アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
前進
-
頭の中でごちゃごちゃ考えて、心でひとつも整理がつかないのなら、体を動かして気持ちをリセットしたい。だから、今日は、まあ連れてこられただけだけど、焼肉のかかった真剣勝負らしいし。思いっきり楽しむことを心の中で決めていた。
そして、あわよくば。もうここで踏ん切りをつけたい。
過去のこと、未来のこと、今生きてる俺のこと、全部。
暑い陽射しの降り注ぐ中、大輝がグラウンドのバッターボックスの上に立っていて、マウンドには美優ちゃんがいる。
「大輝ーーーー!!いくぞこらーー!!」
「よっしゃこぉおおい!!」
なんて叫びあって、ふざけているように見えても二人とも眼差しがガチだ。この後焼肉がかかってるから?いやいや、それだけじゃなさそうだな、何回も何回も、この二人は真剣勝負してきたんだろう。そう思うと、口元が緩んだ。
(そういう関係、いいなぁ。)
俺には。
一生できそうもないや。
だって勝負事はいっつも愛が折れてくれたから。
「おにーーさーーん!!格好いいとこ見せてーーー!!」
思考を振り払うように、ベンチに前屈みになって座りながら、できるだけ大きな声で声援をおくる。大輝に手を振った。そしたら俺の声に気づいた大輝が、「任せとけー!!!」といいながらニッと笑って手を振りかえして、バットを一度グルンと回してから構える。
すぐに笑顔は消えて、真剣な横顔が美優ちゃんの動きを捉えるために、動かない。
(かっこいいな。ほんと。)
かっこいいよ。大輝。
高校時代に、愛が俺に、なんどもなんども言ってくれた言葉だ。「かっこいいな、恋は。」と。事あるごとにそう言っていた。俺は嫌味かー?と茶化して笑うだけで、一度も肯定したことはなかったけど。今なら、すこしだけ、愛の気持ちがわかる気がした。この世に、かっこいい人間というのは、必ずいるもんだ。
愛にとっては俺が、そう見えたんだろう。俺にとっては大輝や庄司くん
が、そう見えるように。
(一度でも、ちゃんと言えばよかったな。)
俺も思ってた。お前のこと、かっこいいと思ってた。ほんとに、世界一、自慢の……自慢の、幼なじみで、親友で、家族で、恋人だった。
恋人だと、思っていた。
心が正直になってしまうまで、は。
愛が「俺のすべて。」といいながら、俺の頬を撫でたこと。今思い出すと、笑えてくるぐらい甘い日々だったなぁ。楽しかったなぁ、と思う。
俺が愛のすべてだったのなら、愛も俺のすべてだった。愛に恋心は生まれなかったけど、俺は愛のことが好きだった。恋愛感情だと思い込むことができるぐらい、大好きだった。愛がいるからがんばろう、愛にいいとこ見せてやりたい、愛の道標になろう、愛が、愛に、愛の…と、愛を生きる支えにしていたのは、俺の方かもしれない。
だから失いたくなかった。
どんな形でもいい、繋ぎ止めておければいい。
いつか恋情が生まれれば、それでいいんだ。大丈夫。まだ、傷は浅い。そうやって繕った。この表情を剥がして、愛はゆっくりと笑った。
「ばいばい」
俺が愛に最後に言わせたことばが「ばいばい」だなんて。たったの4文字で、積み重ねた日々は、心の距離は、ぜんぶなかった事になるはずがないのに。
(苦しかったよ、愛。)
お前がカッコいいと言ってくれていた西浦恋は死んだ。この現状をみたら「恋、そんなに頼りない顔するなよ」なんて言ってくれたんだろうか。俺と同じ大きさの手で、撫でてくれたんだろうか。…それとも、「随分楽しそうだな」と、あの日みたいに首を絞めあげるだろうか。
現状は、散々で。なのにほんとに毎日、楽しくて日が暮れるのがはやく感じる。こうやってさ、お前のこと考えるのも、もうネタ切れだよ。謝りたいことは一から百まであるのに、お前、俺に会ってくれないんだもんなぁ。ごめんの一つも、ありがとうの一つも、言わせてくれないんだから、こんな風に後悔して、頭の中で謝って、無理やり日常の中で愛を忘れないように、時折思い出して、面影にすがりついて、そして思い出を掘り返して、また自己嫌悪して。そんな日々は、ほんとに、やめたい。
(なあ、…愛、もういいだろ。…俺を許して。)
このままでは、本当に。
勝手に許された気になってしまいそうで、怖い。
いっそ、誰かに許されたい。自分以外に許されたい。
なにを?
