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帰路
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あの後の試合の結果は俺たちのチームの勝利。実は半ば、負けたチームが勝ったチームに焼肉を奢る というのは嘘だと思ってたから、打ち上げで焼肉屋に連れて行かれた時は、「え!?ガチなの!?」と店前で叫んで笑われた。ガチなら遠慮なんかする必要もない、もう三ヶ月ぐらい肉見たくねぇわって思うぐらい腹一杯焼き肉をたべた。三ヶ月ぐらい肉見たくねぇ!とか言っておきながら、三日後に牛丼食べてる自信あるけど。肉つったらビールだろ!という流れで、普段より少し多めに飲んだ酒が回っていて、後半ちょっとあんまり記憶がない。大輝が止めてくれなかったら完全に潰れてたかもなぁ。帰り道は案の定、俺と大輝の二人きりになった。そりゃそうだ、同じアパートに住んでんだから。アパートの最寄駅までは大輝に肩を借りた、だけどもうおぼつかないながらも意識はしっかりしてるから歩ける、と言って離れた。手の甲が触れそうで触れない距離感を保って、アパートまでの道のりを歩く。ほっぺたを撫でていく夜風が冷たくて、少しずつ酔いが覚めていってる気がした。…気がしただけだけど。
「今日ほんっとありがとうな!!」
俺の右隣を歩いていた大輝が、すごく機嫌の良さそうな声で礼を告げてくる。いや、まじ、お礼言いたいの俺の方。だから、「いやー!俺も楽しかったし!こっちこそ誘ってくれてありがとうな!!」と返した。嘘じゃない。マジ、本気。超ホント。だって今日は、多分、俺なりに人生で一番重い感情を心から引き剥がせた日だ。それに、高校の授業以外では初めてやった野球も新鮮で楽しかった。自分はやっぱり、体を動かすのが好きなんだと再認識した。野球があんなに楽しいなら、高校の授業サボったりしないでちゃんと出ておけばよかった。
「やー、ほんと、楽しんでくれて良かったよ」
「えー、何だよ。俺ほんとに超楽しかったよ?野球も長倉さん達と飲むのも楽しかったし、奥さんの愚痴とかめっちゃ笑った!!」
素直な感想を述べる。そりゃー確かに?初めは超アウェーでさ、みんなの目は痛いし、美優ちゃんには指さされるし、長倉さんはよくわかんないこと言ってくるしでちょっと、居心地悪かったけど、そんなのすぐになくなった。みんなに自己紹介したら招き入れてくれて、美優ちゃんにはちゃんとあとあと謝られたし、長倉さんの奥さんの愚痴はホントなの?それ?っていうレベルのものばかりで腹抱えて笑った。俺の家は、母さんと父さんがいつまでもバカップルしてるような家だから、そんな話を聞くのはほんとに楽しかった。長倉さんも奥さんのこと「顔面パックしても若返らないシワシワばあさん」とか言ってたけど、あれは絶対奥さんのこと愛してる顔だった。
なんか、微笑ましくて、暖かかった。
アットホームだったな、大輝はあんな人たちに囲まれて過ごしてたんだな。ひとつ、ひとつ。大輝のいろんなことが知れて嬉しかったりする。なんだかんだ、まだナゾなことが多いから。…まあそれはお互いさまだから、これからも友達やっていきながら少しずつ知っていけばいい。
そういえば、飲みの席で美優ちゃんともいろいろ話したんだよな。
『バンドってどんな感じの曲やってるの?』『んー?んー、どんなって…あ、今度ライブするからくる?俺ちょーかっこいいよ?』『あはは、その時は呼んで!』『りょーかい、あ、でも俺美優ちゃんの連絡先しらねーや、ラインおしえてー』『わ、恋くんそうやって女の子のラインいっぱいゲットしてるんでしょ…』『してねーよ!俺上京したてで知り合い居ないから必死なのー!』みたいな感じで、連絡先まで交換するぐらい打ち解けたし。俺のこと警戒してたのが嘘みたいだ。今日のことを思い出して笑みが浮かんだ。
