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元気
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少し前の俺は、ヒーローだった。
愛に必要とされることが当然で、愛を守るために生きてきた。
例えば、愛が転んだら。
何やってんだよ鈍臭いなーって笑いながら、手を差し伸べて。
例えば、愛が泣いていたら。
泣くなよ馬鹿、たくましく生きろーって、これまた笑いながら頭の一つでも撫でてやる。
それが、俺がヒーローであるための条件だった。「木ノ下愛を守る」ことが、全てだった。
すこし、前までの俺は。だ。
今、俺は西浦恋として生きている。
木ノ下愛のヒーローではなくて、木ノ下愛の恋人でもなくて、ただ夢を追って上京してきた、ありがちなバンドマンの西浦恋だ。
俺をここまで、すくいあげてくれたのは。…大輝の何気ない言葉や行動で。俺が今、西浦恋として生きることが幸せだと思えるのは、間違いなくこの大男のおかげで。
そんな人が、俺に言ってきたんだ。
「たすけて。」
たったの、四文字。
愛を伝えるのも、別れを告げるのも、救いを求めるのも、ぜんぶ四文字の言葉だ。
すきだよ、ばいばい、たすけて。
たったの、これだけで、痛いほどに伝わるんだから、言葉ってすごい。
そして人を苦しめるのも、喜ばせるのも、救えるのも、言葉だと知る。
この部屋に入る前から、変な確信があった。俺なら救える、助けられる、という自信があった。理由はあんまりよくわからない、そもそも沢野さんとのケンカを聞いただけじゃ事の全貌がわかるはずもない。ただ、でも、張り裂けそうな心をずっと隠すように過ごしていたことは、なんとなく分かっていた。
それから、いつか、こんな日がくるんじゃないかとも、…思っていた。
人は脆い。どうやったってひとりきりじゃ生きていけない。ひとりきりじゃ落ち込んで立ち上がることはできない。起こる出来事すべてにきっかけをくれるのは、必ず人間だから、だ。
俺はもう、ヒーローじゃない。
だけど、俺は大輝の友達だ。
友達として、大輝の心を癒したい。
悲しい、苦しい、痛い、辛い、思い浮かぶだけの負の感情、それに潰されていく姿は、見たくない。
「…ん、ごめ……ごめん、恋…もう、大丈夫だ」
弱々しい声が、耳元で聞こえた。
「変なこと言ってごめん、」
大輝は、人に頼ることが悪いことだとでも思っているのか、いつもあと一歩のところで踏みとどまって、自分で自分の心を隠す。自分の弱音や本音を「変なこと」だという。そういうの、やめにしようって言ったところなのに、もう忘れちゃったのかよ。強く抱きしめてきた太い腕から、ふ、と力がぬけた。さっきより少しだけ呼吸がしやすくなったけど、その行動は不正解だと思う。許さない、とでもいうかのように、俺は大輝の背中に回している自分の腕の力を緩めることはしなかった。
もういいよ、と言うようにトントン、と背中を叩かれる。それでも俺は、大輝を潰すぐらい強い力で抱きしめ続けた。…ずっと。こうして、やりたかった。
抱きしめて、あげたかった。
「恋……?」
「……大輝。」
暫くそうして、身体を離した。
ほら、名残惜しいだろ。
弱ってる心に人肌は一番のクスリだと思うんだ。大輝の二の腕を掴んだまま、じっ、と大輝の目を見つめた。
「ここに、」
例えば。
例えば。
俺が、お前を救えるとしたら。
というか俺にしかできないとしたら、
「ここに何か溜め込んでて、すげー苦しくて、大変で、泣きそうなのは知ってる」
「ッ…」
厚い胸板を、どんっ、と叩いた。見つめ合う先の瞳と、肩が揺れる。そして見つめあっていたはずの瞳が、わざとらしく逸らされた。
「大輝、俺のこと見て」
「いや、恋、ほんとごめん。そ、そうだ、飯どうする?何か、」
「大輝!!」
