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約束
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昨日のファーストライブはファーストライブとは思えないほど盛り上がって、大輝も楽しんでくれて、そんでCDまで買ってくれた。Gactとしては、…いや、俺としては大成功。ライブ後に打ち上げでバカほど飲んで暴れて、今日は二日酔い。だけど二日酔いが冷めるのだけは早いから午前中はゆっくりした時間を過ごしながら、また次のライブのことを考えたり、売り込み活動のことを考えたり、バイトをシフトを考えたり、とにかく、少し目の前が明るくなってきたことに心が躍る。
「…西浦さぁ、最近ニヤニヤしすぎだよ。気持ち悪い。」
「ひっでー!宮内の表情筋が死んでるだけじゃねーの?!」
今日も、Gactで打ち合わせ。いつもの古びた喫茶店で庄司くんと古賀の到着を宮内と二人で待っていた。
「そういえば、大輝くんだっけ。ちゃんと聴きに来てくれてよかったね。」
「おー!そうなんだよ、CDまで買ってくれたし、サプライズ大成功!みたいな!」
「……ねえ、ずっと気になってたんだけど、この際だから聞くよ」
「ん?なーに?」
ずずず、っと宮内が、ミルクも砂糖も入っていないコーヒーを口に運んで、一拍。
「王子様はもういいんだね?」
今までなら、愛の片鱗を耳にするだけで心が騒ついて、騒ついて、どうしようもなく落ち込んで、両耳を塞いでしまいたくなったはずなのに、宮内が「王子様」と口にしても、俺は一つも動じなかった。
変わった。
変わったなぁ、俺も。
「うん。ていうか、…なんか、こうなって正解だったんだなって思うんだよね。」
「へぇ。」
「アイツが選んだ別れだもん。今までずっと、俺が選んできたことを、アイツが初めて選んで俺の背中押してくれたんだ。」
「そうだね。」
「ってことはさ、ウジウジしてらんないよな?さっさと夢叶えて、安心させてやんねーと。…今はまだ、連絡とかとれないけど…連絡先しらねーし!でも、俺ももう大丈夫だからって言いたい」
「……。」
「お前もがんばれっていいたい。いつかまた顔合わせる日がきたら、笑って幼馴染に戻れるように」
これが、本心。今の俺の全て。
宮内は相槌をうちながら話をきいてくれて、また一拍おくようにコーヒーを口に運んだ。
「あのさぁ。俺、今までずっと黙ってたんだけど、知ってるんだよね。」
「なにを?」
「木ノ下愛の、連絡先。」
コーヒーの横においていた薄いスマホを細い指でいじって、宮内は電話の履歴を見せてきた。俺の知らない、番号だった。宮内もその番号を人名で登録していない。優司、西浦、庄司くん、優司、0904640××××、古賀、0904640××××、優司、優司……。
「…なんで、宮内が?」
「知らないよ。王子様が俺に電話かけてくるんだよね。初めてかかってきたときは非通知だったんだけど、いつからかこうやって携帯からかけてくるようになった。」
「そ、っかぁ」
「…ああ、まって、でもね。これが木ノ下の電話番号かどうかはわからない。いつも電話をかけてくるときに、そばに誰かいるんだよね。…その人の携帯からかけてきている可能性も、ナシじゃない。だから木ノ下って登録してないんだよ。」
「うん、でもその番号にかけたら、愛に繋がるんだよな?」
「まあ、そうだね。」
俺は、俺の気持ちにケリをつけたけど、俺が俺の気持ちだけにケリをつけてもなんの意味もないことぐらいはわかっていた。
突然のお別れ。
突然の失恋。
それだけで解決することじゃないって、わかっていた。
「ごめん、宮内。俺のワガママ一個だけ叶えてくれる?」
「…はぁ、高くつくよ?」
