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準備
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「大輝さぁ。今日なんも予定ねぇって言ってたよな?」
パチン、と箸を蓮華の沈んだラーメン鉢に置いて、大輝に問いかける。こくりと頷いた金色の頭が視界の端に見えた。
「引っ越し、手伝ってよ」
「いいけど、まだ終わってねーの?」
「…いろいろあって、荷物が今日届くんだよなー。」
そういえば、だ。
実家から荷物を送るとき、愛のものも一緒に送ろうぜ、っていったら、「まだ支度済んでないから、俺は別送するよ」と言っていた。そのときはこんなことになるなんてカケラほども思ってなかったわけだから、「ふーん、早く支度すませろよ」なんて、なんの疑いもなく信じ込んだ。あいつ、支度してるふりしてたんだな、と今更になって気づく。その時からすでに、あいつは俺と離れる決心をしてたわけだ。俺になんの相談もなく!あーイラッ!イラッとするわー!!!
俺は、愛と荷物の整理を一緒にするために、荷物が届く日を一日遅らせた。始めから初日は庄司くんとこにでも転がり込むつもりでいたし、もうなんなら愛とラブホとかでもいいかなとか、そんな呑気なことを考えていた結果がこれ。イラッ!やっぱイラッとするよな!?イラッ、イラッ
「恋?なに?チャーシューでも喉に詰まった?」
「バカヤローちげーよ!夕方、庄司くんも来てくれるからさー、デカイのいたら助かるわ!冷蔵庫あたりよろしく〜」
「それは業者の仕事だろ!って!え、庄司ってこっち来てんの?!」
「はーー???何言ってんだよ、去年の春先から庄司くんはこっちに住んでるっつーの!連絡とってなかったわけ?」
「…俺も俺で忙しかったから、あのチビのことなんて記憶から消えてたんだよ!!へー庄司もこっちにいんのか…うわ、つまりあれか?恋が隣に越してきたってことは、あれだな?庄司ともこれから関わることが多くなるってことでつまり…財布が危ない」
「はははっ!たしかに、それは否定しねーけど、今は古賀がいるから被害は薄いんじゃねー?」
古賀、バカだからきっと庄司くんに上手いこと丸められてバカみたいに貢いでるに違いないし。その姿を想像したら余計に笑えてきた。
食休みをしたら、大輝が立ち上がる。俺も立ち上がって、会計を済ました大輝に「ごちそーさまでした!」というと、「はあい」と、機嫌の良さそうな返事が返ってきた。
しかし。
「アンタやっぱその身なり変!次の休み、一緒に美容院いこーぜ。」
「なんで一緒に!?」
「んー?俺もそろそろ髪切りてーし」
「ってか、恋のその赤い髪どうなってんの?根元は黒いってことは地毛じゃねぇんだ?」
「ったりまえだろ!どこの日本人が赤毛で生まれてくるんだよ!」
くだらない話をしながら帰り道を歩く。腹がいっぱいだー、安いラーメンだったけどなかなか美味かったなー。
かん、かん、かん、と、アパートの階段を登ると、俺の家の前に庄司くんが立っていた。…?
