことを見つけて、自分の店まで持っている旭のことを自分の理想の大人を絵に描いたような人に思えた。
「旭さんは、すごいですねぇ」
「すごいか? 昔、我慢ばっかりしてたから、その反動で、好きなことばっかやってるだけだよ。てか、静樹くん、ほんと他人行儀だなぁ、敬語じゃなくていいのに」
いよいよ酔いが回ってくる。カクンと頭が傾いた拍子に手にしたガラスコップから酒がこぼれそうになり、旭がとっさに静樹の手からコップを取り上げて、ちゃぶ台の上に置いた。
旭の声が、所々、遠くに聞こえてぼんやりしている。
「旭、さん。あのね、俺、結婚するんですよ」
「え?」
「舞ちゃんが、ね……幼馴染が、俺と結婚したいって言うから」
「……へぇ、そっか、それは、おめでとう」
旭の声に一瞬だけ間があった。それほど意外だったのだろうか。無論、静樹だって、結婚なんて自分には関係ないことだと思っていた。恋愛経験がない。自分という人間がそれをする方法も知らない。
けれど、ずっと、舞にお芝居と嘘に付き合わせてきた後ろめたさがあったし、こんな自分でも舞が望むなら、その気持ちには応えたいと思っている。今まで通り結婚もふりでいいっていうなら、それは、静樹が望んだ通りの未来。
――何も問題ないじゃないか!
でも静樹は、舞に言われてすぐに「はい」と返事が出来ず田舎に帰ってきてしまった。
舞と結婚して本当の自分に怯える必要のない場所にいたい。だから、ゲイの自分に気づいてないふりをしている。
ゲイである自分を受け入れたら、せっかく手に入れた、自分の居場所がなくなる気がして、怖かった。
「なんで、好きな人と結婚出来るってのに、静樹くんは、浮かない顔なんだよ」
「分からない……嫌じゃないし、きっと、嬉しいはずなのに、困ってる」
「きっと、ってなんだよ。彼女なんだろ? あー分かった。実家帰って来たってことは、あれか、もしかしてガキでも作っちゃったとか?」
「……出来るわけがない。ヤッてないのに。俺、舞のこと大切だけど、抱けないから」
カモフラージュでも、静樹は女性を抱くのは無理だと思う。
「ふーん。別にいいんじゃねーの? 付き合い方に正解はないだろうし、相手のこと大切に思ってるなら、それでいいだろ」
旭の優しい言葉が、静樹の心の隙間に入ってきた。
静樹は、やっぱり正解じゃないものを選びたかった。誰かに、それでも、好きならいいんじゃないの? って言われたい。
じわっと、涙が浮かんだ。誰にも見せたくなくて隠したままの綺麗な初恋は、ずっと心の中の奥深く、鍵のかかった箱の中に入れたままだ。
「舞ちゃんは、見栄っ張りな俺に、ずっと付き合ってくれてたんらよ。恋人同士のふりしてくれて、優しくて」
酔いで舌ったらずな言葉は、それでも、今まで誰にも言ったことがない静樹の秘密を正しく旭に伝えていた。
今すぐ止めなければと思うのに、知らない誰かに聞いて欲しくて、我慢できなかった。もう、一人で考えるのは疲れた。
「は? なんでまた……そんなややこしいことになってんだ?」
「ッ、やめどきが、分からなかったんだ……俺、どうしよう、どうしたらいい……思い出したくないのに。もう会えない、のに」
急に、感情が高ぶって、目から涙がぼたぼたと落ちて来た。この時まで、自分が泣き上戸だなんて知らなかった。
「おいおい大丈夫か?」
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
9 / 26