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18歳以上ですか?
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東京
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西浦という苗字の家系に生まれておいて、恋と書いてレンと読む中二病全開の名前を付けられた。それは今から18年ほど前の話だけど、もし過去に戻れて生まれたての俺が喋れたら「お願いだから!!頼むから!!普通の名前にしてください!一捻りとか要らないんで!」って懇願する。
そんな俺、今日、今さっき、つーか四時間前に、18年間連れ添った幼馴染であり親友であり家族同然だと思っていた恋人に〜〜〜フられました!!!
ついでにいうと、その幼馴染と一緒に暮らす予定だったもんだから、一緒にこの地を踏むことになるんだろーなぁとか、思ってました!!はい!!が、しかし!!フられました!二人で暮らす心構えだったのに、突然一人暮らし宣告下されちゃったわけで、俺超困ってる!
だって愛のために愛の受かった大学の近くのアパートを借りたんだぜ?わざわざ。それなのにその肝心の愛はいない。家賃とかぜーんぶどーすんだよ!今頃並愛で泣いてるんだろうか。いや、そんなことはねーな、だってあいつ俺に「バイバイ」つったもんなーーーーー!!!
…………はあ。
空元気だよ、完全に。
まだ鼻の奥が重い、瞼だって腫れてる気がする、柄にも無く泣いたりしたからだ。泣かされた。マジであの男、今度会ったらぶっ飛ばしてやる。
悲しみを怒りに変えなければやってらんねーよ!ふん、もうしらねしーらね!!しらねーぞ!バカ!愛!
美咲ちゃんからのラインに「愛はどうしてる?」と返したら「愛ちゃんの心配はしないで、恋ちゃんは恋ちゃんの夢をがんばってね」とハートつきで帰ってきた。……美咲ちゃん、そりゃねぇよ…。泣き散らかしたら腹が減ってきたから、美咲ちゃんから渡された袋の中のクリームパンを取り出して、ちょっと恨みながら食った。相変わらず美味いし。もっさもっさ。…うん、でも、二人で分けて食えたらもっと美味しかったかも、なんて。
東京駅。
並愛にはない景色、並愛ではない場所、隣に大切にしていた人はいない。
(…ひとり、か)
心細くもあり。
悲しくもあり。
この現状を数時間で吹っ切れるほど、俺のメンタルは強くない。
ダメだな、俺は多分、頼られたかったんだ。愛に縋られることが支えだった。今更気づいても、あいつは俺の手を離したんだから遅いし。バイバイって言った、バイバイって。
それはもう、俺とは関わらない道を選ぶってことだろう。
じわり、また涙が溢れそうだった。ぐっと唇を噛みしめる。
お前が、選んだ道に、俺がいないということは想定外だったよ。
お前は俺がいなきゃなんにもできないとばかり、思っていたよ。
憎たらしいほどの晴天だった。
東京駅から少し離れた地に、アパートを借りた。そのアパートを二人並んで見に行ったし、ベッドはここ、冷蔵庫はここ、って、家具を置く場所を話しながら未来を見ていたあの頃を思い出す。…ぜってぇ、お前と決めた家具の配置はしねぇ。
お前がその気なら、俺だってお前を忘れて生きてやる。
18年間ありがとう、さようなら、それすら言わせて貰えなかった。それすら言えないまま、唐突に別れを告げられた。
あきらめられないわけじゃない、納得がいかないだけだ。
あんな自分勝手な男、もう知らねぇ。
幸せになって、ザマーミロって言ってやる。お前が俺の手を離したから、俺は今こんなに幸せだって胸を張ってやる。傷つけられたぶん、傷つけてやる。そんな感情はあるのに、それより「俺が居ない世界で愛が笑って生きれるのか」というのが、なにより気がかりだった。
俺のお人好し、バカ、でも当然だろ。
ずっと一緒だったんだから。
振り向けば綺麗な顔が、必ず微笑んでくれていたんだから。
あの、心地よい温もりはここにはない。冷えた東京、冷えたこの街、俺は夢を掴む。うん、そうだ、そのためにきた。
あいつのことで悩んではいられない。どれほど悩んでも、もう戻れないのだから。
