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事件
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腹減ったな。なんか腹に入れなきゃ死ぬ。でもその前にギター触らなきゃ死ぬ。そんな気がして急ぎ足でアパートに向かう。薄暗くて人通りの少ないこの道がを、こんなにせかせか歩いてるのは俺ぐらいだ。
(ラブソング、失恋ソング、夢応援ソング…友情ソング?どれにしよう、どんな曲調でつくろう。ロック?バラード?まてよ、考えることが多すぎるのに時間が足りなさすぎる!)
俺がつくらなきゃいけないのは、ギターのメロディーと歌詞だ。あとはみんなが各々音をつけてくれるから、頑張ればできることだ。だから、やろう。親指の爪をがじ、っと噛んで、胸にやる気を灯す。
頭の中で曲のイメージを練りながら、カンカンカン、とアパートの階段を登る。あー失敗した、コンビニ寄るの忘れてた。今晩どうしよ、飯、大輝と食いに出ようかな。そんなことを考えて、階段を登りきると、見知らぬ人が大輝の部屋から出てきた。えらく線の細い、綺麗な男の人だな。大輝の友達?にしては、珍しい。じろじろ見すぎたのだろうか、ふ、と顔を上げたその人と、目があった。
「あ。」
「…?」
あ、ってなんだ?俺、この人と知り合いだったっけ?首をかしげると、その人はにこり、と笑って「恋くん。」と俺の名前を呼んだ。え、という顔をすると、不思議な雰囲気を垂れ流してるその人は「またね」と続けて、俺の横を通り過ぎる。背中から、カンカンカン、アルミでできた階段を、下る音がした。
「……誰?」
大輝の友達で?大輝が俺の話でもしたんだろうか。赤毛の友達が隣人でーとか、そんな感じ?
ちょっとした疑問。後で大輝に聞いてみよう。俺はその人との接触をそこまで深く考えず、自室の前まで歩いた。なんだろう、なんか騒つくな、心が。
ギターとエフェクターケースをとりあえず部屋に置いて、壁越しにメシを誘おうと考えながら部屋の鍵をまわして、中にはいる。しぃん、と静まり帰った部屋が蒸し暑い。
「あっつ…もう夏だな。扇風機買わなきゃ」
そこで自分が、少し汗をかいていることに気づいた。めちゃくちゃべたべたする。シャワー、先に浴びようかな。いやその前にポカリのもう。喉カラカラで死ぬ。冷蔵庫からポカリのペットボトルを取り出して飲みながら、部屋の電気をつけた。
そのとき。
ダン!!!!と、隣の部屋から、何かを強く叩いた音がした。なんなら、振動までこちらに響いてくるぐらいの音。
………大輝?
ざわり。さっき、あの人とすれ違ったときの、変な感覚がまた戻ってくる。
なにかにイラついてんのか?
でも、あいつがモノにあたるとこなんか見たことないけど。驚いて、ポスターだらけの壁を見つめた。
薄すぎる壁、小さな独り言さえ、部屋が静かであればあるほど、聞こえてしまう。聞きたくなくても、だ。
「ち、だ…。」
誰?
さっきの人?なに?どういうこと?
やってはいけないことだ、聞いてはいけない気がした。俺はそうそうにこの部屋を出て、大輝の異変に気づかないフリをするべきだ。だって、今まで、知らないフリを続けてきた。俺を抱きしめて「置いていかないで」と情けなく縋る大輝を見たあの日から、大輝にもなにか、あるんだろうということはわかっていたのに。知らないフリを。してきたんだ。
(だめだ、だめだ、これ聞いちゃだめなやつだ、知らん顔できなくなる、だって俺は…………)
ただの友達だ。
踏み込んだ関係ではない。
ただの、隣人の、ただの、友達。
わかっているのに、体が動かない。それどころか壁に耳を寄せるようにもたれかかっている。だめだって頭ではわかっているのに、なんだろう、直感がこのまま聞いてろ と言ってるようだ。
「き、救馬?………千田…千田、どこにいるか知らないか?」
壁の向こうから聞こえてくる声、焦ってるような声、電話してんのかな、そう考えてるうちに求めてる答えが返ってこなかったのか、「ごめん、救馬、切る」といって会話が終わる。大輝の、精神が、乱れていることが安易にわかった。こんな一方的な大輝は始めてだった。
「沢野!!?沢野、千田がどこにいるか知らないか?!アイツが今どこにいるかわかんねえかな。何でもいいんだ、何か…何か少しでも、解る事、………なあ、何か知ってる?」
今度はまた、違う人にかけたんだろう。さっきよりずっと焦った声。なんだか、だんだんと、大輝が怖くなっていく。
「沢野頼む、お前なら何か知ってんじゃないの?なあ、………っ………は?何勝手な事言ってんだよ、ふざけんじゃねえぞ!もういい!!お前に聞いた俺が馬鹿だった!!」
やばいんじゃないか?
