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アルバムをなぞる指先の決断13
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病室を出て、廊下の突き当たりの窓際にある待合スペースに来た。
神さんの病室からはさほど離れてなくて、病室のドアが見える位置。
窓際の長椅子ソファーに若干フラつく蘭さんが座って頭を抱えた。
蘭さんの精神的疲労は計り知れない。神さんは目を覚まさない、おばあちゃんは心労でだいぶ弱ってるこのタイミングで、どう話すべきか…。
神さんとはなんでもないと嘘をつくのは、今後の行動に影響するから良くない。でも、全部話すには、蘭さんの負担が多すぎる。
それに、神さんの大事な家族だ。神さんがカミングアウトするつもりのなかったものをベラベラ喋るわけにもいかない…
それに、もう1つ。
おばあちゃんは、いったい僕の存在をなんて聞いてるのかが問題だ。
お嫁さんって言ってたのは、僕の見た目で女の子と間違えたのか、それとも、おばあちゃんだけには打ち明けてて、養子縁組の話を知ってたのか…
さて、どうすればいいだろう…
蘭さんに速されて同じソファーに座ったけど、蘭さんは頭を抱えたまますごく混乱して辛そう…。
蘭「……ッ……、お願いがあるの…。おばあちゃんがショックを受けるようなことだけはしないで。今おばあちゃんに何かあったら…」
マキ「はい。しません」
頭を抱えて下を向いたままの蘭さんに、どうかこれ以上傷ついて欲しくない…。
蘭「おばあちゃんは、あなたのこと知ってるの?」
マキ「…分かりません」
蘭「……あなた……いったい何者なの?」
マキ「……すいません」
蘭「………」
マキ「蘭さんを傷つけるつもりも、皆さんを傷つけるつもりもありません」
蘭「そんなことが聞きたいんじゃないのッ、本当のことを話してッ」
本当のこと…。
それを話すということは、神さんがゲイであることも話さなければいけない…。
この状況で、僕の一方的な片思いなんて誤魔化しは効きそうにない。
マキ「…僕は、茉爲宮優絆、大学1年生の19で、来月20歳になります。神さんとは、3年程前に知り合って、僕が神さんのこと一方的に好きになって、去年、そばにいる事を許してもらいました。僕が実家に居られないのもあって、今は、神さんの部屋に置いてもらってます」
蘭「それって…」
マキ「…すいません。神さんとお付き合いさせてもらってて、一緒に住んでます」
蘭「……………」
どんなに遠回しに言っても、オブラートに包んでも、男である僕が、男である神さんと付き合ってることには変わりない。
蘭「…………、お兄ちゃん…、たぶん…、彼女がいたことがなかった……、店に女の人を連れてくることはあったけど、そうっぽくなかった。…正月にあなたとお兄ちゃんが一緒にいた時みたいなお兄ちゃんの顔、初めてで……あんな優しい顔…見たことない…」
蘭さんが僕を拒絶するのは構わない。
神さんに対してだけ大丈夫なら…
蘭「事故にあった日、時々痛みでうなされながら呼んでた。〝マキ〟って…」
神さん…痛かったよね…苦しかったよね。側に居てあげられなくてごめんね…。
蘭「やっぱり…あなたのことなのね……」
マキ「…」
蘭「……」
マキ「蘭さん。神さんは、本当に家族を大切に思ってて、携帯に送られてくる写真をとても大事にしてます。みんなと家族になれたこと、凄く感謝してて。
僕とのことで蘭さんにショックを与えて傷つけてごめんなさい。僕はどんな罰も受けます。
でも、蘭さんに話したこと、他の家族と、神さんには内緒にして下さい。さっき約束した通り、おばあちゃんを傷つけない約束は守ります。二度と顔を出すなというなら、二度と皆さんの前には現れません。でもどうか、百目鬼事務所のみんなが心配してるので、神さんの状態だけはどうか教えてください。お願いがいします」