そうだ、今度並愛に帰ったら、サッカーやってた頃のチームメイト集めてサッカーしたいな。そんときは大輝も呼んで、あーもうなんならバンドメンバーも呼んで、全員でボール追っかけ回して汗かきたい。大輝ってサッカーしたことあるかな、無いかもな。宮内なんか運動嫌いだから絶対嫌そうな顔してキーパー志望しそう、キーパーだってただ突っ立ってるだけなわけじゃないのに。庄司くんはちょこまか動きそうだし、古賀は…あいつ運動神経いいから、結構いいプレイするかも。昔のチームメイトは元気かなぁ、膝を壊してから、疎遠になったきりだ。
あんときは苦しかったけど、今はサッカーよりバンドだし、バンドに巡り会えたきっかけが膝の故障だと思えば運命的、悪くない。
悩みってのは、どうしてその時の自分にとっては一大事なのに、未来の自分にとっては些細なことになるんだろう。きっとそうやって、成長するからなんだろうなぁ。
「恋ー、」
ぼんやりと色々考えていると、大輝の落ち着いた声が俺を呼んだ。
街灯が俺と大輝を照らす帰り道、静かな夜は虫の鳴き声も鳥の鳴き声も、車の音すらしない。
「んー?」
久々に体を動かしたからか、はたまたたらふく食って飲んだからか、少し眠い。ゆっくりと大輝の方を向くと、街灯に照らされた大輝の表情が穏やかに、切なげに見えた。
「また一緒に行ってくれる?」
なんでだ?
俺は時々、全然、一欠片も大輝を理解できない時がある。こういう、べつにどーってことない質問をしてくるときの声のトーンがやけに真面目だったり、表情が噛み合ってなかったり。
「……………。」
こうやって少し、押し黙ったり。
俺の返す返事に、すこし怯えているような、そんな雰囲気。
「もちろん!!一緒に行くに決まってんだろー!!何だよ急に!さっきもそう言ったじゃんかよ!!」
バシ!っと背中を一叩きしてやった。いつもと同じテンションで。
「………恋、」
だからどうして、そんな顔するんだよ。なぁ、俺が「はー?もう一緒に行ってやんない」って言ったら、お前泣いちゃうんじゃない?はは、
ほんと、馬鹿だなぁ。
「大輝はそうやって急に暗い顔するーーー!!!」
人と人の繋がりってよくわかんない。切ろうと思えば簡単に切れるし、切ろうとしなくても簡単に切られる。だけど、なんだろう。なんか、お前とはあんまりそういうふうになる未来が想像できない。
つかず、はなれず、今歩いてるこの距離みたいな、そんな関係だからかな。
あーあ、そんな 取り残されたうさぎみたいな顔して。せーっかくカッコイイ顔で生まれてきたのに、もったいねーの。す、と腕を伸ばして、自分よりずっと高い位置にある大輝の頬を両手で包んだ。
「笑ってろよー!!笑顔が一番格好いいぞ大輝は!!」
「え、…うぶっ」
そして手のひらに力をいれて、ぶにゅり、と頬を潰してやる。なんかタコみたいな顔になってる。ウケる。「いやこの顔は格好よくないと想うんだけど」と反論してくる大輝を無視して、ニヤニヤの治らない顔をそのままに、大輝の頬を潰したり、戻したりを繰り返した。
んーと、な。
そうだな。
なんて言おうかな。
まだ酒が回ってて、地面を踏んでいるはずの体らふわふわとした浮遊感がある。上手いこと言えそうにない、カッコつけれたらいいんだけど、考えがまとまらない。まあ、いっか、俺の思っていることをいえば、なんとなく必要なところだけ摘んで、理解してくれるだろ。
すう、と大きく息を吸い込んだ。
「だーいーきーはー!!変な所で他人行儀になるんだよな〜。俺ね、そういうの嫌なの。こんだけ毎日毎日遊んで一緒に楽しい事して、部屋も隣だし、俺なんて遠慮なく大輝の部屋に入り浸ったりしてんだからさー、頼むからそうやってたまに俺のこと突き放すのやめてよ。この間だって急に何日もいなくなったのに連絡一切なかったり、帰って来ても何も無いような顔して、あ、恋。とか言って来たりさー!」
