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梅雨入り
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六月に入り、雨に打たれ地面が色を変える姿をよく見かけるようになった。
朝に見たニュースでは、各地域の梅雨入りが記入されたボードをキャスターが掲げ、梅雨時期の注意点などを何点か視聴者に伝えていた。
草間洋介(くさまようすけ)は、雨の気配を感じとり黒板に向けていた目線を外へ向ける。
お昼を過ぎた辺りから雲行きは怪しく、朝に見た天気予報でも降水確率80パーセントと言っていたので、もうそろそろ振りだすのではないかと思っていたところだ。
雨足はだんだんと強くなり、この分じゃあ下校時刻には止み上がりそうに無いな。と洋介は考える。
洋介は雨がそんなに嫌いではない。クラスの女子などは髪が崩れる、服が濡れるなどの文句も多いが、彼は雨が沢山降った後の洗浄された空気が好きだし。水が地面を絶え間なく打つ音とか、雨水が川の様に流れていく姿を見ていると、一体これからどこまで流れていくんだろうか、いつかの授業で用水施設の見学に行ったときに習ったように、流れ流れていつかは俺の元に帰ってきたりするんだろうか。と考え出したら止まらなくなる。
そして、洋介の雨が好きな理由がもう一つある。
それは、このクラスで彼が一番気にかけ、無意識に目で追ってしまう存在である露木涼(つゆきりょう)が、雨が降る度に洋介と同じように外を眺めているからだ。
時には雨音に耳を傾けどこか心地よさそうな雰囲気を醸し出す露木のそんな姿を見かけるたび、彼は今いったい何を考えているのだろうか。彼も雨が好きな人なのだろうか。と自分との共通点を垣間見た気分になった。
洋介が露木を意識しだしたのは、丁度一年くらい前だろうか。
2人は、その年晴れて高校へ入学し、それぞれに友をつくり新しい生活を送っていた。
中学も別々で、高校でのクラスも違っていたため、この時お互いに認識はしておらず、もしかすると廊下で何度かすれ違ったことがあるかもしれないが、それは木の葉が横を過ぎていく程度のさして気にすることのない物だった。
けれどある日を境に、洋介は露木の存在を特別な、沢山の人間の中から色をつけたような存在に感じるようになっていた。
あの時もたしか、梅雨入りしたばかりで雨がザアザアと降り、帰宅中の生徒達の靴や鞄をぬらしていた。
洋平も帰路につこうと、上履きを履き替え玄関口まで足を進めていた。外を見ると生徒達の広げたカラフルな傘があちらこちらにあり、何かのアートみたいだな。と思った事を覚えている。
自分もその中に加わろうと、持ってきていた傘を広げようとした瞬間、ある人物が目の端に写り洋介の手は止まった。その人物こそ露木涼だった。
露木は足を進めるでもなく、戻すでもなくそこにつったていた。
洋介は彼を一瞥し、あることに気づく。手には傘は握られておらず、彼の目線はまっすぐ正面へ向けられていて、その目線をたどると、そこにはひと組のカップルと思わしき男女が仲良く肩を並べ相合傘をして帰っているようだ。彼はそんな二人をじっと見ている。
何か、あったのだろうか?と洋介は少し気にかけた。けれど、何があったににせよ洋介には関係のないことだ。
しかし、この雨の中、傘を持ち合わせていないとは可哀想な奴だ。けれど俺も置き傘があるわけではないし、生憎だが手持ちの傘はこの一本だけ。どうしようもない。
洋介はそんな事を思いながら、止めていた手の動きを再開し傘を開いた。
傘を開く瞬間というのは洋介の好きな瞬間の一つだ。手に伝わる振動や、留め具が勢い良くストップする音を聞くと、一つの動作をやりとげた気分になり、ほんの少しの達成感がうまれる。
傘を開いた瞬間に紛れ、気になったのでもう一度、露木の方へ目線を向けてみる。その時、彼の顔を見て洋介の手はまた動きを止める羽目になった。
泣いてる?洋介はそう思った。
まっすぐそのカップルに向けられた瞳は少し潤んでいるようにも見えた。
しかし、よくよく見てみるとそんなことはなく。泣いているように見えたのは洋介の気のせいだったようだ。