庄司くん、なんか縮んだ?いや、そんなことはないはずなんだけど異様に小さくみえる。
あ、そっか、今日一日一緒にいた大輝がめちゃくちゃデカイからか!と、納得したとき、庄司くんのキツイ目がこちらを向いた。
「!?壁!!!?」
「ぶはっ!!!」
「一年ぶりの旧友に向かって壁とはなんだ!壁とは!」
「え、どちらさん?恋の知り合いちゃうんけ…って。よーみたらお前、ミヤか!?なんやその田舎のヤンキーみたいな身なりは!」
「あはは!あは、あはは!!だよなー?似合ってねーよなー??」
「なんだこのバンドは。俺をそんなに傷つけたいのか。」
極端に小さい庄司くんと、極端にデカイ大輝が並ぶと、まるで大人と子供だ。二人がぎゃーぎゃーいいあってるのをみて、また噴き出す。
「東京来たのに、並愛に居るみてー!」
どうにも、懐かしい顔ぶれなのに懐かしさをあまり感じない。ブーブーっとケツポケットにつっこんでいたスマホが鳴り響いた。それは引越し業者からの電話で、もうすぐウチに着くらしい。
「もう業者くるって言うから部屋のドア開けとくわ、だからそこどいて」
ぎゃーぎゃー言い合いをしている二人の間を割って、またケツポケットにつっこんでいた鍵をとりだして鍵穴にぶち込んだ。
「………え。」
ら、突然大輝が静かになる。
「?大輝?」
「え、いや、隣って…そっち…?」
さっきまでの笑顔はどこへやら。引きつったその顔は、何かにビビってるようにも見えた。
「あー、…まじか」と、ぽりぽり、傷んだ金色の髪を掻きながら、なんとも言えない顔をしている大輝の後ろに業者の人が見えた。庄司くんは特にそんな大輝にツッコミをいれるわけでもなく「あー!この部屋ですー!」と、声を張る。
「恋、ごめんちょっと急用思い出した!すまん!まじ!今度シャレオツな店でシャレオツなもん奢るから許して!」
「え、あ、おい!大輝!?」
荷物を抱えた業者の人とすれ違うように、アパートの階段を下りていく大輝、いやいきなりどこいくんだよ!急用とか超嘘っぽいんだけど!
呼び止めようとしたら、庄司くんの手のひらに口を塞がれた。
「古賀呼ぶし、急用行かせたりー」
と。目が語っている。「ほっといてやれ」と。
ふぅ、とため息をついて、俺は業者さんを案内した。彼らが運んできた荷物は、やっぱり俺のものだけだった。
ごめん、もしかしたら、後からこの部屋に来るんじゃないかって、ちょっと思ってた。愛の分の荷物もとどいたら、仕方ないなーっていいながら片付けておいてやろうとか、思ってたけど。
そんなわけねーよなぁ。
大きい家具を配置する。愛と話し合った配置とは真逆に。ビリビリとダンボールを止めていたガムテープを剥がして、袋から小物、CD、ポスターまで、全部一気に片付けた。
大輝が戻ってくる気配はないけれど、その代わりに古賀がやって来てくれた。さっきまで宮内の引越しの片付けを手伝っていたそうだが、恐ろしいほど荷物が無かったらしく一瞬で終わったんだとか。宮内はバイトの面接だとかでこっちには手伝いに来れないらしいけど、気持ちだけでありがたい。
びり
びり、
びり
びり、
ダンボールに張り付いたガムテープを開ける音が響く。
「恋くん、これ、どこに置く?」
と、古賀が俺に見せつけたのは、
愛の、香水だった。
混じってたんだ、俺の荷物に。
よりによって、香水。
よりによって、匂いを思い出してしまうような、それ。
あー、よりによって、しかも、それは俺が毎年、愛の誕生日にあげていた香水。
あー。ほんと、よりによって。
「それ要らねーから捨てといてー」
「なんで?まだ半分も使ってないさ?」
「うん、いいんだよ。香水新しいの買うし。」
顔が引きつってはいないだろうか。
古賀の持っている香水を指さして、ゴミ袋にゴーサイン。
「もったいないことするなあ、ほな俺がもらうわ」
古賀の手の中から、庄司くんが香水を奪う。
「…………庄司くん…」
昨日、説明したはずだろ…。困った顔をしたら「いや、もうこれ俺のもんやし」と言われた。
もう、あなたの優しさが少し痛い。
まさか香水がまじってるとは思わなかった。それ以外は特別変わったこともなく、引越しは完全に完了。
お礼に庄司くんと古賀にメシをご馳走することにした。この辺、全然詳しくないけど適当な居酒屋で焼き鳥をたらふく食った。あー生活が、はじまる。
ここで、生活が、はじまるんだなぁー。
そういえば、大輝。どうしちゃったんだろう、いきなり顔色、悪くなったけど。俺が部屋に戻る頃には、部屋に帰ってきてるだろうか。
そんな心配をしながら、グラスに入ったカシスオレンジをぐいっと飲み干した。
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