話までも逸らそうとする大輝の頬を包み込んで、ぐいっとこちらに顔を向けさせる。逃げられないように、捉えるように。この手は離さない。
「俺のこと見て」
逃がさない。
「何があったかは知らない。言いたくないならそれでいい。…でも、」
そんなに怯えた顔すんなよ。
叱りつけたりしないから。
大輝、ちゃんと俺をみて。
よく、みて。ちゃんとみて。
「大輝は、悪くないと想う」
「え…?」
「盗み聞きしてて悪いんだけど…っつーか全部丸聞こえだったんだけどさ。さっき出て行った人と話してたの聞いた限りじゃ、よくわかんねーけどさあ、大輝は悪くないと想う」
「……」
「よくわかんねーよ。よくわかんねーけど、よく、わかる。いや、何言ってんのかわかんねーよ!って想うだろうけど、俺は…大輝の気持ちがわからんようでわかる」
やばい、やばすぎるぞ俺の語群力。俺なら助けられる!とかかっこつけといて、口からでる言葉がショボすぎて全然かっこつかない。いや、カッコつけたいわけじゃないんだけど、これはやばい。
「だから〜〜…ん〜〜…」
言葉に詰まった。でも下手に綺麗な言葉より、不恰好でも俺の精一杯の言葉のほうが伝わるかもしれない、と、自分の思っていることをそのまま伝える。ごめんな俺がアホなばっかりに、うまいこと言えねえけど。うまいことは、いえないけど!
「元気出せ!!な!!元気出るまで一緒にいるから!!」
「………」
「あれ?俺滑った?…おーい、」
突然フリーズでもしたかのように、ぼーっとしている大輝の目の前でひらひらと手を振る。が、大輝からはなんの反応もない。
「大輝?」
顔を覗き込んだ。
そしたら。
大輝の右手が、壊れ物を触るかのようにおそるおそる伸びてきて、俺の頬にぴたり、と触れる。くすぐったくて、思わず瞼をぎゅ、と閉じた。
「ありがとう」
その言葉とともに、大輝の手のひらが俺の頬を撫でる。くすぐってーよマジ、って言いたくて瞼を開いたけど、それと同時に大輝が、コツン、と俺の額に額をくっつけてきた。お、おお、…おどろいている。今、俺は、すごくびっくりしている。きっとそんな顔をしていると思う。瞳いっぱいに、整った顔がうつりこんだ。大輝が俺に、こんなふうに触れてきたことが、今まで一度もなかったから、かな。へんな感じだ。俺たち、こんなに、近くにいたんだなぁ。…というか近いし。でも、このとんでもなく近くて鼻先が触れそうな距離でも嫌悪しない自分がいる。だからといって大輝のこの行動にどきどきするかときかれたら、全然そういうこともなく、ほんとに、ただ、大輝に体温を分けるような感覚が身体中に滲んで心地いい。
なあ、俺はいいだろ。
あったかくてさ。やさしいだろ。
きっとさ、この先、体温だけじゃなくてお前に元気も分けれると思うんだよ。
大輝のでかい手が、こめかみの下をなでる。マジでくすぐったいから「ん!」と、返事をして、そっと大きなその手をはがした。
「うはは。腹減ったなー!」
にか!といつも通りの笑顔が向けられる。それにほっと胸をなでおろす。
…よかった。
すこしは、元気付けれたかな。
不安はのこれど、俺もかなりハラヘリだからその言葉ににーっと笑った。
「何か買って来るか?」
「………んーん。たまには作るわ」
「え」
「大丈夫大丈夫。安全な食べれるもの作るから」
「マジで!?」
信じられない。俺は一切料理なんてできないのに!大輝が!?料理を!?すんの!?この部屋に入り浸り始めてもう結構たったけど、大輝が料理をしてるとこなんか見たこともない。今日は大輝に驚かされてばっかりだ。
