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本番
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「くぁ、…ねっむ」
「庄司くん、シャキッとして〜!俺なんか緊張して手汗ベタベタさ?」
「んあー、誰のせいで寝不足やねん、お前のせいやぞ古賀〜」
「え!なになに、昨日はお楽しみだったわけ?」
「ちゃうちゃう、なんでやねん。こいつがホラー映画借りて来て見てたら寝られへんなったとかいうから、夜通しトランプしとってん」
「うわ…古賀引くわ…」
「だって!めっちゃ怖かったんだって!」
「はいはいみんな、もうすぐリハ始まるよ。準備して」
開演は18時半から。今日対バンしてくれるバンドは合計5組、俺たちは午前中に集まって昼飯を食いながらミーティングして、リハの始まる一時間前に箱にはいって、ほかのバンドの人たちに挨拶回りをしに行って、今。ってかんじ。オオトリのバンドのギタリストと庄司くんが劇的に仲良くなってるのを見ながら、俺は全員分のミネラルウォーターを買うためにコンビニに向かった。
でかい水を4本持ってレジに並んでると、ぴこんとスマホが鳴った。お金を払って袋に詰められた水を受け取る。それを腕にかけてラインを確認すると大輝からだった。
『何時に行けばいい?』
『18時半開演なんだけど、俺たちは20時からステージ立つよ』
『せっかくだから18時半に行くわ、楽しみにしてっから頑張れよ』
楽しみにしてる、だって。
なんだそれ、嬉しいじゃん!
『任せとけって、んじゃリハ行ってくる!』
と返事して、スマホをケツポケットにしまって箱に戻った。スタッフさん達が慌ただしく動いてる中、俺は広いのに人が多すぎて狭く感じる楽屋に入る。人を避けながらメンバーのいる場所に戻って水を渡して、ギターを取り出して軽くチューニング。
「ほな昼間ミーティングした通りにリハやろかー」
短くなったタバコを灰皿におしつけながら庄司くんが言った。
「なんかもーリハですら緊張なんだけど!」
「本番なったら内蔵でるかもな」
「いや、本番はアドレナリンがばーっとでるから!」
「なんやそれ、まあこっちきてのファーストライブやし緊張すんのは当たり前やけどお前はいつも通り楽しんでやってくれたらええよ」
さすが最年長だけある。落ち着いた声で古賀を励ましながら庄司くんはチューニングを終えて、立ち上がった。宮内もそれに続いてタバコの火を消して、古賀もおなじく気合を入れる。
Gactさーん、リハお願いしまーす!のスタッフの声に「はーい」と答えて、楽屋を後にした。
リハはなんなくクリア、練習のかいがあるのか、ボーカルの入れ替わりもスムーズにできそうでよかった。
リハが終わってからは他のバンドの人たちと交流を図る。
開演。
俺たちもホールでドリンク飲みながら、他のバンドの曲を聴いたりお客さんに話しかけたり、俺はきょろきょろ、でかい男がまだ来てないのかと探してみたり。18時半、すこし過ぎ。大輝が重い扉を押して、箱の中に入ってきたのが見えた。
「大輝!!」
大輝に駆け寄ると、大輝は片手をすっとあげる。俺はその手にハイタッチをして、大輝にドリンクを取らせた。
「恋ー、俺もしかしたらこーいうとこくるの初めてかもー」
「えー!?なんて!?声ぜんっぜん聞こえねーー!」
「俺ー!!こういうとこーー!!くるのーー!!は、じ、め!て!か!も!」
「あははは!!やったじゃん初体験ゲットーー!!」
バシバシ大輝の背中を叩きながら混み合う人をかき分けて、前へ前へと進む。それから他のバンドの演奏に合わせてノってみたり、暴れたり、とにかくモッシュにもまれたり、汗だくになって、笑って。大輝も楽しそうにしてるからそれだけでこっちも満足。いや、まだ満足しちゃダメなんですけどね。
ガンガン飛ばして暴れてたら、背後からぬっと宮内がでてきた。ぽんぽんと肩を叩かれて、そろそろだよ。と伝えてくるのと同時に、俺たちの出番の二つ前のバンドの演奏が終わった。幕が閉じる。
人が捌ける。ハコの暗い照明の下、メンバーが控えに戻っていくのを見て、大輝に「俺もいかなきゃ」と伝えた。
「おお、次恋達かー。がんばれな!」
「もちろーん、ていうか絶対ここ、ここにいろよ!後ろ下がんなよ!」
最前ど真ん中、ココで聴いてもらわないと困るから。
「わかったわかった、こだわるねー、最前」
「んー、はは、まあまあ。んじゃ、いってきまーす!」
大輝に背中むけて、俺も控えに戻った。みんなは各々チューニングしたり、声を整えたり。タバコをキメてたり。コキコキ体の骨を鳴らして、指を動かす。
ぴりりっ、と、集中してることだけが伝わる部屋の中。前のバンドの演奏なんて音漏れ程度にしか聞こえない、大丈夫、やれる、俺たちなら。
「さーて、ハート奪いにいこかー」
庄司くんがソファから腰をあげる。さっきまでガチガチになってた古賀の顔つきが変わった。宮内がベースを肩からかける。俺も、ギターを握った。
「ほなファーストライブ、ズガンと一発キメんで!」
俺はもう、少し前の俺ではない。
忘れたわけじゃない、思い出にかえることができただけ。
ごくっ、と水を飲んだ。ステージに上がる。心臓が緊張と、悦びと、期待で満ちている。幕の上がってないステージの上、スタッフさんと一緒に音を鳴らして最終確認、それが終わったらすぐ、幕が、上がった。