「ラーメンおごります!」
「要らない。タバコね、カートンで。」
「めっちゃ高い!!…カートンね、わかった。だから、その、電話かけてみてくんない?」
「木ノ下が受ける確率は低いとおもうけどいいの?」
「うん、…いい。頼む」
愛、俺さ。
宮内から、お前が電話してくるたびに誰かがそばにいるってきいて、すげぇ安心しちゃったよ。
よかった、お前、一人じゃないんだな。
宮内は器用にスマホを操作して、特になんの緊張もしていない様子で電話をかけた。そして俺に、渡してくる。どくん、どくん、俺の心臓はすこしうるさい。
4回目のコールの後、電話がつながった。
『はぁーい、だぁれ?』
「えっ、あれ!?」
『んー?間違い電話ー?…あれ、でもこの番号知ってるなぁ』
電話に出たのは、愛ではなかった。
聞いたことのない、かすれぎみの高い声。ゆるーく話すその人は、紛れもなく知らない人。
この人が、愛のそばにいる人だと、すぐにわかった。
「…すみません、木ノ下愛って人の番号かと思ったんですけど、違いますね」
『えー?ああ!はいはい、愛くんねー、愛くん今………仕事でいないけど、どちら様ー?』
「…西浦恋です。多分、そう言ってもらえたら分かると思います。」
『わぁ、君かー!恋くんっていうのは。愛くんからいつも話、きいてるよー。はじめましてー。俺は愛くんの…なんだろ、友人かな?友人の城下千弘です。こんにちはー』
「えっ、あ、こんにちは。」
『で、愛くんのトラウマの恋くん。愛くんになんの用?』
トラウマ。そうか、愛はこの人に、俺のことをトラウマだって言ってんのか。 ほら、やっぱり、俺ひとりで解決することじゃなかった。
ほら、やっぱり。やっぱり。
『なーんて、意地悪言っちゃった、ごめーんね。なにか言伝かな?』
「…いえ、いいです。大事なことはいつか会えたときに言ったほうがいいと思うんで。でもこれだけ伝えといてほしいんですけど、お願いしてもいいですか?」
『うんうん、いーよぉ』
「俺ももう、大丈夫だから。お互い頑張ろうな って、言っといてください」
『……あは、りょーかい。じゃあこっちからも一つ君にお願いがあるんだけどいいかなぁ?』
「はい?」
『もう今後、こんな残酷なことはしないで。それじゃあねぇ恋くん、バンド頑張ってねー』
ぷつん。
言い捨てるように、城下と名乗った彼は電話を切ってしまった。
…間違えた、か?
「………終わった?」
宮内が、さも興味のない顔でタバコに火をつける。
「なんか、こわーい人が電話でて、なんか、めっちゃ怖かった!」
「ふーん。まあ、もういいんじゃない?時間が経てばまたあっちから連絡が来ると思うよ。」
「そ、だなぁ」
「お前は幼馴染に戻りたいんでしょ」
「………うん。つーかあいつ!仕事でいないってさ!仕事してんの!?ってかんじなんだけど、なんの仕事してんだろー!」
「知らないよ俺に言われても。ていうか庄司くん達遅くない?」
「どうせパチンコだって、ラインしてみよーぜ」
愛、その人だれ?
ってもう、俺が聞いてもいい立場じゃないよなぁ。いいんだけど、全然。お前の隣にいる人が俺じゃなくても、お前が前向いて生きてるなら、それで、いい。
だからこそ、刺さる。
「もう今後、こんな残酷なことはしないで。」
彼の言葉が刺さる。それはどういう意味なんだろう。
愛は前に宮内と庄司くんに向かって、俺に言伝をした。もう大丈夫だから、と、俺と同じことを言った。なのに、それが残酷だなんて。
まだ、俺を想ってる?
…いやいや、まさか。
だって愛が選んだ別れだもん。
だって俺だって安心させたかったんだもん。
喉の奥にひっかかってるもやもやが、とれない。とれないけれどそれは未練ではなく、ただの思い出の残骸。
前、向いて生きよう、愛。
お互いもう、もう大丈夫、だよな?
