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アルバムをなぞる指先の決断12
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眠ってて何も食べてないからか、神さんは少し痩せた印象がして、いつも布団で添い寝してもらってる時に見る、優しい寝顔とは別人のようだった…
再会と同時に、今まで悟られまいと押し殺し、せき止めていた気持ちの堤防が決壊してしまい
何もかも忘れて、神さんの側に駆け寄った。
マキ「神さんッ、神さんッ…」
事故の知らせから5日目にして、やっと見れた。やっと会えた。声が掠れる、視界が滲む、やっと会えたのに、やっと側に来れたのに、真っ白な包帯と擦り傷だらけの神さんは、まるで人形のようにピクリともしない。
神さんに無縁そうな入院用の服とか、真っ白なガーゼや包帯やギブス。点滴が繋がった腕…。それも擦り傷と打撲の跡があって痛々しくて、触れたいのに震えて触れられなくて、ベッドの横で跪き、腕の傷が痛まないように、そっと、本当そっと神さんの手に触れた。
マキ「じん…さ…ん」
温かい…
それを感じることができただけで涙が溢れた。
涙腺の中から涙が吹き出るのが分かるくらいみっともないほど涙が出た。
手で触れるだけじゃ確信ができなくて、涙だらけの頬で神さんの指先に触れる。
その指の温もりは変わらなくて…
あの日抱きしめてくれた温もりのまま…
変わらず温かな大きな手…
生きてる……
知ってたはずなのに身体中に広がる安堵。
だけどそれと同時に、目の前の現実が降りかかる。
生きてるのに、温かいのに…
それなのに…
痛々しい姿で眠る神さんは…
答えてはくれない…
マキ「じ…神さん……ッ…、痛かったよね、苦しかったよね。ッ…もう大丈夫だよ、みんな神さんを待ってるから…神さん…目を開けて……」
喉が締め付けられて声が掠れちゃう、こんな声じゃ神さんに届かない。
こんな声じゃ神さんに聞こえないよ…
マキ「じ…ッ…、神さん…」
溢れるものは止まらないし、声は掠れるし、何度も何度も呼んだけど、半分声になってなくてちっとも神さんを起こしてあげられないよ…
マキ「じん…さん¨…」
触れてる腕は温かいのに…
目の前の神さんの胸は静かに上下していて呼吸もしてるのに…
困ったように眉間にしわを寄せながら、優しい瞳で見つめ返してはくれない…
その大好きな声を、聞くことは叶わない…
マキ「……………」
眠ったまま。
起きることはないんだと理解した瞬間。
自分のしでかした醜態に気が付いた。
蘭「………」
祖母「……」
蘭さんとおばあちゃんが、後ろから僕を見ていた。
マキ「ご…ごめんなさいッ」
慌てて涙をぬぐったけど、やらかしてしまったことには変わりない。
勘違いしてるおばあちゃんは、涙ながらに会えて良かった良かったと頷いてるけど。
真実を察してしまった蘭さんは唖然と嫌悪感混じりの服雑な表情で僕を見下ろす。
ヤバい…、蘭さんが辛い時にこんな…
マキ「あの…」
蘭「待って!やめて…嘘でしょ…」
取り乱す蘭さんは僕を見ないようにしながら神さんをチラッと見て頭を抱えて首を振った。
神さんの入院で、6日間付き添って心身ともに疲労してる蘭さんを前に、僕の態度は絶対やってはいけないことだった。
マキ「……」
蘭「やだ…、ありえない…、だってあなた…」
今にも叫びそうな蘭さんが混乱と疲労と不快感でわけわからないって顔で僕を睨みつけた瞬間。神さんのおばあちゃんが蘭さんの肩を叩いた。
祖母「蘭、いい加減お兄ちゃん離れしないとね。いくら神のことが大好きでも、神の〝お嫁さん〟とは仲良くしなきゃ」
蘭「エッ??」
!!
おばあちゃんの言葉に、蘭さんも僕も一瞬時間が止まる。
え?
お嫁さん!?
お嫁さんって言った!?
これは、いつものパターンみたいに、僕のこと女の子だと思ってるの?
それとも、神さんから養子縁組の話を聞いてるの?!
祖母「蘭ちゃんいつも言ってたじゃない、早くお兄ちゃんに優しいお嫁さんが来て欲しいって。なのに、神が店に女の人を連れてくるとムスッとしちゃって」
えっ?
女の人??