相当、キてんじゃないか?
俺がちょっとスタジオに行ってる間に何があったんだよ。朝は超普通だったじゃん。タバコ吸おうと思ってベランダにでたら、お前洗濯物干しながら「おはよー相変わらずすげー寝癖」つって茶化してきたじゃん。たったの、半日で、お前に何があったんだよ。
「ッッくそ!!」
ガシャン!!!!!
何かを叩きつける音と、何かが割れた音がした。それにビクッとして、固まる。おいおい…おい…。割れ物はだめだろ、どうやって片付けるつもりだよ。次に聞こえてきたのは、布が引っ張られる音と、紙が破ける音、色んな破壊音が壁の向こうから響いてくる。俺はこめかみを抑えながら、状況を整理しようとしたけれど、俺は大輝の根本に根付いている闇をカケラも知らない。知らないんだから、整理しようにもどうしようもない。
「違う…違うよ………」
泣きそうな声が、聞こえる。
あの大輝が。
あの、大輝が。
「置いて行かないで………」
その言葉が聞こえた瞬間、どくん。と心臓が大きく跳ねた。その言葉を、また聞くとは思わなかったからだ。
「置いて行かないで、千田……」
ああ、やっぱり。アレは俺に向けた言葉じゃなかった。わかっていたけど、わかって、いたけど。
俺の手のひらじゃ、夢の中から引きずりだしてやれるはずがなかったんだ。俺は、大輝の求めてやまない、『千田』じゃないから。それどころか、友達でしかないんだから。当たり前だ。
俺はもう、誰のヒーローでもないことを改めて知る。
「千田…………、千田、」
「好き、だから」
好き、だから、
って、なに。
好きだから、許されたい?
好きだから、側に欲しい?
好きだから、部屋を破壊して叫ぶのか?
好きだから、…泣いてるの?
ぐるぐる、わからないことを知るように、宮崎大輝という人間のパズルのピースをはめこんでいく。外側は全て埋まっていたのに、内側のピースがわからなかった。今、ひとつ、ひとつ、それを見つけているような、そんな気分だ。
「みやざき、だいき」
俺が知っているアイツの情報は。すくない。声にだして、大輝の名前を呼んだって、何の意味もないのに。
どうしようか、夕飯。誘おうとおもってたけどどうにも無理そうだ。俺が潰れそうだったとき、大輝はどうしてくれたっけ。ああたしか、バカなことして笑わせてくれたっけ、でもなんだか、そんなことをする雰囲気じゃない、俺にはできない、俺はなにもできないのか?
あんだけ、 生かしてもらっておきながら?
ガチャンッ、と隣の部屋のドアが開いた音がした。誰かが大輝の部屋に入ったんだろう。ばたん、と締まった音の後、俺は大きくため息をついた。
人間はややこしいな。感情があるからややこしい。だけど感情がなければただの動物だ。感情の奴隷、そんな言葉が正解なんだと知る。
「千田!?」
と。今まで聞いた大輝の声の中で一番大きいんじゃないかってぐらいの声で、千田さんの名前を呼ぶ大輝。まさか、本当に千田さん?千田さんなら、大輝をたすけてやってよ。そう思ったのもつかの間、絶望の滲む声がする。
「………なんで、何で、その鍵、お前が持ってんの……沢野」
「何で、」
さわの?ってさっき電話かけてた人か。友達だよな、この人は、多分。
とん、とん、足音。あー、どうするつもりなんだろう。今、どんな状況にいるんだろう。
「いい加減に!!!目ぇ覚ませよ大ちゃん!!!!」
バキィッッ!!!
人が、人を、殴る音が、響く。
ああ、痛そうだ。
渾身の一撃。
もうどうなってんだよ…。
聞いてはいけない。
だって俺はただの隣人。
無関係の人間だ。
聞いてはいけない?
………………なんで?
俺と大輝、譲歩した関係。
どうして?恋人でも家族でもない、友達なのに。
俺を何度も救い上げてくれた人間が、苦しんで泣いてる。
逆にどうして?
俺がなにもしない理由が見当たらない。盗み聞きするようでわるいけど、俺は壁に耳をすりよせた。
しっかり、聞こう。
そしたら、俺なら。
「…助けられるかも。」
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