彼の瞳には涙は溜まっていない。泣いているように見えたのは、彼の表情のせいだろう。特に見た感じではどこにも違和感はないが、仮面の裏には悲しみがへばりついているようで。仮面の隙間からその悲しみが少しずつ漏れ出てしまっている。洋介は仮面の奥のその表情を見た気がした。
洋介としてはそんなに熱い視線を送っていたつもりは無いのだが、彼は洋介の視線に気がついたようで、ふと洋介の方へ顔を向ける。
目があってすぐ、露木は気まずそうに視線をそらした。
洋介はそのまま立ち去ろうと思った、わけありな人間をあまりジロジロ見るのもどうかと思ったからだ。
しかし、露木が少し考える素振りをみせ、またこちらへ視線を戻したため立ち去ることは叶わなかった。
露木は二度目の目線が合うことを確認すると、もう一度カップルを見やり、誰に言うでもなくぼそっと「失恋した」とつぶやいた。
誰に言うでもなく呟かれた言葉はしっかりと洋介の耳に届いていて、洋介は何と反応したものか困る。
取り敢えず洋介もカップルのほうへ目線をやる。
2人とも中々に良い容姿をしている。
さぞかし周りからはお似合いのカップルだとはやしたてられたことだろう。
洋介は男女のうち女の方に意識をむける。
モデルばりにスタイルがいいというわけではないが、平均的な身長に等身のバランスも良く、着る服には困ったことは無さそうな体型だ。髪型も女性的でロングに伸ばされた髪は雨のためか無造作に一つに結われている。綺麗めな顔立ちのせいか、その無造作感に微かな色気がある。大概の男なら言い寄られて悪い気分にはならないであろう。何人かの男は自分から言い寄っていくだろう。少数の男は本気で惚れてしまうだろう。そういった感じの女だ。洋介としてはそのどれにも当てはまりそうにはないのだが、洋介と距離をとって隣にいる彼は、どれかに当てはまってしまったのだろう。彼も端麗な容姿をしているが、いかんせん競争率が高かった。辛いだろうが諦める他ない。
洋介は少し考え
「残念だったな。綺麗な子だもんな」と言った。
「本当にな」と露木は乾いた笑いを含ませて言った。
洋平が見る露木の顔は今にも泣いてしまいそうだった。
それだけ言葉をかわしたあと、雨が降りしきる中、洋介は露木を傘に入れるでもなく、ジブリ作品の名シーンのように傘を渡して走り帰るでもなく。
まるで何事もなかったかのように、彼を置いて歩きだした。
罪悪感のような気持ちはあった。しかし、一人残されることを彼も望んでいるように感じた。どんな状況であれ、手を差し伸べること全てが善とは限らない。一人を好む洋介はそのことをよく理解していた。
梅雨も明け、何日かの月日が過ぎた。それからというもの、洋介は校内の廊下で朝礼で食堂で露木を見かけるたびに、あの雨の日に失恋してた奴。といった感じに露木のことをみるようになった。どこからか情報が入り、彼の名前が露木涼だということも判明した。
一方、露木は洋介のことなど全く覚えていない様で、彼の中では洋介は今だ沢山の人間の中の一人に過ぎなかった。それも仕方のない事だ、あの時彼は一杯一杯だったに違いない。分厚い仮面越しに見た男の顔など覚えていなくて当たり前だ。
洋介は露木を見かける度に考える。彼はちゃんと立ち直れたのだろうかと。
雨が降りしきる厳しい環境の中、咲き誇った花は綺麗に散ることが出来たのだろうか。花は散るからにこそ美しい。露木が咲かせた彼女への思いが、綺麗に枯れ、美しい思い出となっていればよい。
そのような事を考えながら、洋介は露木を無意識に目で追うようになった。
二人はこの関係を新学期が始まるまで続ける事となる。
二人は、というより洋介は。といった方が正しいだろうか。
何せ、露木にとってはあの雨の日も、あれから一年立った今も洋介への関心は変わらない。
新学期に入り二人は二年に進級した、洋介と露木は同じクラスになった。そのことについて、クラス表を見た洋介は特に何も気にしなかった。
洋介が驚いたのは、新しいクラスに入り、あの時のカップルが今も仲良く咲き誇り、お互いに同じクラスになったことを喜び合っている姿を見た時だった。