人を、ひとり、壊したことを。
大切な人間に恋情を植え付けて、感情を奪って、人形みたいにしてしまったことを。
なのに、俺は、恋情を捧げられなかったことを。
暗示をかけて、自分も愛も、騙していたことを。
俺自身の冷えた視線と無感情の声が、脳内を支配していく感覚に冷や汗が、つ、と背中を伝っていく。一人になってから、時たまこうして襲い来る尋問は、いつも俺の首を絞めていく。
「息をしてますか。」
生きてるんだから勿論。
「恋をしてますか。」
あいつを思うと胸が痛いよ。
「愛をしてますか。」
ああ、そりゃもう。こびりつく 程。
「では、人生を彼に捧げられますか?相応の投資はできていますか。あなたのいうところの愛を払って、恋をしている錯覚を買っただけなのでは?」
なあ、やめてくれよ、もういやだよ。
「本当は単純、だったことでしょう?目を背けていただけでしょう?」
やめてくれ、やめて、俺を責めないで、許して、
「単純明快なことです。
誰もが気付くことです。」
やめて、
『恋、悲しいの?もう、そんな顔したら俺が悲しくなるだろ。』
『涙、ふいてあげるから。こっちむいて?』
『もー、恋はほんと、強がりなんだから。』
『泣いてもいいよ。誰にも弱さを見せないで生きるのは疲れたでしょ。』
『もう全部、ゆるしてあげるから。』
都合のいい言葉を並べる。
頭の中の愛はいつも、許してくれる。だけど、それは頭の中で生きてる愛が許してくれるだけで、この世に実在する愛が許してくれているとは限らない。俺を忘れていい、それはどういう意味だったの。
それは、お前が俺に向けた罰ではなくて、お前が自分に向けた罰だったのかなあ。
なあ、答えは。
愛情だけで恋は育たない。
育たなかった。だからこうなった。雁字搦めでうごけなくて、死にたくなった。
それも一瞬。
気がつけば、愛を思う暇などないぐらい、明るい日々が過ぎていく。
暗い気持ちになったら、大輝の部屋に転がり込んで。暗い気持ちになったら、庄司くんに泣きついてキッツイ言葉で慰めて貰って。暗い気持ちになったら、古賀と買い物に行って無駄遣いして。暗い気持ちになったら、宮内が作ってくれる上手い飯食って。
俺は、ほんとに、恵まれてるな。
俺は、支えられて、立っている。
何度も前をむく決心をしたのに、まだ歩き出せないでいるんだよ。なんでかなぁ。何度も自分にもう大丈夫って言い聞かせてんのに、全然大丈夫じゃないんだ。
忘れちゃいけない、いけない気がしてたまらない。たったそれだけの理由で、この場を動けないでいる。
だけど、いつまでもこんなんじゃ、ほんとにダメだな。口先だけの男にはなりたくないもんな。
愛してる。
愛してるよ。
お前に恋をしたかった。
俺の青春はすべて、愛のものだったから。
愛はいない。もういない。
忘れなきゃいけないわけじゃない、忘れろっていわれただけ。
忘れちゃいけないわけじゃない、忘れたくないだけ。
何をどう信じて、何をどうやって生きればいいか、やっと、すこし、わかってきた。
俺が振り返ったら、愛がいた。
その景色はもう見えないけど、今は。隣をみたら、古賀も宮内も庄司くんも、…大輝も、いる。
いま、俺が、大切にしなきゃいけないのはなんだ?
いま、俺が、ここで上手くやっていけてるのは、どうしてだ?
よく考えろ。よく、考えろ。
とん。と、あの時。愛の指先が俺の背中を押したのは。こうやって腐ってる俺に向けたお願いだったのかなぁ。
そう、都合のいいようにとってもいいかなぁ?