あー、俺今なんて言ったっけ、同じこと二回ぐらい言わなかったっけ、なんだっけ。あ、そうそう、そーだよ。大輝が急に何日も部屋に帰ってこなかったとき、帰ってきたときに他人ヅラされたとき、すげー腹立ったんだよな。当然心配するし待ってるにきまってんのに、そんなはずないって顔して、まるで世界で自分は一人で生きてるような顔して、帰ってくるんだもんなぁ。
あーあれは超ムカついたなー、つーかもうまだ怒ってるレベル、次またアレされたら頭突きじゃ済まさないだろーなー。
少しの思い出し怒り、大輝の頬をつねってぐにぐにと横に引っ張った。少し痛そうな顔してる、はは、そーだろ、痛いだろ。
だけど大輝は俺の目をみつめたまま、目を逸らさない。
えーっと、まてよ、さっき俺どこまで話したっけ、…あー、とにかく、
「あのさあ、西浦恋はね、宮崎大輝のことをもうすげー仲の良い友達だと想ってんの。バンドメンバーと同じくらい大事で大好きなの。」
なんだこれ、なんか告白みたいだな、男相手に大好きとか言っちゃったよ、おい。二年近いホモ生活のおかげで、こういうこというのも躊躇わなくなっちゃったのかよ、俺ってばもー。…だけど真実なんだからしかたない。
大輝、もうお前は俺の中で他人ではいられない。お前の中の俺はいつまで他人なの?いつになったら、そうやって『遠くに行ってしまう』っていう認識がなくなるんだろうな?
「だからな、そうやって急に身を引くのはもう無しな!!」
俺はべつに、どこにも行きはしない。そもそもどこにも行けない。此処にいるし、此処がいい。
大輝に彼女が出来るまで、俺が大輝の隣キープするし。彼女ができたらその彼女に超幸せにして貰えよ。だからお前も、俺に彼女ができるまで側にいてくんないかな。
急に、俺を、他人にしないで。
それほど寂しいことは、他にないから。
「野球また一緒にいこ!!んで、他にも行きたいところ全部一緒に行こうぜ!」
に、っと笑った。
笑顔は人に元気を分けれるって母さん言ってた気がする。…ばあちゃんだっけ、いや、父さんだっけ、美咲ちゃんだったかも。誰だったか忘れたけど確かに言ってたし、確かにそうだと思う。だから人にプラスの気持ちを伝えるときは、笑顔のほうがいい。
きょと、とした顔をしたまま、大輝は一言も発さない。無言が続く。
こんな暗い夜道、街灯の下で男が二人してなにやってんだよ、誰か通ったらホモだと思われるわ!
「解ったか!?解ったら返事!!はいへーんーじーーーー!!」
ぐぎぎっ、とさっきよりつよく、つよく、大輝の頬を引っ張ると「って、いでででででででで!!!」と言いながら、大輝は目に涙を溜めた。クソウケる、なんか面白くて、また頬をよこに、よこに引っ張った。
「へーんーじーーー!!」
「恋、お前、よっへんだろ!!ひょ、しゃへれない、いはいから!!
「あはは!なんて!?」
本当に痛かったのか、大輝は俺の両手首をつかんで、頬から引き剥がした。
「ったく…あーりーがーとーう!!」
「あー?聞こえねーよバーカ!!!」
「あーりーがーとーおー!!近所迷惑だろ!!ほら帰るぞ!!」
「あーん痛いー!大輝くん優しく引っ張ってー!!」
「よっぱらーい。はよ歩け!!」
別に酔ってない、いや酔ってる、酔ってない、酔ってる、ふわふわするのは変わらない、から酔ってんのか、なんかクソ恥ずかしい事言ったかもしれない、まあいいや、ありがとうって言われたから、多分なんかちゃんと伝わったんだろう。
俺の手首を掴んだまま、大輝はずんずんと引っ張るように歩く。
アパートまで、あとどれぐらいだろう、二人分しか響かない靴音に笑えてきた。
(東京もあれかー、夜道は静かなもんだなぁ)
朝が来たら、この道は車が通って、新聞配達のおにーさんが新聞を家のポストに突っ込んで、そんで…そんで、なんかまあそんな感じで朝がはじまって、鳥も虫も突然鳴きだすの、んで俺は明日昼近くまで寝て、どーせ二日酔いだろうから大輝の家に転がりこんで、んで…ああ、スタジオ、スタジオ練習あるんだったな。
なんか、ごく普通に毎日がすぎてくよ。ほんと幸せだなぁ、俺は。
「こんな幸せでいいんかね…」
ぽつり、大輝が呟いた。
まって、俺、今同じこと考えてた!
