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無駄
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平日の夜。
初めて来る事になった古くからある近所の銭湯は未だに男湯と女湯の境に番頭が座り、そこで金勘定をしている。今日はいつもよりも人が少ないのか、俺たち以外はおじさんが2、3人いるだけだった。
「銭湯とか久々だな〜!前に一回だけ行った事あるんだぜ〜俺!」
俺は終始ハイテンションで、すこしも意識してないような素ぶりで大輝に話しかけている。
なのに大輝は一向に俺の方を見ようとしない。
好きだから?俺のことが?
だからこっちみないの?変な意識しないように?
だけど俺は男だし、ついてるものも大輝とおなじだし、興奮材料になるとは全然思えない。
愛と付き合ってたときだって、愛の裸を見たぐらいじゃ興奮なんかしなかった。あいつの裸はまあ、マネキンか?ってぐらい美しかったから現実味がなさすぎて機械的だったからかもしれないけど、何より俺はゲイじゃない。大輝も男が好きだったって聞いたけど、それは男が好きだったんじゃなくて、その人が好きだったんだと思う。たぶんゲイじゃないのは大輝もそう。
さっさと脱いで、身にまとっていた服を全部銭湯独特のロッカーに放り込みながら、タオルを首にかける。
あんまり馴染みのない銭湯にちょっと楽しくなってきた。
浴場は広々というよりかは、昔ながらの銭湯だからか、こじんまりしていた。
体を洗いながら、庄司くんの話をしたり宮内のはなしをしたりするんだけど、大輝はやっぱりこっちをみない。俯いてテキトーに相槌をうってくる。
「んでさ、今日聞いたんだけど古賀がさぁ、夜な夜なしこしこしこしこやってるらしいんだよ。わかるよ?しこしこしこしこやりてぇ気持ちは分かるんだけどさぁ、庄司くんと同居してんじゃん?あいつ。庄司くんが寝てる横でしこしこしこしこやってんだって!」
「…………」
「なのにあいつさー、いっちょ前にお前のこと嫌いなんだぜ?ウケる!」
「………………」
「なーーーー!!大輝聞いてるーー!?」
「っ…聞いてる聞いてる!えーと、庄司が何だっけ?」
「あー?!全然聞いてねえじゃん!それさっき話し終わったって!今話してたのは古賀のこと!やっぱ大輝のこと気に入らねーとか言って騒いでてさー!」
ざばーっと体にまとわりついた泡を一気に洗い流した大輝は、俺を待ってもくれず、さっさと風呂に向かっていってしまった。
なんなんだよー。せっかく楽しくすごそうとしてんのに。
せっかく………。
「待てよ大輝ー!」
そういって俺も同じように体をながし、大輝を追いかける。大輝の後につづいて、浴槽に体を沈めた。家の風呂よりちょっと熱いぐらいの温度に、体が休まるのを感じた。
それと同時に、すこしの寂しさが襲ってくる。
俺がどんなに昨日より前の関係に戻そうとしてももう無理なんだろう。そんなことわかっていたけど、こうするしか自分にはできなかったことにまた嫌気がさす。
すこし黙ってぼんやりと、風呂の淵に両腕をのせてその上に顎をおいている大輝の背中をみつめた。
でかい背中だな、俺と同じ男のはずなのにこんなに体格って違うもんなんだな。
俺はさ、今日、どうしたらよかった?
これが間違いだったことはなんとなくわかるんだ。
でも正解はわかんないんだよな。
急にハイテンションの魔法がとけて、考えても無駄なことが頭をかけめぐっていく。
大輝の背中にむけて、「ごめんな」と、口にだそうとして近づくと、
「………あれ?なあ、大輝」
「んー…………?ッッッぎ……!!!」
大輝の背中に傷をみつけた。
小さい傷じゃない、大きくて痛そうな傷だ。しかも一つじゃない。無数にあるそれはだいぶと薄くなっているから、遠目からじゃわからなかった。気がつけば、それを労わるようにソッとなぞっていた。
「な、何だよ恋!!」
バッと振り向く大輝をじっと見つめる。
「ッ…………!!」
一瞬目が合ったのに、すぐにまた逸らされてしまった。
だけど俺はそれを気に止めることもなく。ただただ一つの疑問と、心配が心を支配していた。
「これなに?」
「ど、どれ………」
「この傷」
「………え?」
「あー………あのー………昔、事故って………そんときの傷がまだ残ってんの」
「事故?!へえー…………痛かっただろ、こんないっぱい………」
ぎゅうっと、胸の奥が絞られたような痛み。
心配、という言葉が何より正しい痛み。
その傷をひとつひとつ確かめるようになでていく。
「っ、!!!」
「生きてて良かったなあ………かなりの事故だろ、これ……何したんだ?」
「えーと。あー………のー……」
「ここのもか?」
よく見ると傷は背中だけじゃない。
二の腕にもでかいのがあって、それは確かに縫い合わせた跡だった。
「痛そう」
二の腕の傷にも指でふれる。
どんな事故にあったら、こんなひどい怪我をするんだよ。
出会った時からそうだったけど、大輝はちょっと危なっかしくて不安にさせる。
俺と出会う前の傷だから俺が知らないのも当然だけど、すこしビックリした。それから、怖くなった。
生きててよかった。
強くそう思う。
「いや、あの…………あのー、恋くん…」
「ん?」
しんみりと大輝の傷に触れていると、大輝は心底言いづらそうに口をもごもごさせる。
なんだよ? と返すと小さいため息をついて語り出す。
「その背中の傷は、中学の時に、その、ほら、俺昔荒れてただろ?そん時に、暴走族狩りやってさあ」
「…暴走族狩り?」
「そーそー。暴走族の総長叩いて喧嘩売って壊滅させるっていうゲームを友達としてて、それでそのー、たまたまバイク乗れる友達がいて……調子乗って二人乗りしながら喧嘩売ってたら、その……事故って」
「……はあ!?」
呆れた!!!!!!!!!