ふ、と顔を上げて。もう一度大輝の真剣な横顔を見つめた。
ああ、ほら、照りつける太陽を浴びた大輝が、より一層かっこよく見える。
(なぁ、大輝。お前が俺の、背中押してくれねぇかな。…なんて)
カキーンッ!
「っ…!!」
そう、甘えたら、ほら。すげぇよお前、ほんとに。金属音が左耳からすり抜けていく、青い空に、白いボールが弧を描いて、飛んだ。
---
「さっき軽く振ったくらいだからなー…ま、思い切り振れば当たるか!」
ベンチに帰ってきた大輝にハイタッチをして、自分の番を待っているあいだバットを軽く素振りする。重いな、いや、ギターよりは軽いか。なんて考えていると、「美優は強いからなー、気をつけろよー」と言われた。なあ、わかってる?俺結構緊張してんだけど?
「脅すなよー、連れ出したくせに」
俺が緊張を隠すようにへらりと笑うと、大輝もおかしそうに笑った。
「ごめんごめん。でもまあ、恋は運動神経いいんだし、体が勝手に動くと想うけどなあ。打てる打てる」
「軽っ!!そんなんで打てんのか!!」
「自分で今言っただろ〜思い切り振れば大丈夫!!」
テキトーかよー、たしかに打てるかなー?とは思ってるけど。でもあれだろ?ボールがバットに当たるだけじゃダメなんだろ?
どこにボールを飛ばすイメージをしたらいいんだ?ほんと、よくわかんない、けど、やっぱりごちゃごちゃ考えんのはやめた。
楽しもう。
きゅ、と帽子をかぶり直して、一度バットを睨んでから「よし」と、気合をいれて歩き出す。「がんばれよ〜」と言ってくれた大輝に「あいよー!」と元気よく返した。そして、忘れていたことを思い出した。
「…あ、じゃねーわ」
「ん?」
くるりと振りかえって、大輝の目の前まで戻る。
なあ 大輝。
いつも甘えてごめんな。
いつも迷惑いっぱいかけてごめん。
苦しいときに大輝の側にいるとさ、心が笑ってくれるから、いっつもお前の明るさと、優しさと、それに頼りっきりでごめん。
これで最後にするからさ。なあ俺に、少しだけ力、貸してくれない?
いっぱい考えたんだ。
俺はヒーローだった。
木ノ下愛の ヒーローだった。
だったら、やっぱり、最後まで。
カッコ悪いところ、見せちゃダメだと思うんだ。
瞼をゆっくりとじて、深く息を吸い込む。吐いて、拳を握った。
俺があのボールを打つことができたら、もうやめる。
自分を責めることも、愛を責めることも、過去を責めることも、愛のヒーローでいることも、全部やめて。俺は西浦恋として生きる。
だから、
「気合い入れないと」
不思議な顔をしてる大輝に、もう一度へらりと笑ってみせた。そして大輝に背中を向けるように振り返る。
ひとりでは、
生きていけない。
ひとりでは、
立ってるだけで精一杯。
一歩踏み出すには、誰かに背中を押されなきゃ進めない。そんな弱い、弱い俺だ。
誰の声も俺の心に届かないと思っていた。誰も俺の気持ちなんてわからないだろ、と、悲観になってばかりいた。抜け殻だった。世界がいやになった。俺がいやになった。もう、二度と、立ち直れないと思っていた。自分で切り刻んだ傷を自分でえぐって開いて、そこに優しさを塗り込んでくれたのは大輝だ。
ごめん。
ごめん。ありがと。ごめんな。
俺にはヒーローがいない。
「助けて」と言って、駆けつけてくれるようなヒーローはいない。
だけど大輝は、「助けて」なんて言わなくたって、救ってくれた。
お願い。俺の背中を押して。
俺を、生き返らせて。
「叩いて」
かるく振り向くと、困惑の声が聞こえた。キョトン顔が面白くて、笑ってしまう。今の俺には、手のひらが一番、力になる。お前の一撃は、すげぇ重いから。もう、振り向かないって誓える。
「気合い入れて、大輝が」
「マジか」
「ドンと来い!!」
「わかった」
また、前をむいた。
空が青くて、じとりとする気温。
愛してた。
愛してた。
大好きだ。
ぎゅっ、と瞼を閉じた途端、背中にばしん!と衝撃が走る。
「い"ッッッッッ!!!!