二人の姿を見かけてすぐに、洋介は露木の姿をさがそうとした。だか、露木は探すまでもなく、すぐに見つかった。露木はあの二人のそばで笑っていた、それが心からの笑顔なのかは洋介には判断できなかったが、露木が二人に「良かったじゃん、クラス同んなじになって」と話しかける姿はどうにも痛々しく感じた。
教室が一緒になり、あのカップルと露木がよく一緒にいるところを見かける。カップルについては、男は和田孝志(わだたかし)女は村上香織(むらかみかおり)といった。この高校で和田と村上は知り合い、わずか三ヶ月足らずでお互いに好意を抱き、付き合うことになったということだ。
そして、露木は和田と小学校からの付き合いらしい。二人の友情は深い、切っても切れない縁というのがそこにあった。
残酷なものだな。と洋介は思う。好きな女が友達と、しかも親友と言ってもいい仲の友と、うまくいってしまったのだから。その上、同じ箱の中に入れられてしまった。いくら目や耳をふさいだところでなんの意味もない場所だ。
露木涼とは、つくづく可哀想な奴だ。見ている洋介の方まで胸が傷んでくるほどだ。
早く新しい出会いでも彼に訪れないものか。と洋介は考える。
しかし、露木と同じ教室になり、毎日といっていいほど彼のことを見ていると驚くべき真実が発覚されることになる。
そのことに洋介は、しばらく気づかなかった。いや、もしかしたらそうなのかもしれない。という気配は、露木の表情や態度で感じることができたのだが、なかなか断言することが難しかった。
しかし、露木を見るたびにその「もしかしたら」や「まさか」といった疑問が強くなる。
露木は異性である村上ではなく、同性である和田のことが好きなのではないか。という疑問が、確信に変わるのにそう時間はかからなかった。
同性愛者という人たちがいることはしっている、それについては何とも思ったことはなかった。
ただこんな身近に、しかも露木がそうかもしれないとは。やはり俺の気のせいなのでは。と洋介は何度も考え直した。
しかし、洋介が露木を見る時、彼は殆んどといっていいくらい、和田の方を見ている。和田に何かしら褒められたり、頼りにされたりした時は何とも言えないような嬉しそうな顔をする。一方、和田と村上が、歯の浮きそうなセリフを言い合い幸せそうにしている場面に立ち会うと、今にも泣いてしまうのではないか、というような笑顔をみせる。
露木は和田のことが好きなのだ、もちろん恋愛感情として。
この時から、洋介は露木のことを更に興味深い対象として見るようになった。
露木の傷ついた顔を見るたび、そんな顔するくらいなら好きにならなければいいのに。と思った。
たまに、和田の言動にイライラする時もあった。何でこんな無神経な奴に好意を持てるのかと、露木にさえ苛立ちを感じた。
露木の事を見ているうちに洋介は考えるようになった。恋愛とはなんなのだろうと。
露木は何故、同性である和田のことが好きなんだろうと。
洋介は今まで恋愛感情という意味合いで人を好きになったことがない。可愛い女の子がいれば可愛いと思うし、AVなどを観て自慰行為だってする。しかし、それと恋愛はまた別ということも知っている。
洋介にとって恋愛とは脳の錯覚のようなものなのではないか、という考えがある。だから、好きになる相手は選べるものだと思っている。考え方一つで嫌いになることだってできると思っている。
だから、障害のある恋を望んでするような奴らは、そういう悲恋に溺れたいが故その道を選んでいると思っている。でなければわざわざ、最初から叶わないと分かっている恋なんてしない。
露木も無意識に悲恋を望んでいるのだろうか。
けれど、悲恋を望むにしても、あまりにも辛過ぎる。
よくわからない。と洋介は思う。露木の気持ちも、恋心というものも。
洋介は今まで、恋心を抱いたことも、恋愛について真剣に考えたことがなかったのでそれも仕方のないことだった。
ただ、男でも女でもいいから、露木が今度はちゃんと叶う恋愛をすればいいと洋介は思った。
その考えだけは、露木が村上を好きだろうが、和田を好きであろうが変わらなかった。
彼には余り辛い思いをして欲しくないな。と洋介は思っていた。
そんな思いを重ねながら、露木と洋介が始めてあった雨の日から一年経った。
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