す、と立ち上がった大輝が、申し訳程度に部屋の中についたキッチンらしきところに向かう。なにをどうやって作ってるのかは知らない。俺も料理、覚えよっかなぁ。自炊もできねぇんじゃ今後生きていけるか謎だし。コンビニ飯や外食ばっかじゃ費用もかさむ。宮内や庄司くんはいいなぁ、生活力あってさ。古賀は俺と同じぐらいなにもできないけど、決定的な違いがある。同居人がいるか、いないか。それはデカイとおもうんだよ。同居人が庄司みたいな人だったら、ほんとになにもできなくても面倒みてもらえそう。実際、そうみたいだし。だけど俺は大輝に面倒みてもらうわけにもいかないし、手始めにカレーとか、作ってみようかなぁ。…そんなことを考えながら、大輝のベッドの上で転がってごろごろしていると、ガラスの破片を片付けてる大輝がこちらを見ながら「恋くん梅酒でいい?」と聞いてきた。
梅酒……か。
「んー…」
「んー?…まあいいや、テキトーなんあるから見に来て持ってって」
梅酒、飲めないわけじゃないんだけど。炭酸水で割ってくれたら飲めるんだけど。酔い回るの早くなるっていうか、とにかくあれだ、俺は酒が弱い。もう認める。弱い。大輝の言葉に甘えて、冷蔵庫の中を開ける。うっわ、酒と炭酸水とケチャップと軽いつまみしか入ってない。……ま、俺の部屋の冷蔵庫よりましだな!うちの冷蔵庫には沢庵しかはいってないもんなーとか、思いながら、並べられた酒のラベルを確認する。
チューハイが3本、ビールが3本、なんかよくわからん酒が2本、…あとなにこれ?ウイスキー?ウイスキーって冷蔵庫に入れるもんじゃなくね?いやまあなんでもいいけど。大輝ってチューハイすきだっけ、あんまり飲んでるイメージがない。いつもどぎつい酒ばっか飲んでるイメージ。そんな大輝の冷蔵庫の中にサワー系の甘い酒が入ってるのは、俺のためかなー、とうぬぼれながら、桃味のサワーとビールを手に取って、「これちょーだい」というと、「どうぞ」と一言返ってきた。
でかい皿にキムチ入りの焼きうどんを乗せた大輝が、自分の飲み物を冷蔵庫から出してテーブルの上へ置く。そんなことはどうでもよくて、俺の視線は大輝がつくった飯に釘づけだ。
え、めっちゃ美味そうなんだけど。え、めっちゃ美味そうなんだけど!?
大輝が料理をする、なんて。ぶっちゃけ半信半疑だった。マジでできんのかよ、すげーな!!?
「うまそー!!!」と思わず口から出た。メシ作れるなら早くいってくれよ!というと、大輝は笑いながらぷしゅ、と音を立てて、ビールを開ける。俺も続くように桃のサワーのプルタブを開けた。
「………はー」
「な、何だよ…?……いただきまーす!」
大輝のでかいため息に軽くつっこみ、テーブルの上にある焼きうどんを大皿からそのまま吸い上げた。めっちゃ食べにくい。めっちゃ熱い、キムチの辛さとうどんの熱で唇焼けそう、だけど美味い!!ずるっと吸い込んでもぐもぐと咀嚼していると、大輝がす、と小皿を渡してきた。
「恋、小皿つかったら?」
「あ、これ俺の?」
「うん」
小皿があったことなんて気づきもしなかった。目の前の美味しそうな焼うどんに超夢中だったから。小皿を受け取って、その上に大皿にのってるうどんをごっそり乗せる。
「…幸せ」
そんな俺を見ながら、突然大輝がなんか言いだした。
「…え?」
別に引いてない。
でも友達が自分をみながら「幸せ」とかいいだしたらびっくりするというか、むず痒い。いや何言ってんの!!?って笑ってやろうとおもったのに、大輝が目を細めて、それこそ真剣に
「恋とこうしてられんの、すげー幸せ」
なんて言い出すから、つるん、と箸でつかんでいたうどんが、小皿に落ちた。
「………、」
「一緒にいたい奴がいるって言ったの、覚えてる?」
穏やかな空気が部屋中に充満している。さっきまで、張り裂けそうな空気だったのに。
今だ、と思ってくれたのかな。大輝がなにか、核心を、…俺に、話してくれようとしているのが分かった。一言も聞き逃したくなくて、うどんを食べていた手を止めて、箸と小皿をテーブルの上に置いて、頷く。
「うん。」
「並愛高校で出会った」
「え…じゃあ、俺会った事あんのかな」
「かもなぁ。ちだめぐむっていうんだ。千の田んぼで千田」
並愛の、人。
