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恋心(大輝サイド)
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シュルシュルと布の擦れる音が響く。
平日の夜。銭湯に来る人数はきっと、休日よりも少ないだろう。初めて来る事になった古くからある近所の銭湯は未だに男湯と女湯の境に番頭が座り、そこで金勘定をしている。
「・・・」
「銭湯とか久々だな〜!前に一回だけ行った事あるんだぜ〜俺!」
恋は、隣で超ご機嫌状態だった。
俺はというと、やはり脱衣所で脱衣し始めている恋に視線を送る訳にも行かず、出来る限りそっぽを向いて自分の服を脱ぎ始めているのだが、ことごとく、このシュル、シュル、という衣擦れの音が気になって仕方がなかった。
(脱いでる・・隣で恋が脱いでる・・あああ、やべー、本当にやべーどうしよう)
俺は、恋が好きになった。
好きになってしまっていた。
そして、昨日フラれた今日、まだまだ、好きでいる。
どうしようもなく変えられない事実と、久々すぎるギトギトと五月蝿い心臓の音は違和感だらけで。ああ、そういえばここのところ、そういう心拍を感じていなかったのだなと振り返った。
千田がいなくなってから。
俺はアイツに恋をしている気でいて、恋をしていなかった。友情はまだあるかと聞かれれば、それはまだあるのかもしれない。もし、アイツが戻って来て、謝ってくれたとしたら。今度はちゃんと、俺自身も下心なしで、千田と付き合えそうな気がするのだ。それは、一、友人として。
何故なら今はもう、こう言っては簡単に人を好きになるように想うかもしれないが。または、こう言っては俺が簡単に恋する相手を変えるように聞こえるかもしれないが。今はもう、恋が俺の恋の相手になっているからだ。
千田の名前を思い出すよりも。
比べるべきではないのは知っているけれど、区別をつけるのだとしたら。
アイツの声を思い出すよりも。アイツの笑顔を思い出すよりも。
今、恋といる。
それが俺をドキドキさせるし、俺は「今」を感じていたいと想うようにすらなった。
(・・・だから、)
だから、正直に言ってしまえば襲ってしまいそうな気さえしているこの修羅場をどうくぐり抜けるかがとてつもなく大きな問題になっている。
(恋の野郎本気で俺が告白した事忘れてんだろーー!!)
体の中心に集まりそうになる熱を何とか振り払う。沢野と本原とふざけてやった、本原の妹の持っている乙女ゲームの内容を思い出してみたり。頭の中で庄司と喧嘩してみたり。この、「今」という状況を誤摩化そうと必死すぎて、中々、恋との会話の内容も頭に入って来ないでいた。
「なーーーー!!大輝聞いてるーー!?」
浴場は広々というよりもは少し窮屈に想えるかもしれない。最近よくできているスーパー銭湯とかいうものとは違って、昔ながらの銭湯はやはり少しではあるがこじんまりしていた。
カタカナの書いてある風呂桶にお湯をためながら頭を洗い、体を洗い。その間ずっと、目を瞑るか自分の足元を見て恋の声を聞く。そうでもしないと、なんて言うか・・勃ちそうだ。
「っ・・聞いてる聞いてる!えーと、庄司が何だっけ?」
「あー?!全然聞いてねえじゃん!それさっき話し終わったって!今話してたのは古賀のこと!やっぱ大輝のこと気に入らねーとか言って騒いでてさー!」
あ、オガくんね。オガくんのことね。
ざばーっと体にまとわりついた泡を一気に洗い流し、恋を待たずにさっさと風呂に向かう。「待てよ大輝ー!」とか言いながら、後ろでも同じようにざばーという音。俺を追いかけてくる、ぺちぺちという水音を含んだ足音。それが追いつく前に、さっさと風呂に体を沈めた。
(これで少しは、落ち着きそうだ)
そのまま目を瞑った。
どうせ恋の事だから、前なんか隠さずにこっちに来ているんだろう。
(見たら負ける・・見たらダメだ絶対に、絶対に、勃つから・・!!)
そう考えている自分だが、想ってしまえば昨日あたりにもはや恋の裸は一度拝んでいる。乳首の色だって鮮明に覚えているし、肌の白さだって脳裏に焼き付けてある。
(ッ・・・お、思い出すのも禁止・・・!!)
