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本心
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楽しかった。本当に心から、ずっと笑ってた。デートと称した遊園地だけじゃない。大輝と居る間は、愛のことを思い出さないようになっていた。そして、思い出さないことに救われている。衝撃の別れから、たったの二ヶ月。60日で、18年共に過ごした人間の顔は、声は、仕草は。朧気にしか思い出せなくなるものなのか。もしかしたら俺が薄情なだけなのか。それとも人間というものがそういう風に出来ているだけなのか。または周りの人間に救われて前を向けるようになったのか。…多分、全部が正しい答えだ。俺はたったの60日で、愛という人間を形どっていた全ての要素を鮮明に思い出せなくなるぐらいには…、恋をしていなかったんだろう。大切に思っていたのに。親友のように。愛していたのに。家族のように。…セックスをした。気持ちよけりゃなんだってよかったわけじゃない。俺は流されて「すきかも」を理由に「抱いてもいーよ」と口走った。だって、俺の男としてのハジメテは、これまた 告ってくれた女の子 に捧げてしまっていたから。俺にその気はなかった。恋なんて初めからしていなかった。だけど告られたときに大げさに喜んだ。まあまあ可愛い子だからいいか、付き合ってたら好きになっていくよな。なんて、そんな軽い気持ちから始めたお付き合い。デート、キス、ハグ、と、クリアしたらもうゴールは目の前にあった。好奇心、性欲、見栄、そんなものに勝てなくて、女の子の大事なハジメテも、俺の大事なハジメテも、なんのドラマもないまま捨ててしまった。…まあ、この手の話で自慢できるのが、童貞捨てたのがちょーっと人より早かった、ってことぐらいだから別に、いいんだけど。
そう、この別にいい、という思ってもないくせに思考を遮る言葉で、何度も間違った。出会って2ヶ月、3ヶ月で付き合って、別れて。そんな女の子と、18年支え合って生きてきた愛を、同じ受け皿に置いた俺が間違っていたんだ。まあいい、別にいい、すきかも、じゃあ付き合えばいい、キスして、セックスして、抱き合って、明日も一緒にいようね、ただその言葉だけを口にしておけばいい。……そんな、わけない。ほんと最低な、俺。自己嫌悪、いつも喉元に絡みつく。1人になると、いつもこうだ。
愛を形容していたものの記憶が薄れても、愛に対して感じる罪悪感や自分の軽率さを許せない感情は、日を追って重くなっていくばかりだ。底なし沼、まさにそれ。気が滅入る。発散したい。忘れたい。俺は悪くないって言われたい。撫でてほしい。ちがうの、ちがう、だって流された恋愛なんて誰だって経験するじゃん。それこそ、お互いほんとに惹かれあってて、好き合ってて、付き合う確率のほうが低いじゃん。告られて付き合ってみて、アリナシを考えるのはそんなに悪いことか?
ちがう、みんなやってるもん、俺だけが悪いんじゃない、ちがう、ちがう、許して、ほんとに、ごめん。
流されて始まる恋が悪いわけじゃない。流されて始まらなかった恋を隠し続けて、人を一人傷つけた。その事実が悪い。俺は悪いことをした。冷たい愛の手のひら、誰が握ってやるんだろう。本当は人見知りで自分の気持ちひとつもうまく言えないあいの心、誰が汲み取ってやるんだろう。それはもう、俺の仕事じゃない。
恋は義務なんだろうか。
愛は責任なんだろうか。
人と付き合うだけで、そんなに難しいこと、考えなきゃいけないんだろうか。
「はは。あったまいてー。」
電気の消えた部屋。大輝と晩飯食って、帰宅して。パチリ、玄関の電気を付けたら、オレンジ色の電気が廊下を照らした。ぎぃ…ッ、ばたん。部屋のドアが閉まる音を背中で聞きながら、ぼお、っと突っ立って、靴も脱がずに部屋を眺めた。
意味もなく。
1人で住むには少し広くて、2人で住むには少し狭い。そんなワンルームのアパートを、俺たちが選んだ理由はなんだっけ。寄り添いたいから?もっと理解したいから?愛しあいたいから?だけど、今この部屋に愛はいない。暗い部屋が嫌いになったのも、どう考えても愛のせいだ。必要の無い事まで考えて、気持ちがマイナスに向いて行く。だから嫌い、嫌い、この部屋は、嫌い。愛が「白いテーブルを置こうね」といった、この部屋が嫌だ。瞼を閉じたら、まだぼんやり、思い出せてしまう。そういって白い壁をさらりと撫でた愛のたいそう楽しそうな横顔を、思い出せてしまう。だから、愛がこの部屋にひょっこり帰ってくるんじゃないかって、まだそんなこと、思ってて。そんなはず、ないのに。電話すら繋がらないのに、何処で何をやってるのかも分からないのに、…期待ばかりさせられた、この部屋が、嫌いだ。じわ、と涙で情景がボヤける。きったない部屋、俺の部屋。ドギツイ色の小物が散らばった部屋。赤いギターだけが、俺の帰りを待ってるような。部屋。
