アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
難題
-
慌ただしく日々はすぎていく。
バイト、ギター、大輝、バンド、バンド、ギター、大輝、バンド のリピート。気がつけば季節は蒸し暑くなっていた。もう6月だなんてはやいな、庄司くんの21歳の誕生日を、この間祝ったばかりなのに。
そうか、庄司くんはもう21歳なんだな、と。あの人俺たちよりずっと大人なんだな、と、思う。俺は次の七夕で19になる。俺たちと出会ったばかりの頃の庄司くんの歳だ。…俺がまだ17の頃、19の庄司くんがすごく大人にみえていたけど、実際自分が19になろうという今…あの日の庄司くんほどしっかりしてるとは思えない。やっぱりあの人はちゃらぽらんにみえて、一番のリアリストだ。
指の腹が硬くなって、どれだけ弦を触ってももう痛く感じなくなった。ギターを初めたての頃は水ぶくれになって、血豆になったのに。
「ふん、ふんふん、んー、ここのフレーズイマイチしっくりこないな、宮内にセッション頼もっかなぁ」
庄司くんが出してくるオーダーは、曲ごとに難しくなっていく。俺ならできると踏んでのオーダーだろうから期待を裏切りたくはない。できないところを何度も何度も繰り返し練習して、1日が恐ろしいスピードですぎていく。このクソ薄い壁のむこうには大輝がいる、あんまり迷惑にならないように、アンプに繋がないで練習してたけど。生音とアンプに繋いだ時の音は全然別物だから、たまに…ほんとごめんっ、て思いながらアンプに繋いで調節する。
朝から夜まで、気がつけば丸一日閉じこもってギターをして、触りすぎなのか、弦の錆びるスピードも速い。今日は夕方からスタジオ練だから、楽器屋行って弦を買わないと。
6月の28日、あと3週間後にファーストライブを控えてる。チケットを売りさばかないと自腹、並愛と違って東京のハコはホール代も高い。ついでに俺はあんまり知り合いがいないからちょっと参っている。路販しないとなぁ、一応並愛でやってたころのファンの子たちにも声かけて、あと大輝と美優ちゃんと……バイト先の人と。近くの大学潜入してテキトーに友達つくって売るのもアリか。そこまでしないとノルマ達成できない自分のコミュニティーの狭さに絶望する。俺、友達多い方だと思ってたんだけどなぁ。まあ、せいぜい、地元で友達が多かったぐらいで、知らない地にきてしまえばそんなこともない。あとネット!ネット使わなきゃなぁ、動画サイトに音源アップして、きいてもらって、そんで…。考えることはバンドのことばかりだ。この先、うまくやっていくにはやっぱり知名度がいる。ファーストライブでノルマ達成なんて無理なこと分かってるんだけど、一年、東京で先にコミュニティーを広げてくれていた庄司くんと古賀のおかげでどうにかなるかも…?という状態だ。ついでにいうと宮内はあんまりアテにならない、ほんとにあいつ友達俺らしかいないんじゃないの?ってかんじ。だけど毎回、どういう手を使ってるのか、全部売りさばいてくるんだよな。
チケットが売れる秘訣ってなに?
ギターがうまくなる秘訣は?
バンドが成功する確率は?
考えながら、ジャカジャカとギターを鳴らす。高校の時はあんまり弾いてやれなかったフェンダーの赤いストラトギター、次に狙ってるギターを手に入れるまで、俺の相棒になる。高校の時の相棒は、思い出が痛くてずっと弾いてない。手が、今のギターに慣れてしまったから、次のライブもこのギターで狙い撃つんだろう。青いテレキャスター、またいつか弾こう。もう清算した思い出だから痛くない。いっそ売って、新しいギター買うのもアリかな。
練習もほどほどに。時計の針は14時を指していた。慌ただしく用意をして、ギターをケースにしまう。ライブステッカーの貼られまくったギターケースを背負って、家を出た。
楽器屋に寄って、弦を買って、現地集合だから早めにスタジオに着いた。スタジオの受付にいるイカツイオニイサンと世間話をしながら今度の対バンのチケット置かせて貰えないか頼んで、弦を張り替えて。
しばらくすると宮内が来た。一週間ぶりぐらいに会ったな、また痩せた?