ただ、それを思い出すのも、恋の裸はどんなかな、なんて想像するのもやはりダメだ。体に悪過ぎて、俺には刺激的過ぎてとんでもない。
「・・・あれ?なあ、大輝」
「んー・・?」
グっと目を閉じたまま、お湯につかって。風呂の淵に両腕を乗せ、その上に顎を置いて息をつく。
その瞬間、
スル
「ッッッぎ・・!!!」
背中に、細い指が何かをなぞるように触れた。
「な、何だよ恋!!」
バッと振り向いたその先には、不思議そうにこちらを見上げている恋がいる。
「ッ・・・!!」
うっすらと、お湯のなかの乳首も。その真っ白な肌までも見えてしまった。
まずい、と想った反射で、バッと今度は元の体勢に戻る。更に恋が背中に触れてくるものだから、何が何だかわからないのと、それから、何だか変な気分になって来た。
「これなに?」
「ど、どれ・・・」
「この傷」
「・・・え?」
傷、と言われて一瞬考え込んだ。
背中の傷・・ああ、そうか。
「あー・・あのー・・昔、事故って・・そんときの傷がまだ残ってんの」
「事故?!へえー・・痛かっただろ、こんないっぱい・・」
「っ、!!!」
スルスル、スルスル。
撫で回されているかのように指が背中が動き回る。確かに、背中にはかなりの傷が無数にあるのは覚えているが、それをわざわざなぞられた事なんてのはなかった。
(手つき・・え、えろい、ん、ですけど・・)
「生きてて良かったなあ・・かなりの事故だろ、これ・・何したんだ?」
「えーと。」
さっきのハイテンションはどこへやら、今度は泣きそうな顔をしながら俺の背中に必死に触れている恋。
顔が見える程度にチラリと振り返った先にいるのは、お湯に濡れた髪をオールバックにしている、いつもと少し違う雰囲気の隣人だ。
「あー・・のー・・」
「ここのもか?」
「は?」
次に触れられたのは二の腕だった。
そこにも確かに、縫い合わせた痕がある。
「いや、あの・・・」
だがそれは事故の傷ではなかった。
違う、なのだが、恋はまた「痛そうだ」と言って撫でていく。
「・・・・・」
誘われているんじゃないか、なんて。薄々の期待を抱く自分はなんて不純なんだろうか。恋はただたんに、初めてちゃんと見た俺の体の傷をいたわってくれているだけなのに。
「あのー、恋くん・・」
「ん?」
「その背中の傷は、中学の時に・・その、ほら、俺昔荒れてただろ?そん時に、暴走族狩りやってさあ」
「・・暴走族狩り?」
「そーそー。暴走族の総長叩いて喧嘩売って壊滅させるっていうゲームを友達としてて、それでそのー、たまたまバイク乗れる友達がいて・・調子乗って二人乗りしながら喧嘩売ってたら、その・・事故って」
「・・はあ!?なにその馬鹿な理由!!俺今すげーしんみりしちゃったじゃん!!え、なに!?じゃあこっちの腕のはなに!?他の傷となんかちょっと違うから、手術の痕か何かかと想ってたんだけど!!」
「あ、それは手術のやつ・・」
「やっぱそうか!え・・で、これはどういうやつ?」
「それは・・」
「?」
グル、と覗き込んでくる恋の顔から逃げるように、また俺はそっぽを向いた。
「それはー・・あのー・・昔の彼女の、」
「喧嘩したときに負った傷!?」
「いや・・昔の彼女の名前を刺青して・・別れたから、消しただけ・・」
「・・・・・」
肩に乗った恋の手が、握力を込めて俺の肩を掴む。
「いてててててて!!」
「心配してたんだぜ、今、俺」
「ごめんて!!でも考えてみろよ!恋が勝手に想像してただけで俺嘘ついてなかったし!!」
「そういう問題じゃねえだろ!!もっと親からもらった体大事にしろよなー!!くっっっっだらねえ理由ばっかでこんな傷だらけにしてさー!!」
「若かったんだよ!!いいだろ別に!人には色々あんの!」
「別によくねえ!俺の傍にいるんだからもうそういう無茶させねえからな!!」
いつの間にか、向き合いながら怒鳴り合っている。
「俺の傍にいるって言ったって!お前!昨日俺の事フっただろうが!!別に特別な何かとかじゃ、!」
「・・・そ、れは、」
「あっ・・」
口を滑らせた。にしては唐突で、いや、そういうものかのかもしれないが。
