アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
勘弁(大輝サイド)
-
薄い壁の聞こえの良さを気にした事なんてなかった。
片隣の部屋には最近急速に距離の縮んだ隣人がいて、もう片方の隣には誰もいない。そんなもので、上も下ももしかしたら壁というより、天井や床も薄いかもしれないけれど、もうそれは互いが承知のものであって、黙認しているものであって。
五月蝿さなんて気にもとめずに、ただたまに、「ああ、誰か来てんのかな」とか。その程度にしか受け止める事のないものだった。
「・・・」
けれど、物音1つが気になるようになった。
「・・・」
何となしにそちらに視線がいくようになった。
「・・・はあ」
あの真っ白な壁のその向こうが。
その向こうにいる誰かの事が。
急速に距離の縮まった隣人に、俺は昨日告白してしまったわけで。
気まずいにも程がある上、何よりラ○ンに既読すらつかないことは今の俺にとっては重たい重たい事実なわけで。
苦しいのは胸と喉。それから痛いのは心だった。
「なんで言っちまったかなあ」
ぼんやりとつぶやいた独り言。最近では一緒に自分の部屋で過ごす事も増えていたせいか、こう言った小さなぼやきに「あー?なんてー?」とか言って、言い返してくる相手がいたのだが今はそれもいやしない。
違和感など別にないが、虚しさは少し残っている。
本原拓也は、生真面目で神経質だが、友達に気を遣い、目を配り、それでいて面倒見の良い友達だ。
沢野大地は、おちゃらけていてノリがよく、それでいて悩み事をゆっくりと聞いて、色んな事を一緒に考えてくれる良い友達だ。
救馬も、馬鹿だけれど友達想いのいい友達で。宇田っちは、少しクールというか冷たくて怖い所もあるけれど、なんだかんだ誰よりも皆の調子ってものを見てくれているから、体調不良とかはすぐに気がついてくれる、良い友達だ。
日向だって、俺ががんばると決めた事ならなんでも応援してくれる良い友達。
良い友達。
「・・・」
西浦恋は、
「・・・・」
本当に明るい。
真っ暗な、良く分からないところの底の底にいた俺を照らして、明るくて楽しくて、先の見える所に引っ張り上げてくれた。
無理はしないでいいのだと教えてくれた存在で、背負っていたものを下ろしていいとわからせてくれた存在で。
俺にとっては、恩人にすら近い。
それを、
重たく捕らえて、宗教のように崇拝するわけじゃない。それは友達の域を、おかしな方向で越えてしまっている。そうではなくて、ただ、出会えて良かったと想ったんだ。恋で良かった。俺の隣、アイツの部屋に引っ越して来てくれたのが、恋で良かったって。
「・・それだけだった筈なんだけどなあ」
変わったのは、その後だ。
考えてみれば俺は、明るくて気が利いて、色んな、下らない事だって馬鹿笑いしながらも真剣に話せる様な子がタイプだった。
昔から。
「・・あー、」
つまりは恋が、ドストライクだった訳だ。
「うー・・・」
うなだれながらベッドに上がり、そのままゴロンと横になる。
バイトは終わった。今は午後7時で、恋とはかれこれ12時間以上会っていない。避けられている?と想ったが、それもどうなのかわからない。
アイツにだってバイトとか、バンドの関係とかがある。俺以外に使う時間なんてもともと多いのだから、仕方がない。
ただ昨日のあの会話のあと、なんて呼びかけても答えてくれなくなった薄い壁が気になっていた。連絡しても反応がないのだって、気になっていた。
謝るのは、おかしいと想って。だってそれは告白した俺自身に対しても失礼な上、告白された恋にも失礼だからだ。だから、謝るとか、前言撤回とか、そういうのはしたくない。俺だって現に、フラれたと言っても、恋と友達をやめる気はないわけだ。できたらこのまま、友達・・・それかもう、恋が嫌ならどこかへ行ってしまった方が良いのだろうか。
(それは何だか、嫌だなあ)
逃げるようで。
いや、違う。
何だか、そういうのは、したくない。
だって恋は、友人としての俺は好きでいてくれている筈だ。
だから、
(俺 は 、誰からも逃げたくない)
そう思うのだ。
「でもやっぱ、ちょっと・・・ちょっとキツいな〜〜〜〜!!」
このまま喋ってくれなかったらどうしたらいい。
いや、恋に限ってそんな事はないとは想うのだが。
(沢野でも誘って飲みに行こうかなあ)
グル、と起き上がってすぐそこのテーブルの上にあるスマホへと手を伸ばす。あと数センチでその冷たい画面に指先が届くと言う瞬間。
「大輝—————!!!!」
「おわッ!?!!」
聞き覚えのありすぎる。そして同時に、この12時間ともっとという長い間、聞きたくてたまらなかった声が玄関のドアの向こうから響いてきた。
「れ、恋・・・?」
「大輝———!!いるんだろー!!開けろよー!!聞こえてんのかよー!!」
バンバンバンバンバン!!!
