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18歳以上ですか?
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印象
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「草野球!?聞いてないんだけど!!」
俺の声が晴天に響いた。
大輝に連れて来られたのは広いグラウンド横の土手の上。そこから見下ろした景色を見て、くらり。と、キタ。待って、ちょっと落ち着こう。なんで俺はここに連れて来られた?
熱くなれる遊びってこれ!?
土手の上から見えるのは、白いユニフォームに身を包んだ人たちと、赤いインナーを着ている人たち。みんなして試合をするためにストレッチをしてたりベンチに固まって雑談をしてたりする。唖然としていると、大輝の笑い声が耳に入ってきた。
「はははは、来ちまったからにはやってもらうぜ?」
「うげ〜………」
(まじかよ…)
死んだな。
明日の俺、全身筋肉痛で動けないかも。中学まではサッカー部だった。俺はどうにも、一度楽しいと思ったものはのめり込んでやるタイプらしく、サッカーもそりゃーもう、プロになってやる!ぐらいの意気込みでやってた気がする。ジャンパー膝とかいうのになってから辞めたけど、アレがなけりゃ今もサッカーを続けてただろうし。そんときに鍛えた筋肉は今もまあ、役に立つ。つってもアレだ、ちょっと女に「腹筋すごーい」とか言われる程度。俺程度の腹筋なんて、近頃じゃそこらへんにごろごろいるのに。まあ、そんなこんなで過度な練習ができなくなってから、サッカーから離れてギターを握るようになったから運動不足なわけで。もうサッカーやんねーしタバコ吸っちゃおーなんて気持ちでヤニに手ぇだして、肺活量ゼロのこのザマだ。うわぁ、…。まだ18歳、高校を卒業してほんのすこししか時間は立ってなくても、今の俺に休日に草野球をするほどの体力があるとは思えない。酒、タバコ、壊滅的な運動不足、エトセトラ。不健康生活のせいで明日の俺の死が見える。両手を頬に当てて、肉を下に引っ張るように大げさに慌ててみせる。
「ぎゃああマジか!!俺全然運動してないんだけど!!できっかな!!」
いやまじで。つーか野球のルールあんまりわかんねーよ!!ずる、ずる、顔面の肉を下に下に引っ張っていると、「お前こないだの遊園地でちょっと走ったくらいであれだったもんなあ」と、大輝が少し心配そうに言ってきた。ほんとだよ!と返してやりたかったけど、隣に立っている大輝の雰囲気がすこし、ぴりっとしているように思えて不安を飲み込む。
「ま、…こういうのもたまにはアリか。」
不安を前向きな言葉に置き換える。俺の言葉はどうやら大輝の耳に届いていないみたいだ。コンクリートの階段を下っていく大輝の後ろをついていくと、白いユニフォームを着た人達がわらわらと集まっているベンチに向う。その人たちは大輝の姿を見つけると、一瞬目を丸くして驚き、すぐに満面の笑みで大輝を出迎えた。
「おー!!大ちゃん!!」
「大ちゃん来てくれたー!!!」
すごく嬉しそうな顔をしたおじさんが大輝に飛びつくように抱きついて、背中を思いっきりバシバシたたきはじめた。大輝、今痛そうな顔して笑ってんのかな、と思うと笑えて。ぶっ、と噴き出しそうになるのを我慢するように手の甲で口元を抑える。
「久々だなー!元気してたかー!」
「めっちゃ元気ですよー。大分来てなくてすみません、色々忙しくて」
「いいよいいよ、大丈夫!今日来てくれたからね!うんうん!」
そんな会話をしてる二人は、仲のいい親戚かよ、って感じの雰囲気で。なーんか、俺場違いだよなぁと思いながら軽く辺りを見渡していた。
そして気づく。視線の痛さ。