あんまりにも突然で、成り行きで。お互いがお互いの顔を見て停止する。
(やばい・・)
気まずい。ああ、また苦しい。
みるみる内に、恋の顔が先程の超ご機嫌でもなく、怒鳴っていた時の顔でもなく。どこか気まずそうで、恥ずかしそうで、迷惑そうな。そんな表情に変わっていってしまった。
「・・・いや、あの、い、いいんだけどな。友達って話しだろ?だから、いいんだけど・・」
「・・・・・」
「・・・」
浴場には、誰もいなかった。
脱衣所には数人の影が見えたが、もう帰るところのようだ。
「・・夢じゃ、ないんだ」
恋は小さく、ボソリとそう言った。
「・・夢にしないでよ、頼むから」
それがどこか、切なくなった。
「・・っていうか!!また大声で言ったな!!」
「え?」
「女湯に聞こえるだろうが!!バカ野郎!!」
「あっ・・!!」
忘れていた。
女湯と男湯の間にある壁は背は高いのだが、天井には届いていない。つまりは、お互いの声やお湯の音は響き合っていて、丸聞こえだ。
「忘れてた・・!」
「忘れてたじゃねえだろ!」
恋は耳まで真っ赤にしながらこちらを睨み上げている。
(あー、可愛い・・)
それすら見惚れるほどで、俺はもう、本当に重傷なんだなと再確認するハメになった。
「・・あー、もう、悪かったって。俺もうあがるわ」
「・・・」
ザバン、と音をたてて浴場から脱衣所へ向かう。
女湯からは、誰の声も、音も、響いてはこなかった。
「・・大輝」
ぴた、と。やけにリアルな感触。
それが手首に巻き付いて、俺の動きを止めてくる。
この手は知っている。先程背中に触れていた。何度か繋いだ事のある、恋の手だ。
「なに」
「何で、さっきから俺の方見ねえの」
響かない様な、小さな声。
俺にだけ聞こえる様な声だった。
「・・・好きな子の裸なんか、見れる訳ないでしょ」
「・・・・」
「俺、男なんで。男だけど、男の恋が好きなんで。だから、今、恋の事見たら、多分なんか・・ヤバい事しそう」
「や、ヤバいって・・」
「いや、んー・・わかんねえけど。抑えられるかわかんねえし・・だから、今はそっち向きたくない」
「・・・」
スルン、と腕が離れていく。
酔っていたのも、ああ、そうか。俺のせいだったのかもしれない。とふと思った。
(恋だって、わかんねえよな)
俺が、フラレてどう恋に接して良いかわからなかったように。
恋だって、フった俺にどう接していいかわからなかっただろう。
友達のままでいられるのか、いられないのか。普通に話せるのか、俺が、今、自分をどう思っているのか。
とか。
そういうの。
「・・ん、」
「?」
体を横に向けて、腕を伸ばす。最初に触れたのは、恋の頬。横目で、ぼんやりと確認できる範囲で恋の赤い髪まで腕をあげ、ぽん、と頭の上に手を置いた。
無論、そっちを直視しているわけじゃない。直視したら、多分ダメなのだ。
「ごめんな、恋」
「・・・」
「普通に銭湯来たかっただろうし、普通に楽しく風呂入りたかっただろうし。でも俺、今、ほんとにお前のこと好きなんだ」
ぽん、ぽん、と頭を撫でる。
お湯で濡れていた髪は、冷たくなって、少し乾いて来ていた。
「近場で済まそうなんて想った訳じゃないよ。恋だったから好きになった。恋だから、好きだ」
顔を見て言えないのは、凄く残念で。
なんでこんな裸のまま、俺はまたお前に告白してんのかもよくわからない。
お笑いぐさな場面な気もする。でも俺は全力でしかなくて、本気でしかなかった。
「だから、勘弁して」
俺の顔だって、多分真っ赤だろう。
それだけ言うと手を離し、そのまま脱衣所に戻る。
俺が着替え終わる頃に、やっと恋が脱衣所に入って来た。
それと同時にまた視線をそっぽに向けて、備え付けのドライヤーを手に取って髪を乾かした。
「・・俺は、友達でいたい」
ボソリと聞こえた恋の声は、別段、暗いわけではなかった。
「・・俺は、恋人になりたい」
友達以上、恋人未満。
そんな、不確かなものではなく。
(マオ著)
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