スゲーーー心配したのに!理由がくだらなさすぎてさっきまでの自分がもはや恥ずかしいぐらい呆れた!
「なにその馬鹿な理由!!俺今すげーしんみりしちゃったじゃん!!」
その気持ちをそのまま大輝にぶつけると、大輝はすこし申し訳なさそうに頬をかいた。
勢いはそのまま、大輝の二の腕の傷に指を指す。
「え、なに!?じゃあこっちの腕のはなに!?他の傷となんかちょっと違うから、手術の痕か何かかと想ってたんだけど!!」
「あ、それは手術のやつ…」
「やっぱそうか!え………で、これはどういうやつ?」
グル、と覗き込んで大輝の顔をみると、またそっぽを向かれてしまった。そしてさっきよりも言いづらそうに続ける。
「それはー……あのー……昔の彼女の、」
「喧嘩したときに負った傷!?」
「いや………昔の彼女の名前を刺青して……別れたから、消しただけ……」
「………………」
大輝の肩に乗せていた手に握力を込めて強く強く握ってやる。
あんなに心配したのに!クソくだらねえ!ばっかじゃねーーの!?
「いてててててて!!」
「心配してたんだぜ、今、俺」
さらにさらに力をこめて、大輝をお湯の中に沈める勢いで下に下に押し込む。
俺の心配した時間をかえせ!ばか!
「ごめんて!!でも考えてみろよ!恋が勝手に想像してただけで俺嘘ついてなかったし!!」
「そういう問題じゃねえだろ!!もっと親からもらった体大事にしろよなー!!くっっっっだらねえ理由ばっかでこんな傷だらけにしてさー!!」
「若かったんだよ!!いいだろ別に!人には色々あんの!」
「別によくねえ!俺の傍にいるんだからもうそういう無茶させねえからな!!」
いつの間にか、向き合いながら怒鳴り合っている。
あれ、なんかいつも通りじゃね?なんておもいながらギャーギャー言い争う。はー心配して損した!
って安心したのもつかの間。
失言大賞受賞、西浦恋くん。おめでとうございます。
先にハッとしたのは俺、
気づかずに失言を軌道にのせてしまったのは大輝。
「俺の傍にいるって言ったって!お前!昨日俺の事フっただろうが!!別に特別な何かとかじゃ、!」
「………そ、れは、」
「あっ…………」
口を滑らせた。
って顔してるけど、ちがう。
誘発したのは俺、口を滑らせたのは俺。
あんまりにも突然起きてしまった、目をそらしたくてしかたなかった問題との対面。
お互いがお互いの顔を見て停止する。
ぽちゃん、と水の響く音がして、静まり返った浴室内に気まずい雰囲気が覆う。
ああどうしよう。
ほんとサイテイ。
なにが?俺が。だれが?大輝が。
もう嫌だ、何にも考えたくない。
何にも考えたくなくて逃げて持ち帰って吐き出して、ここになにしにきたんだっけ。
そうそう、ここにはソレとぶつかり合ってまた友達になりましょうって言いたくて、態度で示したくて。なのにほらまた中途半端なことをしてしまった。
大輝の顔に、焦りと、期待と、恥と、照れに隠れたすこしの疲れが見える。
なんとも言えないその表情が全てを物語っているように思えた。
「………いや、あの、い、いいんだけどな。友達って話しだろ?だから、いいんだけど……」
「………………」
なにも自分の耳に届く気がしない。
どうしよう、なんて言おう、うまく言えない。
この気持ちをどう形容したらいい。
「…………」
大輝といて、初めて沈黙が痛いとおもった。
幸い浴場にはだれもいなくて、だからこんな言い争いもできるんだけど、いや、どうせ俺らのことだから誰かいた所で同じことをやってたかもしんないけど。だけど。
ああ、もーーー。
「…………夢じゃ、ないんだ」
ぽろりと口から溢れたのは、そんなクソつまんない言葉だった。
「…夢にしないでよ、頼むから」
それに返ってきた言葉は、俺たちに見合わないほど痛いもので、噛み締めた奥歯がじんじんとする。
「…っていうか!!また大声で言ったな!!」
「え?」
「女湯に聞こえるだろうが!!バカ野郎!!」
「あっ………!!忘れてた………!」
「忘れてたじゃねえだろ!」
一気に火照ってきた。きっと顔まで赤いだろう。何たってここは湯船、まじアツいしそろそろあがらないとのぼせそうだ。
