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作曲
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「あっかーーーん!!スランプやスランプ!!」
頭を抱えて叫んでいるのは庄司くん。ライブの予定が立って、毎日のようにスタジオ入りして練習してるけど、今日の庄司くんはめちゃくちゃ調子が悪かった。声の抑揚がでかすぎるし、音程もいつもよりすこし外してるし、曲のリズムも掴めてない。本当に時々、時々庄司くんはこの状態に陥る。スランプとか言ってるけど、それ…ほんとにスランプ?
庄司くん自身が、音があってないことにも気付けてない時もある。それをただのスランプだって片付けられたのは高校生までで、本気でバンドで食っていくと腹を括った今は、只事だと思えない。
「鼓膜でも破れたんじゃね、大丈夫かよー」
「………大丈夫に決まっとるやろ、俺は本番に強いねん。」
俺の言葉が何か庄司くんにひっかかったのか、ガシガシっと頭を掻きむしってタバコに火をつける。そしてちょっとだけイラついた表情をみせた。
今日は午前と午後の二回、スタジオに入ることになっている。そういうスケジュールの時は午前の練習の後に行きつけのカフェに篭って、Gactのメンバー全員でテーブル席で会議しながらメシ食うことが日常化している。俺の隣にはずず、っとアイスコーヒーのブラックを啜ってる宮内と、俺の前には同じくアイスコーヒーのブラックを啜ってる壁のような男古賀と、斜め前では庄司くんがレモンスカッシュを飲んでる。というかもう飲み干している。もうない。喉、乾いてたのかなぁ。そりゃ三時間ぶっ通しで歌ったらそうもなるよな。
ミルクティーに死ぬほどシロップをぶち込んでいると、庄司くんが店員さんを呼んで、レモンスカッシュをもう一杯頼もうとする。
そしたら古賀が「またレモンスカッシュ?別のにしたらいいのに」っていって、庄司くんはちょっと悩んだ素振りをみせて、「じゃあメロンソーダ、アイス乗ってるやつにする」と、オーダーを変更した。
「恋くんにしろ庄司くんにしろ、甘いもの好きだね〜」
「好きだよ、パンケーキとか食べに行きてぇもん」
「ええなぁパンケーキ。まあ家で焼いたらええだけやねんけどな」
「あの女だらけの店でパンケーキ食う勇気ないわ〜」
「え、ほんまに?俺全然いけるわ。今度いこや」
「まじ!?庄司くんとパンケーキ!つってツイッターのっけよ〜」
「ちゃうねん!パンケーキとかどうでもええねん!」
「そうだね。さっきから次のライブのこと話してるはずだけど、アンタ達が話を四方八方にもっていってるんだよ。」
「せやな!でも冷静なツッコミやめよ、傷つく」
宮内もタバコに火をつけた。
このテーブル席はめちゃくちゃ目立ってると思う。庄司くん声でかいし、宮内はガリガリボーンだし、古賀は意味不明なぐらいデカイし、俺は髪が赤い。そんな四人組が顔を合わせて頭を抱えてるんだから当然といえば当然だけど。
「ねえ。西浦。」
「ん?」
「新曲できた?ライブまで二週間切ったし、そろそろギターのメロディーだけでもほしいんだけど」
宮内は俺に視線を向けないけれど、庄司くんと古賀の目が俺の顔をじっと見てくる。そうだ、もうライブまで二週間をきった。
「ふっふっふっ、…みんな西浦恋をナメんなよ?じゃーん!ギター音源バッチリ持ってきてます〜!!歌詞もバッチリだぜ!」
「持ってきてんのかい!!ほなはよ言うてや!!はよ!聴かせて!!」
俺が青のiPodをポケットから取り出すのと同時に、庄司くんが身を乗り出して目の前にずいっと手を出してきた。ニヤニヤしながらイヤホンをiPodにぶっ刺して、レフトを庄司くんに、もう片方のライトは古賀に渡した。歌詞ノートとコードを描いた紙を開いて、テーブルの上にぽん、と置くのと同時に、ずっと大人しくすわってた宮内が突然、古賀と庄司くんからイヤホンをぶん取った。物凄い勢いで。
「爽司くん!?なんでイヤホン奪うんさー!」
「…ごめん、先に聴かせて。古賀はドラムだし、両耳で聴いた方がいいでしょ。」
そういいながら宮内はレフトのイヤホンを自分の左耳にさしこむ。ライトのイヤホンを庄司くんに差し出しながら「ちょっとテーブル跨ぎで聴きにくいかもしれないけど。」と言った。
……なんだ?なんか、今の一連の流れ、変じゃなかった?