今の俺の格好といえば、草野球をしに来た人間とは到底思えないような姿だ。首にかけたヘッドホン、トレーナーにスキニー、そんでパラブーツ。最悪なのが髪の色、超チェリー色、赤。あーこりゃヒデェわ、と苦笑せずにはいられない。おじさんと雑談を終えた大輝が手招きしたので、ひょこり、と顔を出した。
「長倉さん、こっち、今日からデビューの西浦恋。俺の友達」
「お、そーなの?また仲間が増えたなあ!良かったー!助かるよ、西浦くんだっけ?よろしくね!!」
長倉さん、と呼ばれたおじさんは、にこにこと目尻にシワが寄せて笑ってくれた。その顔に安堵して、変に緊張していた肩から力が抜ける。
「こちらこそよろしくお願いします!俺野球初心者なんですけど大丈夫ですかね?」
「大丈夫大丈夫!みーんな初心者みたいなもんだから!」
不安を口にすると大笑いが帰ってきた。なんだよかったー、といいながら長倉さんと握手をしていると、他のメンバーも寄って来てくれた。さっきと同様大雑把な自己紹介を済ませる。
「レンって、恋って漢字なの?珍しいなー」
「そーなんですよー!女みたいでしょ?」
「はは!だから髪赤いの?ハート色?」
「あ、それいい!これからそういう後付け設定でいこうかな?」
「あれ、違ったんだ?初めて見たときはビックリしたよー!ビックリしちゃってジロジロみてごめんねー」
「ああ、いいっすよ!俺もマジ格好しくじったなー!って思ってて!」
「大ちゃんが前に連れてきた子と全然タイプが違ったから驚いただけだよ!普段は何してる人?」
「俺バンドマンなんですよ、ギタリスト!ステージの上だったら今の数万倍かっこいいんで!」
わらわらと人が集まってきて、俺は質問攻めにあっていた。質問攻めは別にいいんだけど、長倉さんにちょっと呼び出されてる大輝が気になって、ちらっ、と視線を寄越してしまう。なんか、大輝、困ってる?焦ってる?そんな後ろ姿を見てしまったら、ちょっと心配だなぁ、なんて余計すぎるおせっかい。俺、ほんとこういうとこダメだと思う。なんだって首突っ込みたくなるところ。雑談に集中するべく、大輝の背中は頭の端の方に追いやった。
「恋くん、ユニフォームとか無いよね?着替えておいでよ、その格好じゃ野球は無理だよね?」
しばらく雑談をしていたら、メンバーの一人がそう提案してくれた。どうやら一式借りれるらしいので、俺は目を輝かせる。
「え!!!!俺もそれ着れるんですか!!マジ!?プロみてー!」
俺の大げさすぎる喜びように、みんなが笑ってくる。ちょっとまて、テンション上がるだろ!?だって、ユニフォームだぜ!?「なんでそんなに笑うんすか!?」というと「はいはい、嬉しいねぇ、嬉しいねぇ。じゃあロッカーまで案内するから着替えておいでー」と言われる。やばい、今の一瞬で末っ子ポジみたいになっちゃった!しまった!と思いながらも、ユニフォームの魅力にとりつかれてる俺は緩む口元を隠すこともせず、ロッカーのある場所まで連れて行ってもらった。
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「大輝ー!!すげーよ見て見て!!」
「あ?」
誰かのエナメルバッグの中につっこんであったユニフォームを着て、バッチリ帽子まで深くかぶってみた。 高校球児になったような気持ちになってスゲーテンションが上がっている。着替えて出てくると、いつのまにか長倉さんに解放されている大輝がグローブの具合を見ていたので、駆け寄って、「野球部が来てたやつとおんなじ!!」というと、笑われた。
「はははは!!赤い頭だと似合わねー!!」
「うるせーなーー!!」
「なんか漫画のキャラみたいになってるし!」
「それ、着替えた瞬間から思ってた!」
大輝の前で、衣装を披露する少女のようにクルクルと回ってみせる。グローブを装着して、バッチリキメたポーズを取った。
「うん!!何か野球出来る人になった感じがする!!」
「感じだけな!」