そのあと三十分ぐらいして、庄司くんと古賀が喫茶店にはいってきた。案の定庄司くんがパチンコでぼろ勝ちしたって言いながらコーヒー代を出してくれて、打ち合わせは次のライブの事と新曲のこと、動画のアップにあわせて自作のPVをつくることにもなった。そんな技術もってる人間いないから色々調べてやってみよーって話を真剣に話し合って、その日は解散。その頃にはもう城下くんに言われたことに対してのもやもやは薄れていて、ああやっぱり、こんなもんなんだと思った。
俺という人間は、こんなもんだ。
それでいいじゃん。力んで生きても、疲れるだけだ。
「あ」
「おっ、大輝~~!」
打ち合わせが終わってアパートに帰ってきたら、大輝の部屋の前でバッタリと大輝と出くわした。
「なんだ、バイト?」
「いや、飯作ろうかなと思って。材料買いに」
「おー!いいじゃん俺もいく!俺も食べる!」
「お前ね……まあいいや、昨日はいいもん聞かせてもらったから、お礼に何か作ってやろう」
ニヒ、と大輝が笑う。
昨日はめっちゃくちゃ恥ずかしいことをしたから、ちょっと照れる。変な顔になってる自覚はあるけど、照れを隠さず笑いかえすと、大輝はす、と顔を逸らした。
大輝も恥ずかしいのかな、と思ったけど、昨日よりはずっとふっきった顔してるし、俺はそれだけで満足だった。
あえて、照れていることに関しては触れず、話を変える。
「えー、じゃあ恋くんはハンバーグが食べたいです!」
「ハンバーグ!?ハンバーグはなんかレベル高いからダメ。俺まだレベル28くらいだもん」
「はー!?ハンバーグ何レベからならつくれんだよ!」
「70はないと」
「先遠いな!!」
ギャハハ、と二人で笑いながら、いつものうるさい外階段を降りていく。ガンガンガンガンと踏むたびに音がした。やっぱ楽しいな、大輝といると。だからこいつと一緒にいることはやめられない。
「あ、そうだ恋」
「んあ?」
突然何かを思い出したように話し出すものだから、キョトンと首をかしげて大輝を見上げると「昨日のお礼、なにしたらいい?」と聞いてきた。
「……え?礼?」
なに?なんの?昨日の礼ってなに?
俺が勝手に作った大輝応援ソングに対しての礼?なにそれ?
俺、礼してほしくてそんなことしたわけじゃないんだけど、礼に礼を重ねられるとまた礼しなきゃいけなくない?あれ?
「そーだよ。あんないい曲聞かせてもらったんだから、俺だってそれなりに返さねえと。あと、何か、久々に恋と遊びたい」
「……何だよもー!そんなに寂しかったのかよ大輝ー!!」
「はあ!?ちげーよ!!」
ぎゅううう、と大輝の腕にしがみついてみせた。いらねーよ!と、いえばよかったんだけど、遊びたいと言われたら俺だって遊びたいし、大輝は大輝で律儀なやつだからなにかしないと気が済まないんだろうな。と思ったからだ。
「まあ寂しかったけどな!!ネガティブスイッチ入ったくらいには寂しかったけどな!!!」
「おー!素直!!」
「で!?どっか行くの!?行かねえの!?おにーさんとデートしないの!?すんの!?」
「するする!します!んーとね……」
そのまま腕を組んだ状態で、よろけながらも近くのスーパーまでの大通りに出る。つーかデートって!男同士だし友達なのにデートって!ウケるわ、恋人ごっこまたやる?なーんて。
なにがしたいか考える。最近、忙しくてなにもできてないからしたいことはいっぱいあるんだよな。夏服欲しいし、買い物もいきたいし、最近できた水族館とかも行ってみたい、その水族館にはペンギンがいるらしい。ペンギンはかわいいから癒されたい。でも大輝と水族館とかおもしろすぎるし、そーいうのはバイト先の女の子といこうかな。ってなるとー他ー、他は、…。
「あ、映画がいい」
ぴたり、と大輝が立ち止まった。
「……映画」
「あ、なに?ダメ?」
また大輝を見上げる。一瞬表情筋が固まった大輝だけど、すぐに笑顔にもどった。
「いや、大丈夫大丈夫!何の映画?」
「コメディってやつだなー、ウサギのぬいぐるみがに命が宿ってさらわれた持ち主の女の子助けるやつ」
「なんだそれ、そんなんあったか?」
「あるある。あれ見てみたかったんだよ~~!見ようって言ったのに庄司くんとかひどくてさー、そんなあほくさいの見ぃへんわ、とか言ってきて傷付いた」
「あー、アイツ言いそう」
庄司くんのばーか、とかいいながらまた笑いながら歩く。「俺知ってるんだからな、こないだ古賀とパンダのいっぱい出てくるかわいい映画観に行ってたのしってるんだからな。」って頬を膨らますと、大輝は「古賀ってだれ?」と言ってきた。大輝、Gactのメンバー、何故か俺と庄司くんと宮内しか覚えてくれないんだよな。いつも古賀のこと頭の中で抹消してんの、ウケる。
うちのバンドのドラムだよ、と説明しているのに上の空。気がつけばスーパーについていて、ハンバーグをつくるためのひき肉を買った。レベル70の料理は本当に難しくて、焦げた肉の塊ができあがったけど、それも笑いながら食べれたし、まあこういうのも楽しいなぁ、なんて思っていた。
相変わらず大輝の部屋でダラダラとすごしながら、次遊びに行く日の予定を立てる。ほんと、いつか俺の部屋にも入れたらいいな、大輝。
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