「いや、…ありがとう。」
「宮内くんずるいさー!片耳でも全然聴けるのに!」
「先輩優先だよ。」
「なにそれ!いつもなら上下関係嫌うくせにこんな時だけ〜!」
古賀は全然、そう思わなかったみたいだし。俺の気のせいかな。
妙な雰囲気にしたくなくて「じゃあ流すな!」と言いながらiPodを操作する。…何回やっても自分の音を聴かせるのは緊張すんなぁ。10秒前まで騒いでたメンバーとは思えないほどのマジな顔で、宮内と庄司くんが音を真剣に聴いてくれている。その横で古賀が歌詞とコードを確認。俺はドキドキしながら待機。
「………………」
「………………」
「………なんか言ってくんね?不安で死ぬ」
「………今までにない、ね。こういうの。」
「みちゅやサイダーのCMとかでありそうやな」
俺たちGactが今まで披露してきた曲は、全部ガンガンのロックで、初めから最後まで盛り上げて盛り上げてなんぼ!って感じだった。俺もそのスタイルが好きで、そのスタイルに惚れて、Gactでやっていくつもりできたけど、自分が曲を作るとなると話は別。今までの曲みたいな、独特の重圧感は庄司くんじゃないとつくれない。俺のつくる曲は庄司くんのつくる曲ほど「重みはない」けど「楽しい」と思う。それに、この曲には想いを込めた。
人ひとり、どん底から引き上げるぐらいの曲つくれないんじゃ、このバンドのギターとして失格だと思う。
せっかく、一曲俺に任せてくれた。
俺より庄司くんのほうが作曲すんの早いし上手いのに、わざわざ俺に任せてくれた。
それがどういう意味か、バカでもわかる。二人の反応を待っていると、先に耳からイヤホンを抜いたのは庄司くんだった。
「恋らしくてええな」
にいっ、と庄司くんが笑って、それに続いて宮内もイヤホンを外す。
「女の子とかすきだよね、こういう曲調。俺もいいと思う。時期も時期だし一曲ぐらい爽やかで夏っぽい曲があっても。ベースラインつくるの楽しそうだし。」
「うん、いい。なんかあれやな、俺じゃ作らへんような曲もってくるから新鮮でええわ!これやったら盛り上がりそうやし!」
「ちょっとちょっと、俺まだ聞いてないんだから二人で納得すんのやめてよー!」
宮内と庄司くんからイヤホンを渡された古賀が、ぶーぶー言いながら両耳にイヤホンを刺す。俺はタイミングをみて、もう一度曲を再生させた。開始すぐから、すでにリズムを取ってみる古賀。ドラムのことになったら人が変わったみたいに自分の世界にはいっていくし、それからもう、脳内ではどんな魅せ方をするのか考えてるんだと思う。
「これ、ラブソング?ではないね。」
古賀が集中してメロディーを聴いてる間、宮内と庄司くんは歌詞を確認していた。確認を終えた宮内が煙草の煙を吐きながら、言う。…。
やっぱり、この曲をつくった意図を話さなきゃだめか。そりゃそうだよな。だってみんなが演奏してくれるから完成するんだもんな。
俺の友達のためにつくりました。
みんな協力してほしい。
大輝を、たすけたい。
そんなこといったら、怒られるかな。なんて言えばいいかわからずに言葉に詰まっていると、カラン、と庄司くんがアイスを掬ってたスプーンを、グラスの中に落とした。
「なあ恋。お前この曲、誰にむけて創った?」
鋭い目が、俺を捉える。あー庄司くん、まじ迫力あるよチビのくせに。
失恋を励ますような曲に歌詞。
とんでもない失恋をした俺だから、大輝の話を聞いた俺だから創れた曲だと思う。
「気持ちがこもりすぎてて触れていいもんかどうかよーわからん。わかってるやろ、一つの曲にひとりだけの魂が宿っても、なんの意味もないで」