これまた、うるせー!と反撃したかったんだけど。俺のツッコミを遮るように、「あー!大輝やっと来たー!!」と、高い声が遠くから響いた。小走りでこちらに駆け寄って来る人影。大輝が壁になっていて、誰がいるのかは見えない。
「あ?美優?おー、久々だなー」
「久々すぎるからー!!何回ラインしても来られない来られないって言ってたくせに来てるしー!」
「いやあ、まあ…色々あって?」
「そうなの?あっちの彼は、新しいお仲間?」
「あー、」
そんな会話が聞こえたあと、二人がこちらを振り返る。大輝で隠れて見えなかった人は、ポニーテールの似合う女の子だった。マネージャー?とかかなぁ、と思いながら、目があったからぺこりと軽く会釈をする。…、あ。
「恋、こっち、俺の中学からの友達で有田美優。敵チーム」
「えー!!女の子もやんのか!!」
「やるよー!!れんくんっていうの?髪真っ赤だね!!すっごい!」
この子、俺のこと警戒してんな。
一目見てわかった。建前の笑顔と、言葉。それは俺もよく使うもので、なんなら初めて東京に越してきた時に、大輝の家のインターホンを鳴らしてご挨拶した時も使った。その時の俺と、同じような感じ。やっぱりさーーー、この見た目がスポーツマンとはかけ離れてっからダメなの!?…いや、もっとなんかあんのかな。でもとりあえず、場の空気を汚さないようにいつもの調子で自己紹介をした。
「方角の西に、浦島太郎の浦、そんで恋愛の恋って書いて西浦恋って言います!!よろしく〜!」
「恋くんね!よろしく!」
何か話題、繋げないと。そう思われたんだろうか。初対面の人によく言われる言葉第三位、「なにやってる人?」第二位、「髪すごい赤いね!」そして堂々の第一位は「名前珍しいね!」
なんと美優ちゃんは絶妙に初対面の人によく言われる言葉ランキングのトップスリーすべてを狙って会話を繋げてきた。そういえばさっき、ベンチで話してた同じチームのおじさん達にもこの質問で責められたっけ。おじさん達にしたのと同じような返事をして、笑って、「じゃあ今日はよろしくね〜」といわれたから「優しくしてね?」と返して、握手をした。それに合わせて大輝がこちらを見た、目が合う。
「恋、俺達も練習、「あ、大輝!!」え?」
俺に何かを言おうとしていた大輝の手首を掴んだ美優ちゃんは、そのままグイグイと腕を引っ張って大輝を遠くにつれていった。とはいえ、まだ、肉眼で普通に二人の動向が確認できるような距離。えーまじかよー。警戒するなら、もっと気づかれないように警戒しろよー。あの女の行動があんまりにも直接的すぎて、目を丸くした。さっきまでの愛想笑いはなに?こんなふうにバレバレで、残念な行動とるなら、必要なかったんじゃね?
…って、ダメだダメだ。ついつい女の子にキツくなってしまうのなんとかしたい。ぼーっとしたまま突っ立って、なにもわかってない顔して二人を見つめる。美優ちゃんだっけ、厳しいなぁ。
「れーん!!悪いちょっと、い、一瞬話すだけだから!!テキトーに振れそうなバットそっちの置かれてるやつから探して持っててくれー!!自分のぶんだけでいーから!!」
「え?あ、おー、わかったー!!」
大輝が手を振りながら声をかけてくれたから、くるりと二人に背を向ける。バットが大量に置かれている山の中からどれがいいのかわからないけど、適当に選びながら。
俺は自分が個性的な格好をしていることを十分に理解してる。普通なら、こんな赤毛にしたりしない。だって集団から浮くことは間違いないから。だけどそんなの気にならないって笑ってくれる人たちがいるから、俺は好き勝手に生きてる。見た目で誤解された分は態度で取り戻して生きてきた。だから、さっきみたいなおじさん達の「変わったものをみる目」は大概に慣れてるし、それは当然だと思う。結局、さっきも、話してみたらすぐに打ち解けてくれた。だけどあの女は何かちがう。
