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明日
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あいも変わらず今日も今日とてギターの練習。休憩しようとベランダの扉をあけて、夏の夕暮れ独特の空気の匂いをかみしめる。
あの日から猛練習して俺の作った曲はみんなの協力のもと、スゲーいいもんになった。庄司くんの調子もバッチリ戻ったみたいで安心だし、大輝の分以外の売らなきゃいけない分のチケットは完売できたし、後は明日の本番を…………
明日!?本番!?
やばい!忙しくて夢中になりすぎて、大輝のことライブに誘うのうっかりすっかり忘れてた!
そっか、もうアレから二週間も経ったんだ。…俺、そういえば全然大輝と会ってなくね?
思い返せばこの二週間、自分の部屋には寝に帰ってたようなもんで、バイト、スタジオ、ミーティング、バイト、スタジオ、ミーティングの繰り替えし。家にいるときもギターばっか触ってて、大輝がこの二週間、何してたのかも知らない。
「……やっべぇ、マジで詰んだかも…」
今日誘って、明日の夜空けてくれっかな。大輝にもバイトとか都合あるだろうし、あーまじ、やらかしたな。焦るきもちを隠すようにベランダにでて、タバコに火をつける。煙を肺に染み渡らせるため、大きく吸い込んだ時だった。
「恋ー?」
「っごほっ!ごほっ、っぁー!びっくりした、大輝部屋に居たのかよ、物音しねぇから居ないのかと思った」
がらっ、という音と一緒に、隣の部屋からデカイ男がのそりとベランダに出てきた。いきなりの登場にびっくりして、スゲーむせちゃったじゃん。気を取り直して煙をもういちど吸い込む。大輝はベランダの柵越しに、俺の顔を覗き込んできた。
「…なんか久々」
「そーだな、ここ二週間頭おかしいんじゃねーのってぐらい忙しくてさ!大輝と全然メシも行ってねぇし、今日とかどーよ?」
「っなんだよー!よかったー!!」
「えっ、なに、なにが!?」
唐突に視界から大輝が消えた。しゃがみこんだらしい。
デカイ声でよかった、といった大輝が謎すぎて、俺は身を乗り出して隣のベランダを覗き込む。
「恋と全然会わねぇし、部屋にも帰ってきてる素振りねーし、本格的に避けられてんのかと思っただろー!」
「はーー!?俺が!?誰を!?大輝を!?んなわけないじゃん、ライブ近くて練習三昧だったんだよ!」
「恋、前に俺に言ったよなー!?『何してるかとか言う必要とか全然ねーけど、連絡ぐらいよこせ、お前のこと待ってる人間だっているんだよ!』ってさー!その言葉そのまま返すわ!!」
「あ、……あぁ、そうだった。ごめん。」
でもだって言い訳するなら、言えるわけねーじゃん!大輝に捧げる曲つくって練習してましたー!なんてそんな押し付けがましいこと!
…なにやってんだ、俺。
元気になってもらいたくて曲なんかつくったけど、これじゃ本末転倒だ。
ベランダにおいてある灰皿にタバコを押し付けて火種をもみ消す。遠い空の向こうはもう青色がかってて、生ぬるい風がすこしだけ冷たく感じた。
「なぁ、そっちいっていい?」
「………ドーゾ、お兄さんちょっと怒ってっからな」
「そんなお兄さんにプレゼント持っていくから許せよ〜」
「なに?俺の誕生日なら10月だけど?」
「ははっ、まあお楽しみに〜」
そう言って会話を終えて、一旦部屋に戻る。テーブルの上におきっぱなしにしてたチケットを丸裸のまま持って、玄関に。クロックスをはいてドア開けて、鍵…はしめなくてもいいか。隣の部屋まで歩く。五歩ぐらちの距離。…俺たちの距離もきっとこんなもんだ。
明日用事あったらどーしよ、絶対来てくれって土下座するしかねぇなー。そんなことを思いながら、大輝の部屋の扉を開けた。部屋の中は電気がついていなくて、ベランダから差し込む夕日だけが眩しい。
「…暗くね!?なに、そんなに凹んだわけ!?」
「あー、ちがうちがう、なんか昨日から部屋の電気壊れてさ。ここだけつかねぇの、業者は明日の夜までこれないっていうし…過ごしにくいんだよな〜」
はいードンピシャ〜。こんなことになるよな普通。チケットなんてもんは早く渡さなきゃ受け取って貰えないことの方がおおいのに、マジで失念してたわ…。
「うへぇ…明日の夜?それ、明後日にしてもらうことできねー?」
駄目元で頼み込んでみる。だって電気の修理なんていつでも来てくれるけど、俺たちのファーストライブは明日しかない。
「え?なんで?」
「明日の夜、トウキョーで初ライブやるんだよ。…そしてここに大輝の分のチケットがいちまーい」
中指と人差し指の間に挟んだ薄いチケットをピラッと見せる。
「…チケット余った?」
「ばーーか!おかげさまで完売でーす!これは、俺が大輝のために買ったチケット。業者より俺を選んでくれよ〜」
大輝は一瞬、驚いた顔をして、にかっと笑った。俺の指の間からチケットをす、と抜き取って、まじまじとみる。
「…行く。誘ってくれてありがとな」
「覚悟しとけよ、俺めっちゃカッコいいからさ。」
「知ってるよ、前も見た」
「いやー、前より100倍はカッコいいと思うぜー!」
冗談を交えながらケラケラ笑いあう。あーほんと、久々だな と、思った。東京にきてずっと大輝にベッタリだったから変な感じだ。
「ごめんな、待たせたりして。どうしても見に来てほしくてさ、大輝に」
「なんだよ、マジな顔して!」
「マジだよ。だってカッコいいとこ見せたくて練習したっていっても過言じゃないし!」
「ははは、楽しみにしてる。ライブハウスでやるんだよな。明日は恋、リハとかあんの?」
「うん。まあ駅までなら迎えにいけるけど」
「俺はお前の彼女か!いいよ、場所わかるし。」
「…できれば、最前に来いよな!」
「最前って、俺こんなに背あんのに邪魔じゃねぇか?」
「そんなの気にすんなよ、ライブなんだからさ」
当たり前だけど、二週間前にこの部屋に入った時は荒れまくってた部屋がすっきりと片付いていることに安堵した。
俺が作った曲は、完全に大輝に押し付ける曲だ。俺にできることはこんなもんで、こんなちっぽけなもんで、でも、それでも少しでも、大輝の力になりたいと思っている。
「絶対、絶対来て」
大輝のでかい手をにぎにぎと握る。
大輝は不思議なものを見る目で、握られている手を見つめて「わかったよ」と言った。
その後は少し前の俺たちに戻ったみたいに、適当にポケットに財布だけ突っ込んでラーメンを食べに行った。久々にまともなもん食ったなぁ、と思いながらラーメンをすすってると「恋、なんか痩せたな?俺のチャーシューくう?」って意味わかんない心配をされた。チャーシューはありがたく貰ったけど、大輝が肉を恵んでくれるほど俺はやつれて見えたかな。
明日、楽しんでくれたらいいな。
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