蘭「ちょッ、おばあちゃん、そんな話しないでよッ、違うのよ!違うからッ、そうじゃなくてね」
祖母「いいのいいの、分かってるから、蘭が一番神に感謝してて、神のこと心配してたのばあちゃんちゃんと知ってるから、〝ちゃんとした相手〟じゃないと嫌なのは分かるけど、正月に来た神の顔見たでしょう。本当にいい顔してたのよ、それにずっと携帯をチラチラ見て帰りたそうにしてたもの、ふふっ。あんな神を見れてばあちゃんどんなに安心したか」
蘭「……」
マキ「……」
祖母「良かった良かった。ばあちゃんずっと会いたかったのよ、神のこと、あんないい顔させてくれたお嫁さんに、ありがとうね、マキちゃん本当にありがとう」
しわしわの両手で、僕の手を握りしめ、拝むように涙ながらに頭を下げるおばあちゃん。
その手はヨボヨボで柔らかく頼りなくて、そして、小さく震えていた…
神さんの育ての親のおばあちゃん…
神さんの…家族…
マキ「……」
祖母「神は不器用でこんな顔ですぐ怒鳴るからうまく気持ちを伝えられてないかもしれないけど。あの子は本当に思いやりがあって優しい子だから、マキちゃんのこと本当に大好きなのに馬鹿みたいに大きい声出すかもしれないけど、好きで好きで、だから心配性なの、ばあちゃんのこともいつも心配してくれて電話してくれるし、何かしら理由をつけて美味しいお菓子を送ってくれるし、本当に優しいのよ。本当は元気な顔を見るのが一番嬉しいけど、恥ずかしがり屋だから神は…」
………
マキ「…はい、神さんは、…優し過ぎるぐらい優しくて可愛い人です。確かに心配性で怒鳴ることもあるけど、〝私〟も、百目鬼事務所で働くみんなも知ってます。神さんが不器用で大声だけど、とても世話焼きで優しい人だって。
神さんこないだ言ってました。おばあちゃんとおじいちゃんのおかげだって。優しくも厳しく、そして決して見放さないで世話焼いてくれた2人がいたから、今があるって。神さんはお二人にとても感謝してて、とても大好きなんだって。それに、お父さんが再婚して出来た新しいお母さんや兄弟たちにも。こんな自分なのにうるさいくらい懐いてくれて、こっちは潰しちゃうんじゃないかって怖かったけど、大きくなって就職や結婚でみんな離れて暮らしてるのに、写真が届くこととか、甥っ子や姪っ子に囲まれてることとか、とても幸せだって、家族が大事だって、神さんとても嬉しそうに〝私〟にアルバムを開きながら話してくれました」
アルバムに貼ってある一枚一枚の思い出を…
重ねる年月と同じように1ページ1ページ大事にゆっくり…
マキ「みんなとアルバムを開きながら思い出を共有して、お母さんと兄弟と本当の家族になっていったって。嬉しそうに聞かせてくれました」
そうして家族になったからと…
僕とも思い出を共有したいとアルバム見せてくれて…
僕のアルバムも見た神さん…
僕と家族になりたいと言ってくれた神さん…
祖母「あぁ…、なんて嬉しいこと言ってくれるのかね…、ばあちゃんもうハンカチがぐしょぐしょだよ」
泣いてるおばあちゃんと、その後ろで僕の話を聞いてた蘭さん。
蘭さんは、アルバムの話を聞いたあたりから、驚いたように涙を溜めて色んな感情と思い出に襲われたように、その表情は眉間にしわを寄せ、困ったように葛藤していた。
おばあちゃんは、僕の手を握りながら何度も何度とお礼を言う。そして、神さんに早く起きなさいと言いながら、また僕にお礼を言っていた。
祖母「こんないいお嫁さんがいるのに…神たら全く…、あぁ…でも良かった、良かった…、マキちゃんありがとうね…、ッッ…」
何度も何度も頷いていたおばあちゃんが、なんだか胸を押さえるようにうずくまってしまい、僕と蘭さんは慌てて声をかける。
マキ「!!」
蘭「おばあちゃん!」
僕はすぐさまナースコールを押し、蘭さんはおばあちゃんの背中をさする。
おばあちゃんは、笑顔を浮かべながら大丈夫だと言っていたが、顔色が悪い。
祖母「大丈夫、神のお嫁さん見たら、安心しちゃって…、ちょっと疲れてるのを思い出しただけよ…」
すぐに看護婦さんが来てくれて、付き添い用の組み立てパイプベッドに横にしてもらった。
おばあちゃんの心労は相当だろう。
神さんを子供の頃から育ての親として接してきたんだ、可愛い孫だけど、息子も同然。
お医者様に診てもらい、休めば大丈夫だと言われた時、同じく疲労で疲れ切ってる蘭さんが泣きそうになってた。
蘭さんを元気付けてあげたいけど、今の僕が声をかけるのは逆効果だろう。
もう、退院まで神さんに会わないほうが、蘭さんたちにはいいのかもしれない…。
今は、蘭さんたち家族のことのほうが心配だ。
蘭「…………マキさん」
マキ「ッ、はい」
おばあちゃんが眠りにつくと、蘭さんが静かに僕の名前を呼ぶ。
重苦しい空気が漂う中、「少し廊下でお話が…」と言われ、おばあちゃんを起こさないように、2人で静かに病室からぬけだした。
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