(アレは、俺の見た目にびびったっていうより……、)
チラッと横目で二人を確認すると、うわー、バットタイミング。美優ちゃんがビシッと腕を伸ばし、俺を指を指していたところだった。
そういうのは、いいんだけど。
俺の存在が、今ここで、大輝の迷惑になってるよな。なによりそれが、一番いやだ。
きゅ、とキャップのツバを握って下へと下げる。顔を隠すようにしたら、急に周りが静かになった気がした。
自分から伸びてる影を見ながら、少し暑いぐらいの太陽を浴びる。ここは東京、並愛じゃない。俺をずっと知ってる人は、バンドメンバーしかいない。大輝とだって再会する前まではそんなに、親密じゃなかった。それはつまり、俺の良さも悪さもわかってる人が少ないってわけで。生きにくいってわけで。
じゃり、とグラウンドの砂を踏む音が耳に残る。
俺、ほんと何してんだろう。
急にやってきた、部屋で一人の時のようなテンションに苦笑する。
いい加減にしろよ、ここ、外だぞ。もうやめようぜ、こんなにいい天気なのにバカみたいだ。なんで、…。
時々、自分はひとりぼっちだ。
なんて、そんなはずもないのに、そんな気がするんだろうな。
じゃり、じゃり。じゃり。つま先で砂を掘る。いじけてるわけじゃない。大輝に迷惑になっている自分が相当嫌で仕方ない。俺の印象が悪けりゃ疑われて当然。そうだよ、なぁ。
暗い顔すんな、見せんな、誰にもだ。誰にも悟られんな、男だもん、カッコ悪いのだけは勘弁したい。悪い方に傾く思考を騙すように、グーッと一度伸びをした。ばしっ、と自分の頬を叩いて気合を入れる。
せっかく大輝が連れてきてくれたんだ。これ以上あいつの迷惑にならないように振る舞おう。俺も心から楽しめば、きっと変なこと考えないで済む。草野球なんかしたことないからわけわかんねーけど、多分やってみたら楽しいんだろうな、俺体動かすの好きだし!
微妙にじんじんとする頬、無視するように顔を上げた。ら、長倉さんがいた。
大げさにビクゥッ!として「ぉっ、おお!?」と変な声を出して驚いてしまった。いや、おっさん存在感なさ過ぎだから!どっどっどっと変に心臓がうるさくなっている。多分今の一連の流れ、見られていたんだろう。
「恋くんには、ここの空気は合わないかな?」
「へ!?そんなことないですよ!俺が、初対面だし髪赤いし、そりゃすぐに打ち解けられるわけないって分かってますし。…あー、なんか変な顔してました?」
「変な顔…というよりは、強い目をしている子だなと思ったな。何か世界規模のものでも背負ってるみたいだよー」
「いやいやいやいや、とんでもねー!世界規模!?笑っていいすか?!」
ぽん。と軽く、長倉さんに肩を叩かれた。
「気が晴れるといいね。今日は本当に来てくれてありがとう。」
「……はは、こちらこそ気遣いありがとうございます」
大人は、子供が知らないうちに外側から観察しているものだ。怖いなぁと苦笑する口元を押さながら、長倉さんが見据えているものに視線を合わせた。ら、なんと!
なんとなんとなんと!
大輝と美優ちゃんが超イチャついてるんですけど!?えっ、ちょーっと目を離した隙に何事だよ!?驚いてバッ!と長倉さんをみると、長倉さんもバカ!と俺の方をみた。
美優ちゃんの頬を撫でて微笑んだかと思うと、今度は顎を上げさせて顔を近づけ、何か話している。そしてまた優しく頬を撫でて、慌てる美優ちゃん。なんだこれ、少女漫画か?大輝、美優ちゃん狙ってたの?あの子も満更でもなさそーだけど。いや、でも今の一連の流れにアテレコしたら超面白そうだった!ニヤニヤして二人を見ていたら、長倉さんもニヤニヤとしている。俺たちも顔を合わせて「あいつ、タラしてますね〜」なんていう会話をしていると、美優ちゃんに肩を叩かれた大輝が肩をさすりながらこちらに戻ってきた。
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