愛の面影の残るものはみんな嫌いになっていく。苦しいと思う感情が芽生えるのが嫌でしかたないから。なのに愛のことは忘れていく。もう俺、どうしちゃったんだろう。それから、どうしたいんだろう。なにをどうしたら、ちゃんと息ができるようになるのかなぁ。
「…ただいま。」
ぽつり、呟いてみても。返事なんてあるはずがない。軽く鼻でため息を逃す。手を使うことなくスリッポンを脱ぎ捨てて、ずかずかと部屋に入って、散らかった服を踏まないように気をつけて歩いた。
ぎし、マットの柔らかいベッドに腰を下ろしてズボンを脱ぐ。今朝方脱ぎ捨てた寝巻きにしているTシャツを掴んで、それに着替える。ぐったり、後ろの壁にもたれようとしたら、思っていたより壁が遠くにあって。ごん、と後頭部が壁にくっつくまで時間がかかった。向こう側が空洞だと知らせるような音。大輝、今の音聞いて、笑ってたりするかな。
迷惑なのはわかっていたけど、大輝というという存在に甘えて、なにも考えないように。意識を、この小さな部屋から、外の世界に。そうやって気を確かにもつようにしていた。
ただ、それだけならまだよかった。心の中でごめんを繰り返していればよかっただけだから。だけど、どうにも。宮崎大輝という人間には、それは通用しない。
楽しくて仕方ないんだよ、毎日。
薄情だよな、ほんとにさ。
わかってる、もっと自分を責めて償うべきなんだ。
わかってる、もっと痛い思いして愛に囚われて生きるべきなんだ。
なのにどうしようもなく、俺は、こうやってたまに愛のことを考えて、たまに自己嫌悪して、それで満足してしまっている。
俺を忘れて?
愛、ほんとに俺はお前を忘れていいのか?
それがお前の本心なのか?
お前がもしこの部屋に戻ってきたら、俺はお前をどう思うだろう。
よかった、また一緒にいられる、そう、思えるだろうか。
多分もう、無理だ。
割り切ってしまってる自分がいる。
もういいんじゃないかって、自分で自分を責めても自分で自分を許してしまう。
俺は間違った。間違ったことに気づいた。考えられるだけのことは考えた。だけど現状は動かない。愛は帰ってこない。今の現状は、大輝が一番近くにいることだ。
デカイ悲しみをうまく隠せない馬鹿。笑って過ごせるようになってきたのは最近のことだ。久々に会ったときの、あの廃れた姿が未だに思い出せる。それこそ、鮮明に。力のない目、威嚇するように開けられたピアスの数々と、金色の髪。似合ってなさすぎて、思い出しただけで笑えてしまう。
大輝は愛じゃない。
俺は大輝に、愛の姿を重ねているわけでも、愛を求めているわけでもない。なのに、大輝の隣が一番安心する。一番、心地いい。互いに背負ってるものが同等だから?傷の深さは他人には測れないけれど、きっと同じようなことで泣いてきたんだろう。
「さ、ん、ざんは、げんじょーで め、い、くのくずれためもと にらむなよ、かわいくねぇな、 なぁ、いま、なにおもってる? 馬鹿にしてんの、と、う、ぜ、ん、君よりだいじなギター、あの曲の、あのコード、夜中の三時になったら、この惨事も、…」
自分のバンドの曲を口ずさむ。そうだ、もう時期にライブがあって。練習しないと、明日はスタジオインだっけ、この曲のギター難しいんだよなぁ、気ぃ抜いたら走っちゃうし、ギター触って寝よう。むくり、と起き上がって、枕元にあるいつも使ってる赤いギターと別のギターを手に取った。アンプを繋がなければ音なんてたかが知れてる。手慣らしにじゃかじゃか適当に弾いて、もう一度さっきのフレーズを歌いながらギターをつける。まあ、歌うのは庄司くんなんだけど。
…ほら。すぐ。頭の中から愛のことを排除できるようになった。
俺は悔やんでいるのか、悔やんだふりをしているのか。俺はなにがしたいのか。どうなりたいのか。あいつはどうしてほしいのか。ほんとに、ほんとに、なぁほんとうに。
「わすれていいかなぁー」
忘れていいかな。もういいかな。
なんで、歌に合わせて感情を口にできるぐらい痛みは薄れてきてんのに、最後の糸が切れない?
未練があるわけじゃないだろ。
なんか、吹っ切れる可能性がほしい。そしたら前を向くだけじゃなくて、歩き出せるはず、だから。
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