蘭さんの様子を見ながら、なるべくショックのないように話したつもりだけど、冷静に話そうとしても、スッと冷たい氷柱を胸にあてがわれてしまうように寒くて心臓が煩い。自分で自分が冷静になれてるか、いまいち分からない。
蘭「…………。はっきり言って、頭の中ぐちゃぐちゃで…お兄ちゃんの意識も戻ってないし、…何も考えたくない」
マキ「……すいません」
蘭「…あなたは、お兄ちゃんのこと…」
蘭さんを傷つけたくない。
だけど、嘘はつけない。
僕は…
神さんが居なきゃ死んじゃうくらい好きだ。
まっすぐ続く廊下の並びの、神さんの病室を見つめながら、神さんに聞こえても良いように…
マキ「…僕は、…百目鬼神さんの全部が好きです。僕にとって、百目鬼神さんは僕の全てです。だから、蘭さんたちに反対されても、離れることだけはできないです。ごめんなさい。でも、家族から神さんを引き離すようなことは絶対ないですから。神さんにとって、蘭さんたち家族は大切な人だから」
頭を抱えてうつむいていた蘭さんも、神さんの病室を見つめる。
彼女にとって、僕の存在は混乱と絶望を与える気持ちの悪いものかもしれない。ただでさえ神さんの事故と、おばあちゃんの不調に心労を重ねているのに、こんな話…
本当にごめんなさい…
蘭「………」
複雑で悲しそうに歪み蘭さんに、なんて言ってあげて良いか分からない。
僕は、清史郎さんの特別な関係だったから、カミングアウトとか、それに対する恐怖とか、今まで考えなかったし分からなかった。
しばらく無言が続いていたが、廊下の向こうから、正月に会った凛さんが歩いてきた。
僕が蘭さんの隣にいるのを見つけると、挨拶してくれ、そして蘭さんに話しかける。
凛「弟夫婦達無事に新幹線に乗せたよ」
蘭「ありがとう」
どうやら、別の兄弟が来てたみたいで、凛さんが駅まで送ったみたい。
凛「蘭、少し休みなよ。お兄ちゃん私が見てるから」
蘭「ううん、疲れてないから。それより、おばあちゃんがまた調子崩してるから、落ち着いたらおばあちゃんをホテルで休ませてあげて」
凛「うん、分かった。でも、本当に蘭も休んだほうが良いよ、顔色悪いし」
蘭「私は平気。病室戻らなきゃ」
蘭さんは、逃げるように立ち上がり、病室へ向かう。
凛さんが、お客さんはどおするのって困っていたけど、僕は帰りますから気にしないでくださいと凛さんに話をしていた時だ…
突然、病室を開けた蘭さんが叫んだ。
蘭「お兄ちゃんッ!!」
その叫び声に、凛さんが直ぐに病室に走るが、僕の足はその場から動かなかった。
凛「お兄ちゃん!!」
病室の中を見た凛さんも、叫んで蘭さんと一緒に病室の中に入っていく。
2人の声が聞こえなくなったかと思ったら、凛さんが病室から飛び出しナースステーションの方に走って行った。
その扉は、大きく開け放たれたまま…
全身が心臓になったんじゃないかってくらいドキドキと緊張が走る。それが良いことなのか悪いことなのかもわからず。今直ぐ病室に飛び込みたいけど、それは出来ない。だけど、病室のドアは開いている…
緊張で嫌な汗が出てきて、ゆっくり病室に近づくたびに心臓が破裂しそうなほど早くなる。深呼吸しても、冷静を装っても、今にも壊れそうに脈打って…
ゆっくり病室に近づき、開け放たれた扉から、中を覗き込んだ。
蘭「お兄ちゃん!お兄ちゃん!私よ!蘭よ!分かる!?」
叫ぶ蘭さんの隣には、さっきと同じに真っ白な包帯を頭に巻き、足にギブスをした痛々しい神さん…
さっきと同じでないのは、その重い瞼がわずかに開いているということ…
マキ「じ…ん…さん…」
祖母「あっ、マキちゃん!どこ行ってたの!あなたが来たから神が目を覚ましたよ!早くこっちに来て側にいてあげて!」
おばあちゃんに呼ばれて病室の中に入れてもらえたけど、1つだけ、大きな違和感があった。
神さんの目が…
神さんの目が開いてる…けど…
…手放しでは喜べそうにはない…
虚ろに開いた瞳…
神さんは…
蘭さんの言葉に反応していない…
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