大輝の心を掴んだのは俺と同じ学校に通っていた人。
あの、校舎で大輝が青春を共にした噂の千田さん。そんな人居たっけなぁ、と、自分の知ってるだけの先輩や同期、これはないだろーとも思う後輩の顔を、思い浮かぶだけ思い出していく。そして、俺は煩いギャル系やロキノン系、スポーツマンのサバサバ系、とかの女の人とはわりと仲良かったけど、おしとやかな女の人とは学年関係なくあまり喋ったことがないことにも気づく。千田さん、千田さんって、そんな女、いたか?小さく首をかしげると、目を細めた大輝が続けた。
「愛するの愛って書いて、めぐむ」
どくん。
おい、まじかよ。
一度、大きく、心臓がはねた。たったの一度だけ。こんなことってあんのか?
ちだめぐむ、愛すると書いて、めぐむ。
愛すると、書いて。
これは一体なんの偶然だろう。ぶわり、と、青みの強い黒い髪を思い出した。俺のね、恋人も。愛って名前だったんだよ。…なんて、そんなこと今は言う必要がないから、口を隠すようにサワーを一口、飲んだ。
「男だよ」
「え…」
自分の思い出を語らまいとした、この行動は意味を成さなかった。もはや運命的なぐらい偶然と偶然が重なっている。めぐむ、と聞いたときに、すこし女らしくない名前だな、とはおもったけれど。男か。…いや、俺は同性愛に偏見なんてない。自分だって散々、男に脚を開いて、女みたいに抱かれて、よがって、性を貪って、…そうやって高校生活を過ごしたんだから当たり前なんだけど。
俺が目を丸くしたのは、あんなに彼女をつくるだのなんだのって言いながら女を連れこみまくったり、合コンしたりしてた大輝の「一緒にいたい人」が男だったという事へ、純粋に驚いたからだ。相手は女だとばかりおもってた。それがこの世の普通だから。そう、思い込んでいた。
結構、同じような人間って身近にいるもんだなぁ。
「庄司と同じで留年生だった。だから、3年にあがったらいきなり同じ学年にいたって感じ。でもなんつうのかなぁ、庄司みたいに騒がしくもないし、格好いいんだけどあんま目立つのも好きじゃないから、顔見ても解んないかもしんないなあ。恋は、学年も違うし」
…たしかに、知らない。
俺はちだめぐむさんを知らない。
庄司くん繋がりで、俺の一つ上の人達とは結構繋がりがあったほうだけど、それでも名前も聞いたことがなかった。ぴん、とこない。あああの人か、ってなればまた感じ方は違ったのかもしれないけど、誰かわからないから「大輝の好きだったひと」としての認識のまま、ちだめぐむさんを想像して、大輝の話に耳を傾ける。
「一緒に遊ぶようになって、つるむようになって…段々段々、好きになった」
「………」
「俺ね、家庭的に色々あって、同性愛とかあんま気にしなくてさ…さっき怒りに来たアイツも並愛の友達でゲイなんだけど、あれが傍にいてくれたから尚更、千田を好きになっても仕方ないって想っちゃって。気がついたら本気で惚れててね。馬鹿みたいにアピールしてたよ」
沢野さんもゲイか、並愛はゲイが多いなぁ。ゆっくりと、思い出を噛みしめるように大輝がいろいろと話してくれているから、俺も真剣に聞きながら、ときどき相槌を打った。
「で、告白してフラれた」
「あはは。大輝はほんっとによくフラれるな」
「だよなぁ」
大輝が、グッと一度ビールを飲む。俺もサワーに口をつけて、同じタイミングで缶をテーブルにおいた。
「でもあれは…なんていうか。他の子と違って、もう、希望無しって感じで……応えたなあ。………千田ってアセクシャルなんだ」
「あせくしゃる…?」
さっき、壁越しにきいて、わからなかった単語がまたここでも飛び出した。疑問符をうかべて首をかしげると「んー。」「俺もアイツがそうだって聞いて初めて知った言葉なんだけどな。」と、アセクシャルについて教えてくれた。
アセクシャル、無性愛、人に恋愛感情が抱けない、人。
それは…それはほんっとに脈なしだな!!?