軽い荷物、ギターの重みだけが右肩にかかる。ぎゅう、とにぎって、ポケットからスマホを取り出した。48%まで充電の減ったその画面を眺める。
連絡先を立ち上げて、木ノ下愛、の電話番号に電話をかけた。『この電話番号は現在使われておりません』と、感情のない声が耳に響く。
。
、
終わったんだな。本当に。
こんな風に、終わらせたんだな。お前はさ。
瞼を閉じた。まだ鮮明に覚えてる愛の顔を記憶から消すように、ふぅ、と息を吐く。
「ありがと、さよなら。またどこかで」
届かない俺の言葉。
もう届かないのだから、この番号も必要ないだろう。
連絡先から木ノ下愛を消した。
ラインからも、消した。
消した。
こんなに脆い関係だったんだ。
電話が繋がらない、居場所がわからない、ただそれだけで切れてしまうような糸だった。俺たちの信頼関係なんてものは、結局そんなものだった。それに、悩んで泣いて、苦しんで、もがいた。終わった、から。もういい。終わったから。全部。
そのまま、庄司くんの電話番号に電話をかけた。まだ、二人で選んだあの部屋に行く決心がつかない。
ぷるるる、ぷるるる、ぷるるる、
『はぁーーいーー、なんやー、東京着いたんけー?』
「東京駅のドトールに居るから迎えにきて、今すぐ!よろしくー!」
『はぁ?何で俺が、あっ、ちょ、古賀!コラ!』
『恋くん!?こっち着いたんさー?!どこ?俺行くよ!』
『ボケコラ古賀ァ!!重いねんどけや!おい!聞いてんのか!』
「相変わらずだなあんたらも。東京駅のドトール、早くきてよ。」
『了解さー!ほら、文くん支度して!恋くん迎えにい…』ぶちり。
相変わらずの、二人。
羨ましいけど、俺は二人になんて言おう。愛は事情があってこれなかった?とか?はは、…嘘つく理由もねぇな。
ドトールでカフェオレを頼んだ。喫煙席に座って、かちり。タバコに火をつける。
白い息を吐き出して、ぼんやりとこれからのことを考えていた。
ああ、とりあえず、お隣さんに渡すモノを買いにいかなきゃなぁ。…タオルとかでいいか。
とか、できるだけ、愛とは関係のないことを。
一時間もしないうちに、庄司くんと古賀ちゃんが迎えにきてくれた。宮内は?ときくと、宮内は今晩、東京につくと言う。俺のほうが一足先にこっちに来ていたのか、というと、やっぱり空気の読めない古賀が「王子様はどうしたんさ?」なんて聞いてくる。それを聞いた庄司くんが、さも興味なんてないですよ、といった顔をして「ほなメシいこかー」と話をぶった切った。助かる、こういう時に、庄司くんはいつも助けてくれる。
夜の八時すぎまで適当に時間を潰していると、宮内からラインがきた。宮内もこっちに着いたらしいので、東京駅で合流、俺より荷物の少ない宮内は、俺を見るなり「ああ、やっぱりね」と言った。…うちのメンバーは、察しのいいやつばっかりだな。苦笑、そしたら庄司くんが「今日はGact集結ってことで飲みあかそかー」と、居酒屋まで連れて行ってくれた。
飲んだし食べた。特に語ることはない。Gactじゃないバンドで一年間がんばった話とか、庄司くんと古賀の関係が濃いものになってた話とか、そんなことを語りながら。
庄司くんも、宮内も、なにも聞いては来なかったけれど、話しておこうと思った。酔いつぶれて机に伏せている古賀を横目に。愛のことを。
タバコの灰を落としながら、庄司くんも宮内も静かに聞いてくれた。
「ふぅん、大変だね。」「食費減ってよかったやん、あ、家賃は増えるかー」
と、俺の気持ちの核心からズレたことを言いながらも、話を聞いてくれただけで、少し心が救われた。
「まあ、お腹減ったらたまにご飯食べさせてあげるよ」
「さっすが宮内!たのむわ!」
「寝床困ったらとめたるわ、たまにな!」
「わーい、じゃあ今日とめて、庄司くん!ついでに明日引越しの手伝いして欲しいなー」
「調子のんなよボケ!何時や!夕方か!夕方しか無理やで!」
「手伝ってくれんのかよ!はは、じゃあ夕方頼む」
仲間と居ると、大丈夫。
ほら、俺、愛がいなくても大丈夫。
こうやって笑って、メシが食えるぐらいには。平気だ。
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