「……うん、」
このタイミングで、古賀が曲を聴き終えたらしい。イヤホンを外して、「俺はこの曲、やってみたいさ」と、目を細めた。
緑色の目、茶色い睫毛が伏せられる。でも多分、この曲の意図を理解したいんだろう、また歌詞ノートに目を移して、俺の答えを待っているように見えた。
「これ、お前自身に向けての曲やないな。」
「………。」
「教えて。メロディも歌詞も申し分ない。お前、この曲、歌いたいんやろ。」
はは、だめだな。
この人達は音楽を通して、全部汲み取ってしまう。だからみんなに隠し事はできない。
怒られる覚悟をしよう。
でもどうしても、この曲がしたいって頼もう。…わかってもらおう。協力してほしいなら、誠意をみせないと。
「…すげーバカな奴がいてさぁ。」
ぐるぐる。シロップたっぷりのミルクティー。解けた氷とシロップが分裂して最強にマズそうな液体を、ストローでかき混ぜる。
「多分、俺よりバカなんだよ。でも、俺はいっつもそいつのバカに救われて。んで、とうとう失恋まで吹っ切って。でも。そいつは同んなじような失恋した心を、どうしても捨てきれねーんだって。」
「……。」
「俺もバカだから、いろいろ考えたんだ。けど、俺ができんのって、音楽だけでさ。音楽って、辛い時とか、苦しい時とか。薬になるじゃん?聴いて落ち着いたり、励まされたり。しかも超絶妙なタイミングで曲任せてもらってさ。俺、だから、大輝に。曲つくろうと思って。ま!それ、ファーストライブでぶっこんでいい?なんてすげーワガママなんだけど!…でも、どうしてもこの曲、届けたい。お願いします。みんな協力してください。」
勝手を言ってることは承知。だから深々頭を下げて、メンバーに頼み込むのは当然の礼儀。
俺は、これじゃないとあいつに伝えられない。
大丈夫、もういいんだよって。お前なんも悪くないよって。ただ人を愛しただけじゃん、って。
数秒の沈黙、それを破ったのは庄司くんの笑い声だった。
「へっへっへっ、ほなやっぱ、お前が歌わなあかんな!変わったるわ、ボーカル。」
「西浦、ちゃんとその大輝ってひと、ライブに連れて来なよ。彼が居ないんじゃ意味ないからね」
「ボーカル変わるなら、この曲最後に持ってきた方がいいさ。あと聴いてて思ったんだけど、この曲半音上げたほうが歌いやすいと思う」
俺の勝手な、お願いを。
聞いても誰も嫌な顔しないで受け入れてくれた。ゆっくり顔をあげると、みんなはもうこの曲を完成させるために意見を言い合っている。…このバンドほど暖かいバンドって、無いと思った。
「っ、みんな、まじ?いいの?」
「歌練習しときやー」
「ねえ、この後もう一回スタジオはいるでしょ?この曲形に持っていかないとね。」
「庄司くん、この曲コードみたらもう弾ける?サビ前調整したいんだけど」
「ボケか俺は天才ちゃうねんから一回聴いただけで覚えられるかい。一時間は各々自主練で使お、ほんで後の二時間で調整な」
このバンドでやっていくって決めて、ほんとによかった。
一人じゃ作れないものを山ほど教えてくれる。ああ、もう、まじ!
「もーーー!ほんとみんな大好き!!愛してる!!!」
そういいながら隣にいた宮内を思いっきり抱きしめながら叫んだ。宮内は非常に苦しそうな顔をして「やめてよキモい離して触らないでゾッとする」っていいながらされるがままになっている。俺、ここが好きだ。
…大輝、ちょーっと、待ってて。大輝のこと、Gactのファンにしてみせっから。
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