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アルバムをなぞる指先の決断54
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奏一さんの怒りの地響きが聞こえる。
明らかに変わった瞳の色。
さっきまでの優しいお兄ちゃんの顔は、静かな脅威に変わった。
奏一「俺たちに、〝隠せてる〟と思ってんだろ」
隠してることはいっぱいある。
だけど、隠せてるとは思ってない。
だから奏一さんは、彩さんに僕の様子を探らせるために、神さんのための面談とか言って僕と彩さんで会うようにしたのは知ってた。心理の免許を持ってる彩さんに、僕の隠し事が通るわけないとは思っていたけど、奏一さんの怒りが指し示す先が、なんだか確証あっての重みを感じて少し怖い。
奏一さんを怒らせるのはまずい…
だって…
僕は、大抵の人を恐れない。
容姿が怖い人なんか全然怖くないし、怒りや威嚇や虚勢もその人の感情の意味を考えれば怖くない。思い通りにいかないとか、悲しいことがあったとか、何かや誰かを守るためだったりとか、プライドが傷ついたとか、人それぞれ様々だけど、相手の怒りの意味を考えれば、どうすればその怒りが静まるのか分かるし、その怒りを別のものにすり替えることもできる。
だけど、僕にも怖いと感じる事がある。
相手の気持ちが分からない時。特に神さんのことは、好きになってからは分からないことだらけ、神さんを怒らせたくないのに怒らせちゃって、どうしたらいいのか分からなくて…嫌われたくなくて…
ほかに怖いと思うのは…
僕の事で怒ってる人の事…
僕が思い通りにならないから怒ってるとかじゃなくて、僕自身のことを僕以上に考えてくれる人の感情や言葉は、とっても怖いし緊張しちゃう。
隠してる僕の感情を真っ直ぐ見つめて、僕の言い訳なんか目もくれない、真っ直ぐ刺さるそれは、笑って誤魔化せないから…
僕が今までに怖いと感じた人達は、何人かいるけど、その中で一番怖いのは、勝てないと思う相手。
勝てる相手はいいんだ。
怖くても、まだ、逃げ道がある。
むつの野生の勘は怖いけど、言葉で負ける気がしないし。
華南の察する優しさは誤魔化されてくれないから怖いけど、彼は無理強いしない。
修二はいろんな意味で怖いけど、対等に居てくれる存在だから、一緒に考えてくれるし、いざとなったら勝てると思う。
だけど勝てないと思う人達は、僕を逃してはくれない。
神さんのことは、僕の方が好きって気持ちが大き過ぎて感情のコントロール効かないし、神さんに仮面も防波堤も引っぺがされて、僕なんか赤子同然で、もう何したらいいか分からないし、甘えてばっかで僕は僕じゃなくなってて、神さん相手じゃ何もかもがあったかくて幸せ過ぎて、何もかもを失う怖さで溢れてる。
怖いのは、内側に入ってきた神さんだけじゃない、内側を見透かす人達もいる。
先生様は、なんでもお見通しだし。
泉は本気出されたらマジ怖いし。
彩さんは、先生様と同じような空気を持ってるから得体が知れないし。
奏一さん…
奏一さんは、修二みたいにいろんな意味で怖い。なんでも見透かされそうで、なんでもバレちゃって、僕の弱い部分を見つけてしまう人。でも、修二より怖いと感じるのは、奏一さんが僕の弱くて醜く迷う心に手を差し伸べて指針となるような言葉をくれちゃう人だから…
怖い…
僕なんかを気にかけてくれるのは嬉しいけど嬉しくない、ダメなんだ、僕は…
マキ「…、僕は、大丈夫だと思ってるから大丈夫だって言ってるんだよ。今大変なのは神さんの方だから」
奏一「マキ、いい加減に弱音の一つでも吐いたらどうだ。あいつもしんどいだろうが、お前もしんどいだろ」
弱音…
そんなもの一言でも吐いたら…
マキ「…、奏一さんが心配してくれるのは嬉しいけど、心配し過ぎだし、僕は修二じゃないよ。修二にしてあげられなかったこと僕にしたって意味ないよ」
奏一「!!」
奏一さんの差し伸べてくれる温かい手が、今の僕には耐え難いものだから払いのけたかった。
マキ「奏一さんには色々感謝してるけど、奏一さんが無理してるの知ってる。僕のこと修二の友達だからほっとけないんでしょ。触れたくないものに触れても、修二のためにって無理してる。」
奏一「…」
マキ「だから僕は何度も言ってる。僕は望んで神さんのそばにいる。神さんは変わったし、僕は神さんと居られれば幸せ。〝僕の気持ちは変わらないから、修二は安全だし〟奏一さんが心配することなんかな…」
ーガシッ!