幸せだよな、毎日、ほんと幸せだよな、なんかちゃんと生きてられるんだもん、すげぇよな!そう、返そうとしたらそれを遮るように、俺の手首を握ってる大輝の手のひらが、すこし力を込めてくる。
(あ。)
今更気づいたけど、こいつ手すげぇデカイな!?俺、男なのに。べつに骨が細いわけでもないし、宮内みたいにガリガリなわけでもないのに、簡単に指が回ってる、すげー。なんかいいよな、こういう男らしい手。つーか体?顔?んー、性格も!テンションも!全部いい!大輝は全部いいと思う!こんな男が彼氏だったらさ、女の子嬉しいだろうな。絶対幸せにしてくれそうだし、一途っぽいし。あーでもすげぇ女のフリかたしてたな、なんかブラが好みじゃない!とかって、アレは笑ったなー。でもまあ、冗談ナシにしても、大輝はいい男だ。俺はもー男はいらねーけど、もし付き合うなら大輝がいいな、そしたら毎日きっと、笑って、バカやって、一生懸命生きれるんだろうな、
「俺はお前と付き合いたいよ、ほんと」
…また!同じこと考えてた!なにこれすげぇ!…って、これ伝えたくても、さっき言葉遮られたせいで伝わらないやつじゃん!なんか一人で笑っちゃって、なんだこいつって思われそー。だけど俺はご機嫌で、なんか、そう思ってくれんのが嬉しくて。だからつまり、あれだろ。一番気楽だと思ってくれてるってことだろ。それって最高の褒め言葉じゃん?
まったく、ニヤニヤがとまんねーよ!
「俺もー!!!」
がばっ!と大輝の腰に、抱きつくように飛びついた。
「あ!?なに?!聞こえてた!?」
「丸聞こえー!!!!」
「うるさいよ酔っぱらい!!あと歩きづれーから!!」
「大輝おんぶー!!もう歩くの無理ー!!今日めっちゃ走ったから恋くんお疲れでーす!!」
「あ!?」
動きたくない。もうなんかフワフワ感が限界だし眠いし疲れたしなんかもう、眠いし。
ぐで、とそのまま大輝に体重をかける。アパートは肉眼で確認できるところまで歩いて来ていたけれど、もーむり、もうねむいしねむい、このままねたい、つれてかえってほしい。
「わかった!!おんぶな!!」
優しいなぁ、酒強いっていいなぁ、体力あるのも羨ましいし、なんならその体格も羨ましいや、俺は大輝におんぶーっていわれても、ぜってーしてやれねーし。体重差何キロあるんだろ、んあーいまはどうでもいいか、またこんど、きこうか、
大輝がしゃがんでくれた、すぐに背中にのっかって、首に腕をまわす、あは、これが195センチの視界…
「歩くぞー」
「んー」
「だーいーきー」
「何だよー」
てく、てく、あと何歩でアパートについちゃうの?背中あったかいな、ゆっくり歩いてくれるから振動もなんか、ここちよくてさ、あーそういえば俺、もしかして大輝におんぶしてもらうの二回目かな、前にもこんなことあった気がする、あんまり覚えてないけど、この体温と、このゆっくり歩いてくれる感じと。
なぁー俺重いっしょ、なんせ山ほど肉食ったし、のんだし、体重だって55キロぐらいあるよ、男だから当然だけど。
肩に乗っけていた顔を、大輝の首に移動させる、あーベスポジ、まじ寝れる。
「今度はどこ行くか帰ったら決めようぜー」
「お前帰ったら即行寝るだろ」
「寝ねーよー」
うあー、ねるかも、いやねない、ねない、つぎどこいくかきめたら、またバカやっておもいでふやして、んで、それから、なんだっけ、おれあれしたいんだよな、あれ、…あれってなんだっけ、あーえいが、とか、いきたいなぁ、
ぎゅう、と、首に回していた腕に力を込めた。安心する、安心する、ほんとに。大輝がいてくれてよかった。俺を甘やかしてくれる人がいて、よかった。
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