「宮内顔色悪いな!?」
「…働きたくないんだよね。一カ月働かなくて節約して生活したらどれぐらいの出費になるのか試してるの。その出費分だけ働こうと思って」
「マジめんどくさがり!今のバイトなんだっけ?」
「ガソリンスタンド。時給はいいけどほんとに疲れるね。常連のお客さんにチケット売りつけてるよ。女性はわりと買ってくれる」
「お前って………」
「背に腹は変えられないと思わない
?」
あーその手があったか、と思った。カフェにきてくれる常連さん、ロックバンドが好きそうな人も結構いるし、売ってみようかな。
二人で雑談をしていると、廊下の方からデカイ声が聞こえてきた。独特なハスキーボイスと、ドタドタと走る足音。
「せ、セーフか!?アウトか!?どっちや!?」
「ちょ、庄司くん…まじでチビのくせに脚はやいさ!!」
「足の速さにチビは関係ないねん!!おっ、おにーさんお疲れさんでーす!はいこれ、差し入れ。いうて缶コーヒーやけどな!」
「フミはほんっと、うるっせぇなぁ。さっさとスタジオ入れよ、もうあと2分でインの時間だから」
「あ゛ーーーしんど!!ひっさびさに走ったから喉がらっがらやわ!爽司、恋おはよー」
「もうおはようの時間じゃないけどね」
「庄司くん水のむ?俺さっき買ったんだけど」
「ほんま?ありがとー、古賀ちょっと俺のギター持って」
「いいけど…重っっ!?あんたのギターケースなんでこんな重いの!?」
メンバーが全員揃った。ぞろぞろとスタジオに移動して当初の予定通り、次のライブで披露する曲を合わせる。合わせながら、変更するところやビミョーなところを直していく。
「あー、ああ、あ゛ぁ、んんっ、ん゛。なんか俺、今日声変か?」
庄司くんがちょっと、不調みたいだ。あーあー、と声出しをしながら俺たちに問いかける。
「なんか、ビミョーに音外してる?かも」
「…そーかぁ、寝不足が祟ったな、本番前はバッチリ寝とくわ」
「庄司くん、寝不足だっけ?昨日夜の8時に寝たよね?」
「古賀、古賀のドラム、相変わらず完璧だけど、ここちょっと変えてもらってもいい?ベースソロが入りにくいんだよね」
「あ、まじ?りょーかい、んじゃここどうしよ、んんー、…こんな感じは?セッションしてみよっか」
スタジオ練は、いつもふざけあってるメンバーの影はなく。みんな真剣だ。庄司くんは音感を取り戻すため、チューナーに合わせて声を出している。
ライブの持ち時間は、用意時間を含めて30分。たったの30分のために、何時間も練習して、費やして、その30分でハコにいるみんなのハートを奪えるぐらい、輝くために必死になってる。大体、5曲披露できたらいい方だけど、俺たちは一曲がそんなに長くない。だから頑張れば6曲演奏することだってできる。
そろそろシフトを組んでライブハウス側に提出しなくてはならない。それによってPAさんのいるリハの内容も証明の使い方だってかわってくる。だいたいそのシフトは一週間前にはハコ側に提出しないといけない。ギリギリまで待ってくれるとこもあるけど、俺たちだってどの曲をやるか、はっきり固めてイメージをつけておきたいし。
…俺たちは今、一曲多く組み込むか組み込まないかで迷っている。現在、必ず披露すると決めてる曲は5曲、6曲目をやる時間だってある、けど、……。
どの曲をやるか。なんだよな、問題は。
汗だくになりながらスタジオ練習を終えてスタジオから出ると、受付にいたお兄さんがちょいちょい、と庄司くんを手招きした。それを軽く見届けて、俺たちは古びたソファに腰掛ける。宮内がポケットからタバコを取り出して、咥え、火をつけた。それを合図にするかのようにミーティングが始まる。
「ねぇ。やっぱり6曲目はやめておかない?時間もギリギリだし、持ってこれそうな曲もないし。」
「いや、でもここは攻めておいたほうが良いと思うさ?庄司くんもできるなら6曲やりたいみたいだし」
「…じゃあ、どの曲をやるつもりなの?」
「できるなら新曲がいいけど…今からは難しいかな」
古賀もタバコを取り出して火をつけた。二つの煙が交わって、ゆらゆらとしているのを眺める。あー、俺も吸いたいな、そんなことを思っていると、突然誰かが後ろから飛びついてきた。
「ぐえっ」
「なあ!今シフトだしてきたで!」
ソファーに座っていたから、前かがみに潰される。背後から聞こえた声は庄司くんのものだった。
「いってーーー!!って、え!?シフトだしちゃったのかよ!?」
「おー、だしただした。ほんで、恋くんにお願いがあるんやけどな〜」
「えっ、こわ、何!?」
「一曲作ってくれ。せやな、一週間ぐらいで。」
「………は、?俺が!?無理、でしょ何言ってんの!?」
めちゃくちゃ無理なオーダーを出された。それを聞いて反論するのは俺だけで、宮内と古賀は何も言わない。二人に助けて、という目配せをしても、宮内はタバコの摂取に勤しんで、古賀は苦笑するだけだった。
「もし出来なければ、あの曲やろうよ。卒業ライブで出したっきりのやつ」
「せやなぁ、まあ 別に新曲やないとアカンわけちゃうから、気楽にな。」
「えーっ!!まじで…!?」
「ま、どーしても無理っていうんやったら?今からシフト変えてきてもええけど?」
ニヤリ と笑う庄司くん。なにそれ?
そんなこと言われたら、負けず嫌いな俺が嫌だなんて言えるわけもないのに。
「……っしゃ、やってやるよ!待ってろよすげーの持ってくるから!ってことで俺は一分一秒も無駄に出来ない状況になったし帰るわ!!お疲れさんっした!」
小さいテーブルをばん、と一度叩いて、ギターケースを背負う。そしてエフェクターをしまってるケースをひっつかんで、そうそうとスタジオをでた。
「庄司くんの鬼。」
「せやろ?俺もそう思うわ」
「あんなオーダー、俺でもキツイさ?」
「でもな、アイツはGactのメインギターやで。もう三年以上ギター触ってるんやし、できるはずや。…というか、出来んと困る。この先、俺ばっかり作曲するわけちゃうんやし。」
「……まあ、出来なかった時のことも考えておこうね。責めるのはナシで」
「せやなぁ。でも出来るって信じてるわ」
俺のいなくなったスタジオで、そんな会話がされていたことなんて知らずに。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
32 / 49