今まで何度も優しく頭を撫でてくれていた奏一さんの手が、乱暴に僕の口元を鷲掴む。
その表情は、石の像みたいに怖くて、怒りや悲しみや苦悩といったいろんな色が入り混じって塗りつぶされたような…
奏一「…テメー…は」
ゾッとするような威圧感が一瞬にして空間を支配する。
そして思い出した、神さんが言ってたことを…。奏一さんは、昔、神さんよりキレやすくて恐ろしくて、神さん以外、止められる人がいない程凶暴だったってッ…
戦慄が走った瞬間…
忽那「…、奏一」
彩さんの柔らかな声がそっと降ってきて、空気が一瞬にして和らいだ。
忽那「安い挑発に乗るもんじゃありませんよ」
奏一「…。彩さん。俺、もうガキじゃないんでキレませんよ。マキの馬鹿みたいな挑発なんか最初っからお見通しです」
うっ…
奏一「この子の常套手段だ。話題をすり替えて怒らせて、有耶無耶にする。俺がこんな幼稚な手段に引っかかるわけない」
言葉は冷静に、でも、僕の口を塞いでる手からは、ヒシヒシと怒りが伝わってくる。
彩さんもそれは分かってるみたいで、呆れたように怒ってるじゃないのってため息ついた。
忽那「でも、マキさんが怯えてますよ。殴られるんじゃないかって」
…それは、殴られてもいいと思って話題を変えようとしたから別に怯えてはいないけど。奏一さんの迫力が想像を遥かに超えてて怖かったのは事実だ…けど…
平然と止めた彩さんにもビックリ…
奏一「殴るなんてまさか、お尻百叩きの刑にしようと思っただけですよ」
お尻百叩き!?
忽那「はぁ。可愛さ余って憎さ百倍ですか?」
奏一「違う、分からない子には、分かるまで話し合うの俺のモットウだけど、嘘つきにはお仕置きが必要だ」
忽那「奏一、昔それやって、修二に一週間口聞いてもらえなくて、挙句むつの家に籠られて落ち込んだの忘れたんですか?」
奏一「うッ」
忽那「マキさんに嫌われちゃいますよ?」
奏一「うッ…」
みるみる萎む奏一さん。
僕に嫌われる?
…そんなことが脅しになる?…
忽那「マキさんは、一生口聞いてくれないかも」
奏一「ッ!!、じゃあッ!どうすればいいの!この頑固者に!明らかに無理してるのに!倒れてからじゃ遅いって!。もう限界点超えてるって言ったの彩さんじゃん!彩さんはどっちの味方!?」
ちょっと涙目の奏一さんが、僕を力一杯抱きしめて彩さんに抗議する。ぎゅうぎゅう抱きしめられてちょっと苦しいくらい、いっぱい抱きしめられて、胸が苦しくてなんだか困る…
…奏一さん…なんか…いつもと違って…
忽那「あぁ…もぉ、奏一、落ち着いて。興奮しすぎると酔いが回りますよ」
えっ!?…奏一さん、酔ってるの??
驚いて、彩さんを見上げたら、彩さんは「そうなんですよ、ごめんね」って顔した。
忽那「だから、マキさんもこれ以上無駄な抵抗は止しましょうね。奏一にくだ撒かれたら、朝まで離してもらえませんよ」
マキ「えっ…」
忽那「まぁ、もう手遅れかもしれませんが」
マキ「えぇ¨…」
忽那「奏一も私も、貴方の隠してることはぜーんぶお見通しですよ」
奏一「そうだぞ。全部知ってんだ。マキが大丈夫じゃないことも。限界点とっくに超えてることも。…〝処方薬飲んでることも〟」
!!!!!!!!!
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