……………ってぇぇえええ!!大輝お前手加減しなかったのかよ!!やっぱいてー!!!」
痛い!!!痛すぎる!!!めちゃくちゃ痛い!!!!なんだこの馬鹿力!!!馬鹿!!!ばかじゃねーーの!!
あんまりの痛さに涙がにじむ。
うん、これは、痛い。ほんと痛い。背中がじんじんとして、熱い。
「手加減したんだけど!?」
「いてーよもう少し俺を丁重に扱って!!」
「叩けっつったの誰!!」
「俺だけど!!こんなに痛いと想ってなかった!!」
あんなに泣いても。ひとつも心は晴れなかったのに。この一発だけで、こんなにスッキリしてる自分がいる。なんか笑えてきた。
俺は、笑える。
「あーもう、次俺が大輝に気合い入れるときはすげー痛くするからな」
「それは全然いいけど、お前大丈夫?」
心配そうな顔をされた。馬鹿いうな、あんな強烈な一発を貰ったら、平気にならない方がおかしいから!
「へいきへいき。必要以上に気合い入った!!」
ニッと笑うと、安堵の顔。
「じゃ、行って来る!」と言って、バッターボックスに立った。
すると美優ちゃんがこちらに駆け寄ってきて、「さっきは嫌な思いをさせてごめんね。」と言ってくる。俺はなんか、そんなこと気にしてた美優ちゃんに驚いて、「平気。ま、もっとバレないようにディスってほしかったけどー」と返した。すると「もう!」と笑って、肩を軽く、叩かれた。なんだ、いい子じゃん。ごめんね、さっきは心の中で散々なこと言っちゃって。でもおあいこだよなぁ?
「よしこぉおおい!!!」
大輝と同じ様な文句を叫ぶ。
大きい声をだしたら、もっとスッキリした気持ちになって、ああもう、なんか、なんか
(大丈夫に、なる)
そんな気がした。
美優ちゃんを見つめる。美優ちゃんの投げるボールを打つために。ベンチからなにか声が聞こえてくるけど、まって、今、集中してるから。
(大丈夫。大丈夫、大丈夫、………、)
まだ、じんじんと痛む背中。
これ、風呂入るときにしみるだろーな。でもそれもいいか。視線を美優ちゃんから逸らさない。妙な緊張感。打つ、打つ、打たなきゃ、せっかく気合いれてもらったんだから。
(これが、打てたら、)
美優ちゃんが構えた、どくん。
跳ねた心臓をごまかすように、ぎゅっとバットを握る。
「おらあああ!!!」
サヨナラ、未練!
ぐっ、と奥歯を噛み締め、思い切りバットを振り抜いた。
カキーン、と金属の響く音、自分の両手は確かに、何かを捉えた感覚がした。
「え…大輝!!!打った!!!大輝!!!」
打った、ほんとに。ほんとに打ってしまった。マジか!!!驚いて思わず大輝のほうをみると、大輝も驚いた顔をしている。
「うっそ…恋!!!ヒットだ!!!走れ!!!」
「え!?」
「走れ!!!!」
その声と共にスタートして、一塁、二塁、と全力で走り抜ける。このまま三塁まで、と思ったけど、「ストップー!!!恋くんストップー!!!!」という倉田さんの声で二塁で止まった。
まだ。手のひらが熱い。
バットにボールが当たった感覚が。残ってる。
「大輝ーー!!打ったーーー!!」
「恋すげーー!!!打ったじゃんかよーー!!!」
グッと両手を突き上げて、自然と自分の表情が笑顔を作った。
愛。
ありがとう。いままで。
どっかでもし、もう一回、会えたらさ。
仲直りしような。
それまで、俺はお前を忘れない。
だけど、俺は、お前を追いかけない。
「スッキリしたーーーーー!!!!」
空にむけて、でかい声で叫んだ。
晴天の空よりも、心が、晴れている。
もう雨は降らない。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
29 / 49