でも、人を恋愛的に愛せないというのは、どんな世界なんだろう。
アセクシャルという単語を覚えても、それがどういう意味なのかをしっても、自分がそうでないから「すべて」分かるはずもなく。大輝が恋をした人は、そういう人だったんだということと、そういう人だっているんだということだけを情報として理解した。
「恋愛的に、人を愛せない。人に性欲を抱けない。つまりは誰も隣にいられない」
「……」
「でも俺は…俺だけは、いていいって言ってくれた。まあ、恋愛的には必要じゃないけど、人間としては必要としてくれたってことだな。随分もめたけど、最終的にはアイツも俺が隣にいるのがいいって言ってくれたからそうしたんだ」
それから、ちだめぐむさんが、その時、本当は自殺しようとしていたこと。俺の部屋がもともとはちだめぐむさんの部屋だったこと。大輝がちだめぐむさんに一度、並愛に置いて行かれて、だけどそれから追いかけて東京に来たこと。
その他の、ちだめぐむさんと一緒に過ごした日々のこと。
順番がむちゃくちゃだったり、話忘れてたんだけど…と続いて、前の話にもどったりと色々ありながらも、大輝はひとつひとつ、丁寧に、俺に話してくれた。宮崎大輝という人間が、どのような人間なのかを教えてくれているようだった。
「本当に好きだったんだな」
話をきいて、素直に思ったことを口にだした。本当にすきでなければ、だれかひとりのことをこんなに思って、こんなに語れるはずがないもんな。
「好きだったよ。死ぬ程好きで、一番好きで、もうこれ以上の人はいないって想った」
「……」
「でもアイツは結局怖かったんだろうな、それが。だからまた、置いて行かれちゃったんだろうなぁ」
「………」
「受け入れ合えないなら仕方ねえよな」
「大輝……」
境遇はにているが、俺と大輝の決定的な違いは。
相手に恋をしていたかどうかだと思う。大輝は胸が焼けるほどちだめぐむさんをすきで、恋い焦がれて、そして、死ぬほどすき、これ以上の人はいない、まで口に出せてしまう。
俺は、恋をなあなあにしてきた。人の気持ちから逃げた側の人間だ。ああ、だからかな。だからかなぁ。
大輝の言葉を間違ってるとは思わない。大輝は悪くない、その考えも変わらない。だけど、俺はちだめぐむさんも悪いとは、思えなかった。
(人間、だもんな。様々な立場でなにを想ってどんな関係を築こうと、所詮人間なんだもん。……間違えて、傷つけて、当然じゃん。)
ていうかそう思わないと俺もやっていけない。バカをしでかした、謝れないほど誤った人間だ。どうにも、話をしてくれたのはいいけど、それが大輝の元気に繋がることはないみたいだ。…そうだよなぁ。
「なあ、恋」
「ん?」
ふ、と顔をあげて、苦しくなった。
どうしてそんな、弱々しく笑ってんの。どうして、泣きそうな顔、また我慢して。
「好きな人を嫌いになるのって、辛いな」
どうして。
嫌いになる必要がどこにある。
どうして。
その言葉は自分の喉にひっかかって、口からでることはなかった。
(ああ庄司くん、宮内、古賀、愛…みんなだったらこんなとき、なんて声をかける?)
人を救うのは言葉なのに。
人を変えるのも、言葉なのに。
俺はただ。じいっと大輝の目を見つめるだけだった。
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