…それだけが理由じゃないのもわかっているけど、あえて言わなくてもわかってもらいたい。
「………あー、もう、悪かったって。俺もうあがるわ」
ザバン、と音をたてて浴場から脱衣所へ向かおうとする大輝を、俺はまた意識的に追いかけた。
「…………大輝」
そしてまた意識的に伸ばした手が、大輝を引き止める。
「なに」
「何で、さっきから俺の方見ねえの」
自分の声が酷く小さく、よわっちく聞こえた。
大輝にはもっと顕著に、そう聞こえているんだろう。
「………好きな子の裸なんか、見れる訳ないでしょ」
「……………」
そしてハッとする。
好きな子の裸を見れない、って、その一言がぼやけていた輪郭をしっかりと描いた。
冗談にしてほしかった感情をくっきりと、はっきりと恋だと言われたような気がした。
男同士だからとか、同じもんがついてるからとか、関係ないんだ。そうだよな。好きな人の裸なんて、普通平気で見れないよな。
特に男だったらそんなもんだよな。
いつからか忘れてしまったその感情。
愛に感じることがなかったその感情。
愛に対して、恋なんて、これっぽっちもしていなかったのだと浮き彫りになった、俺の罪の証拠。
「俺、男なんで。男だけど、男の恋が好きなんで。だから、今、恋の事見たら、多分なんか………ヤバい事しそう」
「や、ヤバいって………」
「いや、んー………わかんねえけど。抑えられるかわかんねえし………だから、今はそっち向きたくない」
「…………」
するりと、自分の手が大輝から離れる。
それは恐怖でも嫌悪でもなく、ただただ、自分のしてきたことへの懺悔と、後悔で。
どくん、どくん。
やけに心は、心臓の音はゆっくりで、なのに鼓膜の裏に張り付いたみたいにこびりついて、でかい音で威嚇してくる。
いけませんよ、と。
これ以上間違えてはだめですよ、と。
まるで警報のように。
「…………ん」
大輝の腕が伸びてきて、でかい掌が俺の頬にふれた。そのまま撫でるようにあがっていく手は、ぽん、と頭の上に乗る。
大輝はそれでもこっちを見ない。
横目で、俺の頭の上に乗せた自分の手を見ている。
「ごめんな、恋」
「…………」
「普通に銭湯来たかっただろうし、普通に楽しく風呂入りたかっただろうし。」
ほんとだよ、ばか。
こんな風になりたくなかったよ。
お前にとって一番気のおける友達でいたかったよ。
「でも俺、今、ほんとにお前のこと好きなんだ」
ぽん、ぽん、と頭を撫でてくる。
その手つきの優しさと不器用さに、目頭がすこしだけ熱くなったから俯いた。
「近場で済まそうなんて想った訳じゃないよ。恋だったから好きになった。恋だから、好きだ」
そんなことを、俺に言うんじゃねーよ!
もっと可愛い女に言え!
お前にお似合いの女に言え!
俺みたいなバカに、俺みたいな前科持ちに、そんな真剣な声で言ってんじゃねーよバカ!
そう言いたくて仕方ないのに、大輝の顔がみるみるうちに赤くなっていくから、言葉を飲み込んでしまう。
「だから、勘弁して」
だからやめろ、やめろやめろ、ばか。ばか。
困ったようにそんなこと言われたら、ほんとになにも、言えなくなるじゃんか。
それだけ言うと俺の頭の上から手を離し、そのまま脱衣所に戻っていってしまった。
俺はその場で立ち尽くして、冷えた体も気にならないぐらい内側から熱くなっていた。
なあ大輝。
俺、なんていったらいいかわかんねぇけど。
俺がまた間違えたことだけはわかったよ。
愛と付き合っていた時の愚かな俺より、今の俺は遥かにずるい。
はぐらかそうとした。なかったことにしようとした。
だって、どうしても、もう間違えるわけにはいかなかったから。
しばらくして脱衣所にむかうと、大輝は髪を乾かそうとしていた。
やはりこっちは見ない。そうだよな。
だってお前、俺を好きなんだもんな。
それがホンモノの恋なら。
「………俺は、友達でいたい」
わからないうちは。
はっきりとお前の存在が俺にとっての何か、わからないうちは。
「………俺は、恋人になりたい」
友達以上、恋人未満。
そんな、不確かなものしか受け入れられない。
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