MCは飛ばして、一曲目。宮内の重いベースから始まる、内蔵が踊る曲。ちらっとホールを見ると、ファーストライブにしては上出来すぎる人の塊、その中で最前ど真ん中、大輝はそこにいた。俺がいろ、って言った場所に、いた。
庄司くんの声が響く。脳裏がカッとなって、目の前がチカチカする。どーも東京のみなさん、Gactです。いやいや誰?っておもうでしょ、これでもわりと地元では有名な高校生バンドでした。とうとうここまで来てしまいました。ヨーチューブの再生回数はわりと多いです、知ってる人は知ってる程度の知名度でしょうけど、これからガンガン上にいきます。上に、上に、行きます、だから、俺たちの世界に引きずりこんで、もう二度と離さないつもりで披露してるわけです、ああ特に、特に最前ど真ん中の大輝くん、お前にむけて。
4曲連続、MCナシで演奏して、水分補給。庄司くんがンンンっと喉を鳴らして「知らんでしょうね、Gactなんてね。」と話し始める。「知ってるーーー!!」ってホールのどっからか声がとんできて「おー、なかなかセンスあるやん、ありがとー」と返す庄司くんにまた笑いがでた。
庄司くんの盛り上げるMC、宮内へのむちゃぶりを入れて、宮内がスベる。それをフォローするかのように5曲目をはじめて、俺はそのあたりから心臓が口から出そうだった。5曲目が終わって、俺と庄司くんはボーカルを変わる。MCが俺に移った。
「えっとね、次で最後なんですよ。まさかの最後に新曲もってくるっていうキチガイシフトでごめーん!」
マイク越しの自分の声、いつもよりちょっとだけ高い。
「でもねでもね、聴いてほしいんですよ。失恋したひと、失恋を思い出にできないひと、自分を責めて責めて責めて、立ち直れないひと…そんな人のー」
視線を大輝に向ける。ばちり、と、目があったから、にかっと笑った。
「…ハート、奪っちゃうよ?」
大輝にギターを向けて、狙い撃ち。
そうです、お前をここに呼んだ理由はこれなんです。なあ、よくみて、きいて、これね、お前にむけて作ったの。俺がだよ?すごくね?バンドごと巻き込んでさ、なにやってんだってね、笑っちゃうよね。
「恋なんて 愛なんて
脳みそで考えて答えがでるなら
おれも、おまえも、
泣いたりしなかったはずだろ」
何が、恋かとか。
何が、愛かとか。
考えたって、所詮無駄なことなんだよなぁ。
「心臓が破れるほど 恋をしていた
ただそれだけ たったそれだけ
ぐる ぐる と 回る 感情線沿いで
から から と 終わる
何がダメなの?」
お前はなんにも悪くないよ大輝。
好きでいなくちゃいけない人なんてきっとこの世に一人もいない。
義務感で好きでいることほど、辛いことってないと思うよ。
忘れないでいないなら思い出に変えりゃいいだけで、今すぐじゃなくていいからいつか
本当にお前を好きになってくれる人がいたら、その人と幸せに生きりゃいいよ。
「好きでいたかった
好きでいなくちゃいけないと
思うと想うほど疲れたなぁ
今日も結局 俺を忘れて
罪悪感だらけの お前です
でも取り敢えずまあ
それでいいから
生意気なぐらい自分のために」
「生きてよ」
神様。もしほんとにね、アンタがいるならね。もう一度、もう一度でいいから俺をヒーローにしてくれませんか。ほら、ほら、ほら、ほら。
目の前で、泣きたい顔して俺の歌聴いてる人がさ、何かどうにか立ち上がれるように、この歌届けてくれませんか。
でかい歓声の中、ファーストライブは終わった。汗だく、燃え尽きた感半端じゃない、しんどい、やりきった。幕が閉じて、メンバーみんなで控えに戻る。ハイタッチ、からのソファに身を投げて、ギターを仕舞った。そのあと物販でグッズ販売、CDが思ったより売れてヤッターって感じ。大輝はまだ、ハコの中にいるのかな。感想、言わなくてもいいから、こっちきてくれりゃいいのに。
CDにサインしたり、グッズ売ったり、ファンになりました!って言ってくれる子と写真とったり、慌ただしくしてたら、のそのそと大輝がハコから出てくる。大輝は物販に並んで、俺の目の前で言った。
「恋くん、最後の曲が入ってるCDってどれ?」
「これー」
「えっ一枚五百円とかなの!?」
「そーなの、まだまだペーペーですからねー」
「んじゃ、それ下さい。…あのさ!」
「んー?あ、サイン?サイン?サイン欲しい系?」
「や、サインはいらないけど!あの、お前まじで、かっこよかった。」
「そーだろ!?そーだろー!ファンになった?ファンになったー?!」
「うん、なった、ていうか…ありがとう」
うん。
その言葉が聴きたかったわけじゃないけど、なんか少し昨日より顔つきがゆるくなってる大輝に安心した。
「なんか、すげぇ 許されたわ」
神様、アンタ居たんですね。
物販が混んできたから、大輝は先に帰るって言って帰って行った。俺は大輝の背中を見送って、ちょっとだけ考える。
こんなベタなことして引かれなくてよかった。元気、少しでもでたならそれでよかった。まだ張った弦の感覚が指先に残ってる。
明日も、明後日も、お前が凹んだら歌うことにするよ。歌、そんなに上手いわけじゃないけど。
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