たたき壊されそうな勢いでドアが鳴る。壁が薄いと言うのを忘れてやいないかと昨日言って来たのは当の本人だった筈なのだが、あちらこそ覚えていないのか衝撃音がこだましていた。
急いで立上がるなり、「うるせーって!やめろって!」と言いながらドアに近づく自分は、ほんの少しほっとしていて、それでいて少し、よくわからないが期待すらしている。
「やっぱ俺も大輝のこと好きだわ!」
なんてことになったらいい、なんて。甘ったるい考えを引きずりながら玄関に向かい、ガチャリと鍵を開けてドアを押し開き、目の前の赤い頭を見つけた。
「恋、おま、何してんの!?超うっせーんだけど!!」
「風呂!!」
「は?」
「風呂壊れたって!大家さんが!今そこで会ってさー!なあ銭湯行こうぜ!銭湯!!」
「せ、え?」
「おら行くぞー!大輝だってバイトで疲れてんだろー!汗流しにいこうぜー!」
「ちょっと待ったちょっと待った、」
風呂が?壊れている?
いや、それよりも。散々連絡がないなと想ったり、散々避けられていたらどうしようかと悩んでいたその相手が、何故か昨日のことなどプツンと忘れたかの様な顔をして俺の目の前にいる。何より、銭湯に行こうと言っている。
昨日自分に告白して思い切りフった相手に裸の付き合いをしろと言っている。
(色々と無理だろーーーー!!!!)
「あのさあ、恋くん、落ち着いて考えてみ、」
「早くしろよー!!」
「・・・」
しかも恋、酔ってない・・?
考えてみれば、喋るたびに酒臭さが漂う。
完全に飲んで来た帰りだが、それにしても時間が早い。べろんべろんになるほどに、何を考えて飲んだんだか。しかも、こんな早くから。
「れ、」
「あ、俺お風呂セット持ってないじゃん!大輝も持ってこいよー!5分な、5分!5分後にもっかいここ集合で銭湯いくぞー!」
「いや、だ、大体銭湯なんてこの近くには、」
「大家さんがあるって言ってたから大丈夫だって!場所聞いといたし!意外と近かったし!じゃ、5分後なーー!」
「あ・・・!!」
まるで自分勝手に行動しているあたり、やはり完全に酔いが回っているらしい。
恋はブンブンと俺に手を振りながら、ニタニタと笑った顔をそのままに自分の部屋へと一旦消えていく。
「・・・って、待てよ・・待ってくれよ・・」
銭湯。
今の俺の頭の中にはそのやばさしか浮かんでいない。銭湯。ということはやはり裸の付き合いになるだろう。裸・・裸!?
「俺、昨日お前に告白したじゃん・・覚えてねーの?・・俺、お前で抜けるって事なんですけど・・」
ガタン、と肩を落とす。重い。重たい。なんてこった。
恋が服を脱ぐ所から再び服を着直すところまでずっと傍にいないといけないという訳で、それはもうなんて言うか、今の俺にとっては生き地獄も同然という話であるわけで。
「恋のバカ野郎ぉおーー・・・」
それはそれは、男としては苦しくて悲しい状況な訳で。
(マオ著)
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
45 / 49