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脳裏
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愛情は恋になり得ないのなら、なんだったら恋になって、なんだったら、こんなことにならずに済んだのだろう。
どうすればあの部屋で二人、穏やかに過ごせたんだろう。薄い壁の向こうにいる知り合いを、紹介したかった。大輝っていうんだ、すげー面白いやつでさー!と、そう言ったらきっと、昔の愛なら「俺も友達になりたいな」とか、言ったかな。
昔の、愛、なら。
なんて、そんなことばかり考えるもんだから、毎日毎日胸が、苦しい。
(気持ち悪い。俺。)
日を重ねるごとに変わっていく姿に、なんて言えば正解だったのか分からずに、放っておいて拗れた。そういえば、この首に手を掛けられた、容赦無く急所を押さえつけてきた。あの時愛のたいそう整った唇から放たれた言葉が、呪いのように纏わり付いて離れない。
「殺してあげようか。」
あの時の愛の顔が、声が、まだ、まだ、鮮明に思い浮かぶ。
あんな顔、させたのは俺だった。愛してるよと何度も言ってくれたのに、そういえば俺は一度も言ったことがなかったな、とか。付き合っていた時は気づきもしなかったことに、今更気づいて後悔ばかり。情けない、なにがヒーローだ、なにが道標だ、なにが、…なんで。納得のいかない結末が。ぐるぐる、もやもや、頭と胸と、心臓に纏わり付いて、ダサいなぁ、俺。
バイト、はじめないと生きていけないから。とりあえず働こうと思って、アパートの近くのカフェバーに履歴書を出した。即採用だった。安心したのもつかの間、そのカフェバーのすぐ近くに、愛の受かった名門大学が顔を覗かせていた。また、胸が痛い。きっと出勤するたびに愛を思い出して、全部ぐちゃぐちゃにしてやり直したくなるんだろう。
一度、口から出た言葉が二度となかったことにならないのと同じで、一度終わってしまった出来事はどれほど後悔しても、やり直しなどできない。わかって、いる。だから、あー、もう、だから、お前と恋人でいたことを、これ以上後悔したくないのに。気持ちと頭、上手く噛み合わなくて、くら、くら。くら、くら。
愛に言ったよな、いつかお前の曲つくるよなんてさ。今のままじゃ、悲しいラブソングになりそうだ。
ラブなんてなかったくせに。ラブソングは作れる。こんな俺だよ、相変わらず。こんな俺じゃ、ばいばいなんて言われても当然か。あの時、「じゃあお前のために曲つくって、次のライブで魅せるよ」とか、即答できなかったのはさ。俺がつまんねープライドを、お前にさ。感じていたからなんだよなぁ。
まだ、未熟なうちはダメ。だって俺は、愛のお手本なんだから。
なんて。はは、は、…はは。
誰があいつのお手本になれっていったのよ?
俺が勝手に思い込んで引きずりこんで、あいつをダメにしただけじゃねぇか。愛にとって、俺ってなんだったのかな。恋はヒーローだよ。って、いつもそう言っていた、お前は一体何を思っていたの?
最後まで、わからなかったな。
そのまま、終わってしまったな。たとえ18年連れ添っても、気持ちの一つもわからないんじゃ脆いものだ。18年、連れ添っても、新しい電話番号を知らないだけで、今どこでなにをしているか、大袈裟な話、生きているのかさえもわからないんだから、やっぱり関係なんてもんは、脆い。その癖に、情にはりついて離れないんだから、ズルイ。
いつまでも、いつまでも、あの唐突な別れが忘れられなくて、俺は、いつまでも、いつまでも、雁字搦めになって、いつまでも、いつまでも、水の合わない水槽にいれられた金魚みたいに、苦しいってもがいて、泡を吐いて、瞼を閉じる。そんなの、嫌だけど。
(一生そうなんだろうなぁ。)
一緒に暮らそうなんて約束をしておいて、俺を一人この地に送り出すような最強に最悪な男なのに、どうしてかな、一つも憎めなくてさ。それよりやっぱり、ずっと、心配してるよ。
ちゃんとご飯、食ってますか?
朝寝坊は、してませんか?
毎日俺を想って泣いては、いませんか?
返答はない。当然だけど。だってここに愛はいない。
ごろり、ベッドに横になる。かち、かち、かち、と、壁に掛けられたクソオシャレな時計がデカイ音をたてながら秒針を動かしている。もう寝ないとな、明日は朝からバイトだし。瞼の裏側、真っ黒なら安心して眠れるのに。
明日で10回目の出勤。怖い話だろ、もう、お前と別れたあの駅の、あの時の風の匂いも忘れてしまった。このまま、一緒に過ごした時間も忘れて、そのうちお前の顔も忘れて、あー、居たな、そんなやつも。なんて思う日がくるのかな。それでも、この蟠りだけは、解けてくれないんだろうな。
かち、かち、かち、かち。
隣人は今日は居ないのか、物音一つしない部屋の中。なんだかとてもたまらなくて、たまらなく、泣けてきて、どうしようもなくて、なんかもう、助けてほしくって。
眠れなくて、ベッドから這い出てギターを握る。
「すごいね」「恋の手は、魔法の手だな」って、そういって、王子様みたいな顔で何度もこの手にキスをしてくれた。 指の腹は硬くなっていて、綺麗だとはどうがんばっても言えない手を、愛おしそうに。
また思い出して嫌になる。生活のどこに行っても、愛がチラついて離れない。思い出して、嫌になるから、頼むよ、もう居なくなって、消えて、消して、お願いだから、殺して。
「殺してあげようか。」
あの言葉が耳の奥で反復する。
ああ、もう、そうしてくれ、許すから。殺してくれ、この記憶を、心を、全部断ち切って、ゼロになりたい。
錆びかかった弦をみつめる。あーあ、古賀にまた呆れられるのは嫌だな、その前に弦、張り替えよう。沈黙の部屋、寂しくてたまらないから音楽をかけた。この部屋の壁が薄いから、大輝のいる時にはちょっと遠慮してたり、も、する。でも今日、隣人はいない。出かけているんだろうか、物音一つ聞こえてこない。久々にコンポで聴くロックは、たまらなく気持ちいい。やっぱ音楽がすきだ、たまらなく、すきだ。なにより、すき、だ。だけどやっぱり。ぽっかり空いたこの空洞を埋めるには物足りない。
寂しい、と感じる暇もないほど、隣人に甘えっきりの生活をしていたのだな、と思いました。だって何時も明るい人間の傍にいれば、俺も明るくなれるから。そして、楽しいんだよ、これがまた。楽しいんだ、きっと人間として相性がいいんだろう。
本来もっと凹んだっていいはずの出来事も、大輝とバカやってたら日に日にその感情も薄れて行く。友達になれて、よかった。救われている、なんて勝手に思ってるんだ、俺。
だけど、だけど、俺は大輝のこと、なーんにも知らないんだよなぁ。
それなのに、毎日に色をくれる大輝に、俺はいつか、何かを返したい。
そんなことを、ほんの少しだけ思っていたりする。
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